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「……白々しいな。用件は?」要件=必要な条件
「大変恐縮なのですが、これからご自宅に向かってよろしいでしょうか。例の、ファンタジーランドの建設予定地にある建築物の件でご相談が」
睦月は淡々と、事務的に話している。市役所からかけている、という可能性がどうも高い。
俺はわずかに苛立ちを感じながら答えた。
「一応、今日は取り立てて予定はないが」
「分かりました。それでは13時からでいかがでしょう。片桐ともう一名、地権者である西部開発取締役の坂本様の3人でうかがいたく存じます」
……地権者?西部開発には、綿貫経由で話が行っていると思っていたが。
綿貫とは簡単ではあるが日々やりとりをしている。浅尾副総理の話は調整中とのことだが、西部鉄道や西部開発との交渉は進んでいるとは聞いていた。これはどういうことだ。
「……分かった。こちらも準備する」
片桐も同席するという点に、嫌な予感を感じながら電話を切った。この前は交渉が決裂したというだけで、片桐が、ひいてはC市がイルシアのことを公にしようとすることを諦めたわけではない。
その彼が西部開発の人間と一緒に来るという。これは、何かあると考えた方がいい。
『どうしたの?』
「月曜に会ったC市の片桐副市長と睦月が、家に来るそうだ。地権者……今イルシア王宮がある土地の持ち主の会社幹部も一緒だ」
『……まずいかもね』
ノアもさすがに察したようだ。大熊は「何だよ、誰からだよ」と訝しんでいる。
「山下睦月からだ。中学校の時の同級生で、今市役所に勤めている」
「山下……ああ、あいつか。確かお前の元カノだろ」
「もうとっくに切れてる。この前イルシアの件で市に相談しに行ったら、たまたま出くわした」
「ふうん、まあどうでもいいけどな」
大熊は興味なさそうに言ってしばらくすると、「あっ、そうだ」と何かを思い出したかのように呟いた。
「山下、不倫してるって噂があったな」
「……は??」
「あいつがこっちに戻ってきたらしいって話はちょい前にお袋から聞いて知ってた。で、その時にそんな話があったような……いやマジでどうでもいいんだが」
睦月が不倫?この前「スーパーパルシア」で久々に会った時は一人だった。左手薬指に指輪もなかったので、独身だとは思っていたが。
クソが付くほど真面目で倫理観の強い睦月は、不倫とはかけ離れたところにいる奴だ。どうにも信じがたい。
「……睦月はそもそもどうしてC市に戻ってきたんだ」
「知るか、本人に訊けや。人が来るなら帰る、じゃあな」
大熊は立ち上がると、そのまま玄関の方へ消えてった。
『何話してたの』
「この前会った、俺の元恋人。大熊が言うには、不倫しているという噂があったらしい」
『不倫……罪にならないの?』
「は?」
『姦通罪は結構罪が重いのよ。あたしたち魔法使いがやらかしたら、一発で死罪。
一般人がやった場合、離縁の上で相手方に巨額の賠償金を支払うか、そうしない場合は烙印刑の上で2人揃って国外追放よ。パルミアス以外の国は、大体そんなものじゃないかしら。魔侯国だと去勢刑もあった記憶があるわね』
俺は少し考え、「ああ……なるほど」と合点した。文明レベルが中世ヨーロッパのそれに近いなら、姦通罪ぐらいは残っていても不思議ではない。
にしても、魔法使いだけ罪が重いのはよく分からないが。色々しきたりとか面倒なのだろうか。
「いや、この国では刑法上の罪には問われないな。離婚の理由になれば賠償金を支払う事由にはなるが。
基本、この国じゃ恋愛は誰とやってもいいことになってる。あまり小さな子供だと強姦罪扱いになるし相当罪が重くなるが」
『へえ、本当に色々自由なのね。でも、不倫と言われると少し納得かも』
「……どうしてだ?」
『多分お相手、あのカタギリって奴よ』
「……んな馬鹿な。どうしてそう思う」
ノアが『ウフフ』と笑った。
『勘。ただ、魔法使いの勘はよく当たるの』
睦月と片桐では親子ほども歳が離れている。ただでさえ不倫なんてしそうもないあの睦月が、そういうことをするか?
ただ、言われてみれば妙に腑に落ちることもある。ただの一職員のはずの睦月が、いきなり副市長の片桐を連れてきたのは、やはり不自然だった。
たとえ元上司と部下という関係であってもだ。プライベートで深い関係というなら、そういうことができるのにも筋は通る。
……これは、あるいは「交渉材料」になり得るかもしれない。
ただ、真偽は定かじゃない。何より、そういうことで相手を強請るのが果たしていいのかどうか。
時計は11時半前後を示している。ごちゃごちゃ考えるより、まずは飯だな。
「……とりあえず、さくっと昼ご飯にしようか」
『やった!今日は何なの?』
ノアが身を乗り出した。相変わらずの食い意地に、俺は苦笑する。
「チャーハンだな。ちょっと準備するから、手伝ってくれないか」




