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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第5話「兼業農家・大熊忠則と魔女・アムル」
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5-5


ガラルドとシェイダが隣の部屋に入ったのを確認し、俺たちは歩き出した。畑山は「やはり信用ならんな」とか、ブツブツ言っている。


「協力はしないんですか?」


「いや、むしろお前に協力せんと何が起こるか分からんだろ。そこは必要経費だ。

ただ、なるべく関わり合いになりたくない連中だというのは間違いねえな。このままこいつらがここでじっとして、その上で国が何とかしてくれるのを待つしかないべ」


渋い顔で畑山が答える。


先頭を行くゴイルが、大階段の上を見た。そこには、重厚で細かい文様が刻まれた、大きな扉がある。


「あれは?」


『御柱様の御部屋だ。外から簡単に入れぬよう、何重もの魔力的な鍵が施されている。聖杖ウィルコニアも、そこにある』


「……中には入れない、と?」


『そうだ。万が一のことがあってはならないからな。6年前からは、特に警戒が厳しくなっている』


6年前……ノアが前に言っていた、「神族」の同時死亡事件のことか。


「でも、食事とかはどうするんです?」


『御柱様はお食事をほとんど必要としない。それに、政はあの中にいながらにしてできる』


「……それは、どういう」


『御柱様は、千里眼をお持ちだ。イルシアのどこで、どんな異変が生じたか。そしてそれに対してどう対応すべきかをお伝えになさる』


なるほど。「神族」というだけあって、普通の人間ではないのだな。しかし、食事も取らない、行動の自由もないとなると……俺なら耐えきれないが。


「すみません、その御柱様も、動けずフラスト……いや、ご苦労されているのでは」


『それは心配無用だ。それに、あの方に何かあったら大変なことになる』


ゴイルの言葉に、ノアの表情がわずかに曇った。ゴイルはそれに気付いているのか気付いていないのか、そのまま話を進めた。


『御柱様についてはここまでにしておこう。次は魔術局だ』



1時間ほどかけて、王宮の各所を案内してもらった。幸いなことに、見るからに人間ではないという異種族は数人いる程度だった。

イルシアは多民族国家ではあるものの、隣国にエルフの国「パルミアス」がある関係からか、人類の次にエルフが多いという。次いで多いのが亜人。とはいっても露骨に獣というのはほとんどおらず、獣耳に少々ヒゲが生えている程度だ。

ガラルドらのような魔族も少々いた。ガラルドのような短気で好戦的なのばかりかと思ったが、ノア曰く『アレは例外』らしい。


「意外と大人しかったな」


一通り見終わった後、大熊の親父がほっとしたように言った。ゴイルが首を振る。


『大多数のイルシア国民は、平和を愛する性質だ。だが、そうでないのもいる。ノアとアムルがいたから、そんな素振りは見せなかっただけだ』


『そうですね。やはり近衛騎士団の何人か……副団長のシーステイア辺りは、何か言いたそうにしてましたし』


ノアが頷いた。シーステイアというと、あの小柄で気の強そうな女騎士か。魔法を巧みに操るのだという説明があった。


それにしても、アムルという女魔法使いはよほど恐れられているようだ。人里に下りたがっている危険人物ということだが、ノアが言うには『母様を除けば、イルシアの最高戦力』ということだ。

なぜ俺たちに同行しているのか疑問だったが、不穏因子がこちらにちょっかいを出さないようにするためなのはすぐに分かった。ノアが彼女の動向をずっと気にしていたのも納得だ。


