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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第6話「西部開発取締役・坂本雅史と帝国特務歩兵・ラヴァリ」
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6-4


『……』


厳しい表情で、ノアが流れる外の風景を見ていた。綿貫の電話があってから、彼女はろくに口を開かない。

当然だろう。恐れていた最悪の事態が起きつつあるのだから。


俺はハンドルを切り、花園インターチェンジに入った。夏休みシーズンだから東京に入れば混んでくる。霞ケ関までは2時間ぐらいはかかるだろう。

電車にするかかなり迷ったが、ドアトゥドアで大体同じ時間ということを考え、車で向かうことにした。池袋駅の人混みは、ノアにはいささか刺激が強すぎる。


俺はちらりとノアを見る。彼女は俺の視線に気付いてない様子だ。


「ノア、一つ聞いていいか」


『何』


ナーバスになっているのに気付いたが、俺はそのまま続けた。


「イルシアからその、帝国までの距離はどのぐらいだ?」


『……モリファスの国境までは、馬で4日ほど。首都のテリウスだと、8日ぐらい』


「方向は北東じゃないのか」


『……!!よく分かったわね』


間違いない。仮説は当たっている。俺は流れる冷や汗を手で拭った。



転移魔法を使った倍の行き先は、この世界しかない。



そして、その座標軸は重なっている。イルシア王宮の緯度と経度は、C市東園のそれと同一なのだろう。そして、ノアの言葉からして、帝国の首都は青森県近辺ということになる。


「ノア、よく聞いてくれ。転移魔法は多分、帝国の首都で使われた」


『どうして分かるの』


「ノアのお母さんの話を聞いてずっと思っていたことだ。多分、シルムから転移魔法を使うと、この世界にしか行かない。そして、地図を重ね合わせるとイルシアがC市、テリウスって町が青森って場所に相当する。

地形は多分全然違うだろうが、今の話を聞く限りその可能性がかなり高い」


ゴクリ、とノアが唾を飲み込む音が聞こえた。


『……帝国に、そんな魔導師がいるはず……』


「連れてきたか、拉致したか、雇ったか。それは俺には分からない。だが、連中がこの事実を知っているとすると、すさまじく厄介だぞ。

例えばイルシア王宮跡地までやってきて転移魔法を使えば、いきなり奇襲を掛けることだってできるわけだろ」


ノアの顔色が青くなった。何人で来るかにもよるが、今攻めて来られたら控えめに言って危機的な事態になる。


イルシアの人口はざっくり500人。そのうち近衛騎士団が約300人、魔法局で戦闘にも参加できるのが50人だ。残りは文官や一部特権階級と、戦闘に動ける頭数はそこそこ多い。撃退はあるいはできるかもしれない。

問題はその後だ。騒ぎが起きれば当然イルシアの存在は明らかになる。そして外敵を呼び込む安全保障上の脅威と見なされかねない。東園集落、あるいはC市の住民も巻き込むかも知れない。

無論、相手側の戦力の方が上回っている可能性もある。イルシアは、中枢部が包囲されるほど追い詰められていたのだ。物量だけでなく、その質も帝国が上回っているとしたら。


俺は手元にあるブラックガムを放り込み、首を振った。いかん、運転に集中しなければ。


ノアは目を閉じて黙っている。1分ほどの沈黙の後、彼女が口を開いた。


『……でも、今回はそうしなかった。いえ、できなかった。鍵はそこにある』


「どういう意味だ」


『前も言ったけど、転移魔法は禁魔なの。だから準備に相当時間がかかる。単独で転移魔法を使えるのは母様ぐらい。

魔洸石の力を借りて、大規模な魔方陣を描いて、数人がかりで飛ばす必要があるわ。少なくともイルシア王宮近辺を奴らが制圧できたとしても、そんなことをできる余裕があるとは思えない。

