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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第6話「西部開発取締役・坂本雅史と帝国特務歩兵・ラヴァリ」
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6-3


『んー、今日も美味しかったあ』


ノアが大きく伸びをした。俺は皿を食器棚にしまいながら答える。


「そんな大したものでもないぞ。多分冷凍食品の方が旨いし」


『れいとう……凍らせた食べ物、ってこと?』


「ああ。それをレンジで解凍すれば、簡単に作れる。最近の冷食は、チャーハンとギョーザとシューマイについちゃ自分で作るより大体は旨い」


『ぎょーざ?しゅーまい?』


ノアの世界にそんなものがあるはずはないのだった。どうしても知っている前提で口にしてしまうな。


「まあ、そういう料理があるんだよ。ラーメン屋に行けば食える」


『へえ。前も言ってたわね、その『ラーメン屋』。今度連れて行ってくれない?』


「ん、余裕ができたらな」


『ありがと。でもトモの料理で十分美味しいけどな。というか、さっきの『チャーハン』だって、結局自分で作ってたでしょ?』


俺はふと黙り込んだ。忙しくて冷凍食品のストックが切れかけていたのと、そろそろ冷凍していた飯を使う頃合いだったのはある。

ただ、もっと手抜きはできたはずだ。なぜわざわざ自分でチャーハンを作ったのだろう。……自分でもよく分からない。


その時、チャイムが鳴った。……来たか。


「お忙しいところ失礼します。C市の片桐です」


玄関に出ると、片桐はへらへらとした笑いを浮かべながら会釈した。

後ろには無表情の睦月と、苛立った様子の図体のでかい男がいる。年齢は片桐と同じぐらいで、浅黒く日焼けしている。見るからに元ラガーマンという印象だ。


「どうぞこちらへ」


リビングに通す。片桐が中央、その両端に睦月とラガーマン風の男が座った。


「こちらの方が、西部開発の」


男は乱暴に名刺を渡した。……取締役か。


「坂本雅史だ」


「町田です。町田智宏」


それに答えることもせず、坂本と名乗る男は不機嫌そうに辺りを見回した。


「若いのに一軒家持ちか」


「ええ、まあ」


坂本は「ふん」と鼻を鳴らした。随分と横柄な男だな。

片桐が少し渋い表情で坂本を一瞥し、話を切り出す。


「食糧の問題は、どうですか。特にお変わりなく?」


「ええ、それについては一応のメドが。東園集落の協力を得られまして」


「……なるほど。それは何よりです」


見るからに作り笑いを浮かべて片桐が返す。坂本が「あいつらか」と吐き捨てた。

コホン、と咳払いをして、片桐が続ける。


「とはいえ、現状が不法占拠状態であることには変わりありません。本日は、その『イルシア』の責任者の方と、直接お話をしたく思いまして」


坂本が身を乗り出してきた。


「町田とか言ったな。一住民の分際で、国と交渉しているとか言うじゃねえか。片桐……副市長から連絡を受けてうちのものに状況を聞こうとしたら、社長は『親会社マターだから口を挟むな』と言いやがる。

それで改めて片桐副市長に話を聞いたら、あんたが国と話を付けようとしているって聞いてな。C市を飛び越えて国と交渉し、その『イルシア』とかいう不法占拠者の代理人を気取っている奴がどんなものか会いに来たってわけだ」


『……お言葉ですが。トモは善意の協力者です。不法占拠者の代理人とは、聞き捨てなりませんわ』


ノアが険しい表情で言う。どうやら坂本にも念話は通じるらしい。


「……こいつが噂の『魔法少女』か?確かに、言葉は違うのに意味が理解できるな」


ほお、と感心した後、再び坂本が強い口調で俺にまくしたてる。


「まあそんなことはどうでもいい。今重要なのは、俺の会社の土地に、よく分からねえ余所者が、何か得体の知れない建物を建てて占拠しているという事実だ。

そして、それを国が見て見ぬふりをしている?んなふざけたこと、誰が信じるか?」


「……坂本様。町田様は、確かにある程度の人脈があります」


割り込んできた睦月に、坂本が「はあ!?」と返した。


「……彼とは、それなりに長い付き合いです。噓を言う人じゃないですし、彼の出自からしても国とのパイプがあってもおかしくはありません」


「出自?」


俺は昔財務省に勤めていたこと、そして今はアーリーリタイアをしてここで暮らしていることを告げた。坂本が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「……あんた、誰とパイプを持ってる」


「綿貫恭平議員です。元同僚で、一応『友人』でして。彼を通して、浅尾肇副総理にコンタクトを取っている所です」


「綿貫って、あの炎上議員か。埼玉7区の」


頷くと、坂本は露骨に不快そうに舌打ちをした。片桐が、渋い表情で坂本を見る。


「坂本さん、今日は彼に喧嘩を売りに来たわけじゃないでしょう。あなたの言い分を伝えるためでは?」


「……そうだったな。まあとにかくだ。俺は不法占拠者には即刻立ち退いてもらいたい。親会社やうちの社長は及び腰だがな。そのためには、そのイルシアってとこのトップと直談判しなくちゃならん。案内してくれ」


