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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第1話「イルシア国と魔法少女ノア」
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1-4


「ん……」


魔法少女が声を上げた。ようやく目覚めたようだ。


「気が付いたか」


俺はモニターから視線を彼女に移した。布団から、ゆっくりと身体を起こそうとしている。


「メラエ・シダ・アファ……はっ」


急に彼女が視線をこちらに向けた。


『あ、あたし……どうしたの?』


「気を失ったんだよ。誤魔化すのはまあまあ面倒だったが、なんとか家に来れた。気分はどうだ」


彼女は手を額に当て、そして枕元の水枕を見た。


『大分マシにはなってる……服がベタベタして気持ち悪いわ』


「気になるようなら下の階に風呂があるから入るといいさ。熱はさっき測ったが大分落ち着いたな。とりあえず、ゼリー飲料を軽く飲ませておいた。変な病気でなくて何よりだ」


『熱?どうやって……』


俺はデスクの上の非接触型体温計を手に取った。


「こいつだ。このボタンを押すと」


彼女の額に向けると、「36.8℃」と出た。


「この通り、体温が出る」


『……こんな魔道具、初めて見た。それに『常日灯』があるなんて』


「何だそりゃ」


彼女が天井のLEDライトを見た。


『『条光』の魔法を閉じ込めた魔道具。それなりに高価な物なのに、あんた何者なの』


一瞬きょとんとした。状況を理解すると、急におかしくなって「ククッ」と笑いが漏れた。


魔法少女が眉を潜める。


『何がおかしいのよ』


「いや、決定的な勘違いをしていると思ってね。まず、この世界には魔法なんて物は存在しない。代わりにあるのは科学だ。もちろん俺も魔法は使えない。あと、上のライトは別に高価な物でも何でもないぞ。どこの家にもある」


『魔法が、ない?』


「ああ。君の消耗が激しかったのも、多分そのせいだろ。とりあえず、風呂沸かすから少し待ってな。風呂から上がった後は、昼飯でも食いながらゆっくり話を聞かせてもらう」


『昼……?』


「ああ、4時間ぐらい寝てたな」


彼女が飛び起き、血相を変えて俺につかみかかった。


『こんなことをしてる場合じゃないの!早く……』


「気持ちは分かるが落ち着け。飯も食ってないんだ、すぐにまた体力が切れるぞ」


『……くっ』


俺はふう、と息をついた。真面目で責任感の強いタイプっぽいな。


「とにかく、身体をさっぱりさせて、飯食って体力戻すぞ。そういえば、名前は」


彼女は力なく手を俺から離すと、うつむきながら答えた。


『ノア。……ノア・アルシエル』


「俺は町田智宏だ。『トモ』と呼んでくれていい。少しだけそこで待ってろ、風呂が沸いたら呼ぶから」


身長180cm強の俺の家に、ノアの身体に合う服はない。少し長めに風呂に入ってもらい、近くのしまむらで服と下着を一式買うしかないか。店員に怪しい男と思われるかもしれないが、そこは恥をしのんでやるしかなさそうだ。


俺はさっきより少しだけ深い溜め息をついた。



『遅かったじゃない』


外出から戻り風呂場に向かうと、少し不機嫌そうなノアの声が聞こえた。


「すまない、少し道が混んでてな」


『まあ、お風呂好きだからいいけど。……覗かないでよ』


「着替えはここに置いておく。ブラはとりあえずスポブラにしたが」


『すぽぶら?』


「……分からないならいい」


彼女を家に連れてくる際、少しだけ彼女の身体を抱っこする機会があった。見た目通り軽く、胸も皆無ではないにせよ小ぶりだと判断した。……別にやましい気持ちがあったわけではないが、とにかく服の選択は間違ってはいないようだ。


彼女が着てきた服と下着は自動乾燥機の中だ。もう少しすれば、一通りの洗濯は終わるだろう。

少し見た感じ、服は麻っぽい素材で、かなり素朴な作りのようだった。推測が正しければ、文明レベルは俺たちより遥かに下のようだ。


キッチンに行って少し経つと、ショートパンツとTシャツに身を包んだ美少女が現れた。少し心地が悪そうな感じだ。


「サイズ、合わなかったか」


『……そんなことはないんだけど。肌触りがサラサラしてて、落ち着かない』


俺はリビングのテーブルに彼女を促した。ここに他人が座るのも、相当久しぶりだ。


「飯ができるまで、適当に過ごしてくれ。あ、テーブルに麦茶を置いといたから、飲んでいいぞ」


向こうから、コポコポと麦茶がグラスに注がれる音がする。すぐに「コルリッ!!」という彼女の叫びが聞こえた。


「どうした?」


『このお茶、冷たい……。氷結魔法でも使って冷やしたの?』


「だから魔法はこの世界に存在しないんだって。いちいち説明すると長くなるから、おとなしく飲んでくれ」


俺はフライパンを振るった。野菜炒めと刻んだソーセージ。そこに、焼きそば用のゆで麺を放り込む。さらに粉末ソースと、隠し味にウスターソースを少し。軽く焦げた、いい匂いがしてきた。