それに、ワタヌキの言う通りなら、ここに来たのは1人だけ。そこもおかしいわ』


「……確かに。奇襲を掛けるにしても、一個小隊……30~50人ぐらいの規模は要るな」


『そうなの。1人で来たって時点で既に変なの。考えられるのは……』


「偵察と、イルシアがこっちに来ていないかの把握。ただ、それでも納得がいかないところが多々あるな。

最大の疑問は、行きはいいとして、帰りをどうするかだ。それに、この世界に関する何の知識もなく、どうイルシアを探し出すつもりだったのかも分からん」


俺はガムを噛みながら、思考を反芻した。そう、仮に青森で捕まった奴が帝国の人間であるとしても、その行動に不審な点が多すぎる。


『結局……そいつに会わないと分からない点が……多すぎるわね』


『ふああ』とノアが欠伸をした。少し強めの魔法を使うと、反動が大きいな。


『……少し、寝てもいいかしら。まだ、大分かかるんでしょ』


「ああ。着いたら起こす」


表示板には「練馬IC付近で渋滞7km」とあった。着く頃にはすっかり体力も戻っていることだろう。

俺はハンドルを握る手に力を込めた。まずは無事に着くこと、それからだ。



「ノア、起きろ」


『むう……』


目をこすりながらノアが身体を起こした。霞ケ関の地下駐車場から外に出ると、むわっとした熱気が襲ってくる。

夕方だというのに、気温はまだ35度近くある。ヒートアイランド現象によるものとはいえ、今年の暑さは異常だ。


……ここに来るのは退省以来か。二度と来ることはないと思っていたが。


妙な感傷に浸りながら5分ほど歩くと、桜田門の警視庁に着いた。受付を済ませてロビーでしばらく待っていると、「よお」と綿貫が来た。


「疲れた顔してんな。ノアちゃんも寝起きっぽいが」


「渋滞に巻き込まれてな。3時間近くかかるとは思わなかった」


「C市から車で来たのか?なんで電車にしなかったんだ」


「このクソ暑いのと、ノアには刺激が強いと思ったからだ。それより、本題は」


「その前に、事件の概要を説明してもらう。ついてきな」


エレベーターに乗ると、ノアが「ピヤウッ!?」と声を出した。確か、驚いた時に出す言葉だ。


「どうした?」


『いや、これ、何か箱ごと空に昇ってない??』


「ああ、エレベーターというんだ。この世界じゃまあまあありふれたものだよ」


『クルマといいこれといい、本当に驚かされることばかりね……』


綿貫と一緒に上層階の会議室に入ると、長袖の制服姿の男が待っていた。見るからに上の階級の人間だ。


「綿貫先生、お待ちしておりました」


「こちらこそお待たせしてすみません。こちらが件の、町田氏。そしてイルシアのノア・アルシエル嬢です」


一礼すると、白髪交じりの男が名刺を出してきた。「警視庁警備部部長 岩倉克美警視監」とある。


「すみません、名刺がないものでして」


「いえ、結構です。どうぞそちらにおかけになってください」


妙な緊迫感が部屋を包む。俺は綿貫を見た。


「もう、ある程度概略は話しているのか」


「ああ、オヤジ経由でな。もうこの話はトップコンフィデンシャルだ」


警備部と言えば、要人警護などを行うとともにテロや災害対策などを司る部署だ。安全保障の話にも絡む、警察の中枢部の一つといえる。


岩倉警視監が俺とノアにレジュメを渡してきた。


『読めないんだけど』


「俺が解説するから大丈夫だ。あの、彼女の言葉は理解できますか」


岩倉警視監が首を振った。


「残念ながら。あなたは分かるのですか」


「ええ。通じる人と、そうでない人がいるようです。で、こちらは……」


「事件の概略です。7月11日午後5時43分、青森県H市の縄文癒やしの森キャンプ場にて不審者を発見。キャンプ場利用者の通報を受けて青森県警が職質しようとしたところ、男は無言で逃走。

追跡中に男は短剣を振り回し、何らかの方法で警官に熱線を浴びせて負傷を負わせ、なおも逃走。警告の上発砲し、6時12分に確保。警官2名は重傷、男は右肩に負傷というものです。

ただ、男の話す言語は全く理解できず、所持品にも身分証明書はなし。精神鑑定に掛けようとしたところに、綿貫先生からの連絡があったというわけです」


レジュメにはもう少し細かい経緯が書いてある。一通り岩倉警視監からの説明が終わると、ばつが悪そうに綿貫が頭をかいた。


「月曜夜に一応これ、全国ニュースになってな。最近流行りの『無敵の人』がキャンプ場で暴れたみたいな報道をされてた。

俺も完全にスルーしてたんだが、オヤジがちょっと調べてみろって言っててな。それで身柄を移管したってわけだ。もう少し早く気付けたらな」


ノアに概略を通訳すると、表情が険しくなった。


『使ったのは、多分魔法じゃないわ。短剣は魔道具、ないしは『魔剣』の一種。言葉が理解できなかったことから察するに、念話は習得してないか、さもなきゃかなり不得手ね』


「魔剣?どうして分かるんだ」


『放出系の魔法は、ロッドか何かを介さないと真っすぐ狙い通りに飛ばないのよ。あたしが『魔刃』使った時も、ロッドを使ってたでしょ?