ノアと目線が合った。彼女は『かなりまずいわね』と呟く。


まずい理由は明白だ。ガラルドたちを抑え込むため、アムルが王宮の出入りを監視しているからだ。ノアの使い魔のラピノも合わせ、外部に対する警戒は続いている。

ゴイルは話の通じる男だ。ただ、坂本のこの様子だと、まず間違いなく交渉は成立しない。そして、そうなった時にアムルが何をしでかすのか。



ノアの態度は、「おそらくは最悪の事態になる」ことを示していた。つまり、坂本や片桐の殺害だ。



彼女たちがかつて住んでいたシルムなら、それでも特段問題はないのかもしれない。しかし、日本は法治国家だ。殺人を犯せば警察が来る。隠蔽しようにもこの国の優秀な警察は、簡単にここに行き着くだろう。

そうなったらもう平穏も何もあったものではない。イルシアは一種のエイリアン扱いされ、鎮圧される。ここ数日の苦労が、全て水の泡だ。


俺は首を振った。


「やめておいた方がいいと思います。彼らは、こちらに対する警戒感が強い」


「は?じゃあどうしろって言うんだ、ええ?」


片桐が坂本を制した。


「従っていただけない場合は、こちらも強制執行を行うことになります。その際は、イルシアの存在も公表せざるを得ませんが」


……これが片桐の狙いか。あくまでC市主導で話を進め、イルシアも管理下に置く。ここで俺が坂本の提案を断るのも計算のうちだったというわけだ。

確かに、坂本とは違い片桐は交渉慣れしているようだ。俺に代わって市が衣食住を確保することを提案し、ゴイルの同意を得ることも可能かもしれない。


ただ、片桐の頭に管理下に置いた後のイルシアがどうなるかという発想は、恐らくはない。それに対しガラルドらが反発したら、どうなるかは目に見えている。

さらに言えば、襲撃者……「帝国」の存在を片桐は想定していない。準備ができていない現状、イルシアの存在を公表するのは自分から的がここにあると掲げることにほぼ等しい。


俺は麦茶を飲んで思考を最速で巡らせた。法的に対抗するのは現状無理だ。イルシアの人々が不法占拠者であることは、すぐには覆せない。……だが、将来は別だ。


俺はスマホを手に取り、片桐たちに見せた。そこには、俺と綿貫のLINEがある。


「こちらをご覧ください」


「……これは」


一読すると片桐は額に皺を寄せ、坂本は「はあ!?ざけんなよ」と悪態を付いた。


「今、国がファンタジーランドの建設予定地を買い取る交渉が進んでいます。国有化が成立すれば、不法占拠状態は解消されうる。事後追認すればいいだけです」


「あそこは俺たちの土地だ!親会社が簡単に首を縦に振るとでも?」


「数年間更地で放置している不良債権でしょう。国は破格の金額を提示しているはずです。だから綿貫議員も『交渉は順調だ』と言っているわけです」


「あそこにそんな価値があるとでも……」


「やめろ坂本」


片桐が坂本を睨んだ。この二人、親しい関係だったのか。


「……片桐」


「確かに価値はある。かつては違ったが、今は違う。本物の『異世界』だぞ」


「……『あいつ』が計画を全て台無しにしたんだっ。てめえが目立ちたいばかりにっ……!!」


「気持ちは分かる。『ファンタジーランド』などというネーミングセンスの欠片のない、くだらないテーマパーク計画にこの話をスポイルしたのは『彼』だ。だが、ここでその話は関係ない。

重要なのは、本来私たちが作ろうとしていたものがあそこにあるという事実だ。それも、全く予想もしない形で」


……話が見えてこない。何を話している?


「どういう意味ですか」


片桐がさっと表情を変え、作り笑いを浮かべた。


「いえ、こちらの話です。なるほど、状況は理解しました。とはいえ、『現状』では不法状態であることには変わりない。一度この話をこちらに預けていただいた方がよろしいかと。

国との交渉もこちらに任せていただきたい。一個人には荷が重いことですから」


『あなたじゃ無理よ』


冷たくノアが言い放った。


「さっきから思ってたが、何だこのガ……うがっ!!?」


『『爆縮』』


話に割り込もうとした坂本が、急に左手を痛そうに押さえた。


『力を弱めたから、骨が多少砕けた程度で済んでるはずよ。次邪魔したり、あたしを子供扱いしたら頭をやる』


呻き声を上げながら脂汗を浮かべる坂本をよそに、ノアは片桐を見る。


『繰り返すわ、あなたじゃ絶対に無理。あなたはイルシアのことを何一つ知らない。そして知ろうともしない。その意味でトモはもちろん、さっきまでここにいたオオクマにも劣るわ。

