6-6
「日本に別の『異世界人』がいるって!?」
会議室に戻ると、綿貫が叫んだ。俺は小さく頷く。
「ラヴァリって奴の言葉からして、かなり濃厚だな。『待っていたのに誰も来ない』と言っていたから。
多分、あそこが待ち合わせ場所だったんだろう。キャンプの宿泊客に偽装してラヴァリを迎えるつもりだったのか……」
「ちょっと待てよ、色々冗談じゃねえぞ。……岩倉さん、公安からはそういう情報、上がってますか?」
岩倉警視監が小さく首を横に振った。
「彼らは情報を秘匿したがりますが、そんな話は全く」
「どういうことだってんだ一体……つーことは、イルシアのことは極力情報を公開しない方がいいな。もしすることになっても、国の完全なる管理下に置いてからだ」
俺は綿貫の言葉に頷いた。とりあえず、俺がやってきたことは結果として間違ってなかったということか。
「だな。だが、それにも限界がある」
「C市の連中か。あと、西部開発の一部」
「彼らは問題の重大さをまだ知らないからな。今の話を知ってなお、イルシアを町興しに使おうと思うかは分からないが」
「所詮田舎役人だからな。まあ、オヤジの話がまとまれば上から黙らせることもできるが」
綿貫がふーと息を吐く。確かにその通りだ。しかし、一抹の不安はある。
浅尾肇は、毀誉褒貶の激しい人物だ。気さくな庶民派として一部で人気を集める一方、民自党の最長老の一人として「闇将軍」とも呼ばれている。この男に睨まれて失脚した政治家が何人もいるのは、あまりに有名だ。
俺の財務省時代は、浅尾が財務大臣を務めていた。省内では財政健全化論者の最右翼として圧倒的権力を振るっていた。この政策については、俺と全く意見が合わないところではある。省内では、俺が辞めたのは浅尾に楯突いたからだということになっているらしい。
実際はまるで違う。俺が宮仕えに嫌気が差しただけだ。浅尾は俺のような若手官僚まで、目を配るほど暇な男じゃない。
それでも、上が浅尾を怖がっている話は度々耳にした。今は国を頼るのが一番だとは認識しているが、この男を相手にどこまで主導権を握ったままでいられるのか。
今は頼れる「味方」である綿貫も、いざとなれば簡単に敵に回るだろう。そもそも、こいつの関心事は「異世界の利権を手にすること」のはずだ。そのためなら浅尾の靴だって舐めるだろう。
「とにかく、だ。目下必要なのは情報収集だな。岩倉さん、公安とも提携してその辺りを慎重に探って下さい。で、町田。そっちも情報を上げるのを忘れないようにしろよ」
「……分かっているさ」
口では綿貫にこう言ったが、状況が複雑化している現状、話す情報の取捨選択は必要になってくる。浅尾とゴイルの会談でも、慎重に立ち回らなければならなさそうだ。
ノアはと言うと、さっきから始終何か考え込んでいる。無理もないことではあるが。
「ノア」
『……ごめん。この世界にいる『シルム人』が誰なのか、ずっと考えてた。あと、『第3次人魔戦争』後に何が起きたのかも。
実は……前者については、心当たりがないわけじゃないわ。母様と同じように、単独で転移魔法を使える人物が、もう一人いた。『大魔卿』ギルファス・アルフィード』
「どういった人なんだ」
『魔法のことしか頭にないけど、本物の大天才。母様と同じように『神族混じり』とは言われてる。会ったことは数回しかないけど、異常に明るい変な人だったわ。
ただ、彼がこの世界にずっといるのはあり得ない。オルディアの中枢にいる人物だから。だから、この世界にいるとすれば、彼の意をくんだ、彼にとても近い人物ね。……でも、その目的は全然分からない』
「目的、か……」
イルシア絡みでは、恐らくない。イルシアがここに転移するずっと前から、そいつはここにいたはずだからだ。
そして、帝国のラヴァリと通じている。その行動は、自国かあるいは帝国の国益に密接に関連することだろう。「第3次人魔戦争」とやらと、何か関係することなのだろうか。
「……とにかく、一度ラヴァリの所有物を調べてみようか。岩倉さん、お願いできますか」
*
「こちらです」
幾重ものセキュリティを通過した先の金庫に、それはしまわれていた。取り出されたのは、ラヴァリが背負っていたと思われるリュックと小型の保管庫2つだ。
「リュックの中身は衣類が中心ですね。細々とした小物は、こちらの保管庫にあります。それと、彼が振るっていた凶器もこちらに」
保管庫の鍵が次々と開けられる。ノアが最初に手に取ったのは小さな手帳らしきものだ。こちらの世界のものと違い、紙は不揃いでごわごわしている。
『……これ、国から支給された物ね。『帝国特務部隊『ペルジュード』』ってある』
「ペルジュード?」
『『光り輝く者』という意味ね。あたしも名前は耳にしたことがある。各地で諜報や工作などを行う連中よ』
「にしては随分と甘い立ち回りな気がするが」
『……手帳の中身がほとんどないし、新しいわ。ラヴァリは新人なのかも』
「あるいはコネによる入隊か、か」
『両方かもね。この魔剣、貴族階級じゃなきゃ持てないものだもの。しかも、結構な業物』
黒光りするその短剣は、見るからに禍々しい空気を放っていた。細かい装飾からも、高価なものであることは素人目でも分かる。
「これ、何だ?アンクレットか」
綿貫が金属の輪を取り上げた。大きな宝石が付いていて、これも高価そうな物だ。
それを見た時、ノアの血相が変わった。
『ちょっと貸して!!』
ひったくるように綿貫から金属の輪を奪うと、ノアがわなわなと震え始めた。
「一体何だってんだ?」
『これ……魔洸石よ。それも、魔法が込められるように加工された……こんなの、見たことない』
「魔法が込められている?何の魔法だ?」
ノアがふるふると首を振った。ただでさえ色白な顔色が、さらに白くなっている。
『分からない……でも、この膨大な魔力量から、見当は付くわ。この中にあるのは……転移魔法』