それと同じような機能を持たせた剣が『魔剣』ってわけ。まあ、大体は魔剣自体に強力な魔法が付与されていることが多いのだけど……』


「強力な、魔法」


『そう。だから、大体の魔剣は貴族か、あるいは特殊な立場の人間が持ってる。つまり、ここに来たのはそれなりの立場の人間、ってことになるわ』


ノアが岩倉警視監を見た。


『彼の持ち物を、見せて下さいますか?』


通訳すると、「地下の保管庫にある」と告げられた。手続き上、すぐにとはいかないらしい。


「所有物の多くは、我々じゃ理解できないものばかりでした。あなたがたなら何か分かるかもしれません」


「ありがとうございます。その他、何か分かっていることはありますか。他の不審者の存在とか」


「いえ、特には。ただ、男は誰かを探している様子だったと聞いています」


俺の通訳を聞いたノアの目が、驚きで見開かれた。


『誰かを探していた??』


「ええ。ただ、現状ではそれ以外は何も。何せ、言葉が通じないのですから」


俺は額に手を当てた。つまり、男には協力者がいる?しかもこの世界に、前からいるというのか。


「ノア、イルシアの人々より前に、この世界にシルムから誰か来ていて、しかも定住している可能性はあるのか」


『……分からないわよ、そんなの……母様だって長くは滞在しなかったらしいし……』


「ただ、転移魔法が使ったのは、別にノアのお母さんが初めてではないんだよな?」


『多分……でも、帝国にはそんな使い手はいないはずなの。あそこはマナがこの世界ほどじゃないけど薄くて、優秀な魔導師が育ちにくいから。

ゾルマ魔侯国やオルディア選侯国には使ってそうなのがいなくはないわ。特にオルディアには『大魔卿』ギルファス・アルフィードがいるし。ただ、あそこはパルミアス以上に閉鎖的なところがあるし……』


「同盟を組んだ可能性は?」


ノアの顔色がさっと変わった。


『それは……なくはない。でもどうして同盟を組むのか、全然分からない……』


話はいよいよ悪い方向に向かっているようだ。というか、この世界に「異世界人」が既に存在しているとしたら話の前提は全く変わってしまう。


「……とにかく、ここから先はそいつに会わないと分からないな。岩倉警視監、面会お願いできますか」


「分かりました。では、ついてきて下さい」


岩倉を先頭に、俺たちは地下の留置所に向かう。男は最深部の独房に入れられているとのことだ。


面会スペースで待つこと10分、看守2人に両脇を固められ、赤髪で顎髭を生やした男が現れた。


『くそっ、何の用なんや』


念話は使っていない。しかし、ノアとの勉強の成果か、何とか男の話す言葉は聞き取れた。男の言葉が、イルシアの言葉に比べて訛っているのも分かった。どこか関西弁に近い印象もある。


そして、男がノアを見て固まった。


「ノア、こいつのことは知ってるのか」


『いえ、知らない。……モリファス訛りね、確かに帝国の人間みたい』


男が訝しげに口を開く。


『あんた、まさか……『イルシアの白い三魔女』の、ノア・アルシエルか』


『そうよ。……どうして、あたしの名を?』


『『ちっこくて滅法別嬪の魔女』言うたら、オルディアでは有名さかいな。……しかし、どうしてここにおるねん』


こいつはイルシアが転移してきたのを知らない?これはどういうことだ。


『君の名は、何だ』


俺がシムルの言葉をしゃべったのに、その男は心底驚いた様子だった。


『……何でこっちの人間で、うちらの言葉をしゃべれるのがおんねん』


『関係ない。君の名は、何だ』


男は大きく溜め息をついて答えた。



『俺の名はラヴァリ。ラヴァリ・サイファルドや』



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