イルシアの民は誇り高いの。あなたがその誇りを傷つけるようなら、全力で戦う。たとえそれが滅びにつながろうとも』


「……」


『公表するなら勝手に公表しなさい。宣戦布告とみなすから』


「……そうですか。先ほどの言葉は失言でした。撤回させて頂きます」


片桐が微笑みながら頭を下げた。しかし、目は笑っていない。


「ただ、それでも一度そちらの責任者の方とお話をする機会は頂きたい。その程度なら、よろしいでしょう?」


「……副市長」


食い下がる片桐に、睦月が静かに、しかしはっきりと声を掛けた。


「山下君?」


「私には彼女の言葉は分かりません。しかし、ここが頃合いです。今日は引きましょう」


睦月はノアを見ると、小さく頷いた。ノアが少し驚いた様子になる。


『彼女、今の会話を理解したの?』


「睦月、どうなんだ」


睦月がふっと笑う。


「言葉は分からなくても、空気で分かるわよ」


片桐は「そうか」と呟くと席を立った。


「山下君の言う通りかもしれないね。こちらも仕切り直そう。坂本『さん』、行きましょうか」


坂本は左手を押さえながら、忌々しげにノアを見る。


「……覚えてろよ」


『勝手に覚えてなさい。繰り返すけど、次はないわ』


チッと舌打ちすると、坂本は荒々しく外に出て行った。俺は小声で睦月に呼びかける。


「……助かった、ありがとう」


「あなたが礼を言うことじゃないわ。職務を全うしたまでよ。

それとあの人、真面目すぎてオーバーヒートすることがあるから。何となく、そう思っただけ」


「不倫しているのか」と口に出かけて、俺はやめた。ここで言う言葉ではない。

片桐の左手薬指には、素っ気のない結婚指輪があった。既婚者ではあるのだろう。ただ、睦月と片桐との関係がただの上司と部下でないのは、今の言葉からも察した。


「そうか。すまないな」


小さく首を振ると、睦月はノアに向けて微笑んだ。


『……?』


「ありがとう、また会いましょう」


そう言うと、彼女は片桐に続いて玄関を出た。ノアが首をひねる。


『何て言ったの?』


言葉の意味を伝えると、ノアは『手強いわね』と笑った。


「どういう意味だ?」


『あの子、かなりできるでしょ。同席した意味が最初は分からなかったけど、理解できたわ。あの子が今回の交渉の鍵を握ってた。

カタギリも彼女の言う通りに引いたでしょ。多分、落としどころ含めてかなり早い時点で分かってたはず」


「言われてみれば」


そう。坂本が俺に疑いを向けたタイミングでフォローに入ったのも睦月だった。あいつがいなければ、もっと悲惨な展開は十分想像できた。


『あるいは、あたしがああ動くこともある程度想定してたのかもね。だから『ありがとう』なのよ。

彼女、なかなか優秀な『外交官』よ。なんでこの町で小役人やってるのか分からないくらい』


「俺も分からない。あいつは、元々は総合商社に勤めていたからな。優秀なのは間違いなく優秀だ」


『そうごうしょうしゃ?……まあいいわ。とにかく、確かに彼女とは何度も会うことになりそうね。

魔法使っちゃったからちょっと疲れちゃった。少し早いけど、おやつにしない?』


んーとノアが伸びをする。その時、俺の携帯が震えた。……綿貫からだ。


「もしもし」


「町田か。今、少しだけ時間あるか?いいニュースと悪いニュースがある、どっちから聞きたい」


「……いいニュースで」


「了解だ。まず、オヤジと話が付いた。是非そっちに行って状況を見たいとのことだ。今週末、空いてるか?」


「ああ、今のところ」


「オッケーだ。多分、国有化の話もこれで加速する。恐らくそっちの責任者との会談も必要だから、セッティングよろしく頼む。僕も同行する」


これは確かに朗報だ。浅尾副総理が出てくれば、片桐や坂本へのにらみとしては盤石だ。問題は会談内容だが、とりあえずは大きな一歩と言える。


問題は、もう片方の話だ。


「……で、悪いニュースは」


綿貫の声のトーンが落ちた。嫌な予感がする。


「青森で月曜、暴漢が暴れて警察官2名に重傷を負わせたというニュースは見たか?」


「……いや」


そんなニュースは見ていない。ツイッターなどで軽くニュースチェックはしたが、俺のアンテナには入ってない話だ。


「警官が発砲して負傷させて、何とか鎮圧したんだがな。そいつの身元がどうにも分からない。外国人なのは間違いないが、身分証明書らしきものも何一つない。

何より風体が異常だ。皮鎧に短剣を持ってぶん回したあげくに、剣の先からビームみたいなものを飛ばしてきやがったらしい。収監したら収監したで暴れるものだから、拘束衣を着させて大人しくさせたとのことだ」


「……まさか」



「その話を耳にした時に、ピンと来た。『こいつも異世界からの転移者』なんじゃねえかってな。

それで、急ぎ身柄を青森県警から警視庁に移してる。身分確認、しに来るか」



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