「よし」


皿に焼きそばをよそう。これだけでもいいのだが、栄養バランス的にはもう一つ欲しい。

冷蔵庫から、自家製スムージーのボトルを取り出す。それをグラスに入れて、今日の昼飯は完成だ。


「できたぞ」


所在なげに視線をさまよわせていたノアが、身を乗り出した。


『何これ、美味しそう!』


「焼きそばだ。まあ、適当に作ったものだがな。箸は多分使えないだろうから、フォークで食ってくれ。それとスムージーな」


俺は彼女の向かい側に座ると、「いただきます」と軽く手を合わせた。ノアが焼きそばを口にすると、表情が一気にほころぶ。


「ブイエユ!!!」


彼女が叫んだ。どうも、心からの叫びとかになると「念話」とやらが使えないらしい。


「美味いか?」


『え、ちょっと、トモって王宮料理人か何かなの??こんなに美味しいの、本当に久しぶりなんだけど』


「ハハッ、んなわけないだろ。まあ料理は趣味でやってるが、プロの足元にも及ばねえよ。そもそも、焼きそばなんて慣れりゃ誰でも作れる」


濃いソースの味が口に広がる。やはり、昼はこういうジャンクなのがいい。

ノアはというと、一心不乱に焼きそばをかき込んでいた。どうも、腹も相当空いていたようだ。


「体調はどうだ?」


『んぐっ、うん、少し良くなった。やっぱり、転移魔法使った影響は大きかったのかな……』


「……さっきの、国ごと転移させたとか、そういう話か」


コクン、とノアが頷く。


『やったのはあたしと母様、それと『御柱様』だけど。ここのマナが物凄く薄いから、それもあるかも。同じ魔法使っても、消耗が激しい』


「今俺とこうして話しているのも、実は結構辛いんじゃないか」


『ん。このぐらいなら平気。『念話』自体はそこまで高度な魔法でもないし。ゴブリンやオーク、ハーピーとか異種族と会話するには必須だから』


なるほど、そういう用途の魔法だったのか。


「そうか、それなら良かった。……何で転移を?」


『話せば長くなるわ。それは、トモがあたしたちの仲間に会ってからにする。平たく言えば、『逃げてきた』』


「難民みたいなものか。いわば、集団亡命だな」


『……随分察しがいいのね』


んぐっ、と焼きそばを飲み込みノアが言う。少し詰まったのか、スムージーを一気に飲んで流し込んでいた。


「俺も驚いてる。なろう系ファンタジーとかラノベとかを読み過ぎたかもしれないが」


『何それ』


「さっきも言ったが、この世界に魔法なんて物は存在しない。だが、フィクション……おとぎ話の中では、割と一般的なものさ。

そして、俺たちの世界の人間が、どこかの異世界に飛ばされたり、転生したりする話もお約束だ。その逆バージョンと思えば、そこまでの混乱はない」


国ごとの転移という点を除いては……だが。


俺はスマホを手に取り、ツイッターでニュースを確認した。とりあえず、メディアによる報道はもちろん、ファンタジーランドについての呟きは一切ない。まだ騒動にはなっていないようだ。

休日にあの場所に立ち入る人間は、まずもっていない。あそこに何か、城のような建物が急にできたとしても、余程の大きさでなければ外部からは見えないだろう。


俺はスムージーを口にし、一息ついた。まだ、大丈夫だ。


ノアがフォークを置き、鋭い視線を俺に向けた。


『あんた、何者なの。ただの平民じゃないわよね』


「どうしてそう思う?」


『勘。でも、あたしの勘はまず外れない。魔道士に重要なのは、本質を探る勘なのよ』


俺は苦笑した。


「買い被りすぎだ。ただ、資産は人より遥かに持ってる。自慢するほどでもないが、その気になりゃ一生働かずに済むぐらいの金はある」


『そういうんじゃない。あんた、何か隠してない?』


俺は頭を掻いた。別に隠すほどのことじゃない。だが、あまり前職にはいい思い出がない。


「まあ……昔は役人をやっていた。いわゆる高級官僚ってやつだ。だが、宮仕えは俺の性に全く合わなくてね。3年前に喧嘩別れしてる」


『なら、国王や領主のことも知ってるってことよね?』


ノアがさらに身を乗り出してきた。俺は顔の前で手を振る。


「天皇陛下に会うことは生涯あり得んよ。総理大臣にしても、顔を知っているぐらいだ。領主が市長のことだとしても、ノーアポで会うのは不可能だな」


『でも、あんたは権力者が誰かを知ってる。違う?』


本当に勘の鋭い少女のようだ。……そう、俺が元官僚でしかも相応のコネを持ってなければ、彼女をとっとと警察に突き出していただろう。


「……まあ、それは正しい。あんまり使いたくない人脈だがな。だが、それを使うには、あまりに情報が足りない。

とりあえずは、ノアたちの状況を知りたい。ノアたちを好奇の目に晒すことなく、かつ身の安全を確保する。その手伝いはする」


彼女に言いながら、俺は自分の発言を信じられないでいた。



なぜ俺は、こんなに前のめりになっているんだ?



本当に久々の「非日常」に浮かれているのか?あるいは、自分の力を使えることに喜んでいるのか?

それとも……この目の前の少女に惚れた?……俺にはロリコン趣味はないはずだが、少なくとも朝に彼女が気を失う寸前に見せた弱々しい姿に、同情らしきものはしている。



とにかく、ここまで首を突っ込んだ以上、簡単に放り出すわけにはいかない。ある程度の道筋は付けてやろう。そう思い始めているのは確かだった。



ノアが俺の手を取った。瞳が、心なしか潤んでいる。



『ありがとう。……あたしはもう大丈夫だから、みんなの所に連れて行って』



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