『……で、トモ。何か気付いたことはあった?』


俺は腕を組んだ。畑山の言う通り、彼らが東園集落に来るのはまずいことにはなりそうだった。

さりとて、暴発をどう止めるのかという妙案は思いつかない。ここである程度抑えられれば、それに越したことはないが……


「いや……どうだろうな」


「……なあ、ちょっといいか」


大熊が手を挙げた。


「ん?」


「東園に来るのはダメでも、こっちからある程度自由に行くのはダメなのか?」


ノアに伝えると、彼女は首を振った。


『それはダメ。そっちの身の安全が保証できないわ』


「……だそうだ」


大熊が肩を落とした。視線は未練がましそうにアムルを見ている。そこまで彼女が気に入ったのか。



その時、ずっとニコニコしながらも無言だったアムルが、口を開いた。



『ちょっとその彼、貸していただけませんかしら?』



『……は??』


訝しげに彼女を見るノアに、アムルは『ウフフ』と笑う。


『貴女には分からないでしょうけど、私は感じますの。彼の底知れぬ『精気』を』


『ちょっと!!?あんた、それで何人殺したと思ってるの??』


ノアの顔が真っ青になっている。ゴイルも『やめたまえ』と制止するが、アムルは大熊に近づき、その手を取った。


『心配要りませんわ。少し『味見』するだけですから』


すると、彼女はおもむろに大熊の手に口づけをした。



……次の瞬間。



「うわあああっっっ!!!?」



叫びとともに白目をむく大熊。そしてアムルは、快楽に蕩けた、うっとりとした笑みを浮かべていた。



「忠則っ!!?」


崩れ落ちる大熊に、大熊の親父が駆け寄った。ノアがロッドを取り出し、アムルに向ける。


『あんた……!!今までの苦労を、全て水の泡にっ……!!』


『ウフフ、相変わらず浅慮ですわね、ノア。ほら』


アムルが大熊を見下ろす。大熊は「……大丈夫だ、親父」と自力で立ち上がった。


「……何だよ、今のは。脳内に、イッた時みてえな快楽が、一気に流れ込んできたんだが」


アムルはニコニコと微笑んでいる。呆気に取られる俺たちをよそに、彼女は上機嫌で告げた。


『この世界の人……トモ、といいましたか?彼もそうですが、『精気』の量がシムルより多いのです。特にそこの彼は、全く水準が違う。質も極めて良質、こんな殿方は初めてですわ。

彼がいれば、捕虜たちの貧相な精気を摂らずとも十分。本気で『吸って』も、恐らくは大丈夫ですわね』


『……何が言いたいのよ』


『ガラルドやシーステイアを何とかしたいのでしょう?条件付きで、私が彼らの抑止を請け負いますわ。この子を毎日ここに来させること。それが条件です』


俺たちは顔を見合わせた。つまり、大熊を差し出せば、イルシアはある程度の食糧を得られ、東園集落はイルシアからの襲撃を抑えることができる。だが、それが許されるのか?


「……それはならんぞ、絶対に」


大熊の親父が震えながら言う。しかし、彼女の言葉を通訳すると、大熊は「大丈夫だ親父」と微笑んだ。


「まあ、さっきはビックリしたけどな。このぐらいなら、喜んで協力するわ。というか、『この先』も期待していいんだよな?」


「……大熊、お前は『餌』としか見られてないんだぞ」


俺の言葉に、大熊は「それでもいい」と答えた。


「こんなに女にマジで惚れたのは、生まれて初めてなんだよ。言葉も通じねえが、それはこれから勉強する。そのうち、分かり合えるかもしれねえだろ?」


大熊の必死さに、俺は「……それでいいなら、そうすりゃいい」と返すしかなかった。もとより、俺の言葉を聞く奴じゃない。


アムルはその笑みを深めて言う。


『交渉成立、ということでいいですわね?では、明日からよろしくお願いいたしますわ』



「……アムルという女、大丈夫なのか?」


俺はレトルトカレーを温めながらノアに訊いた。今日も何やかんやで色々ありすぎて、普通に料理を作る気力が湧かない。


ノアは小さく首を振り、『分からないわ』と答えた。


『吸精衝動さえなければ、あいつはとても有能で信頼できるわ。ただ、そのせいで何人も、何十人も殺してしまっている。

一般人に被害が及ばぬよう、今までは捕虜や罪人が吸精の対象になってた。言ってみれば、あいつは処刑人なのよ。

ただ、あいつが実際の所人間をどう思ってるかは分からない。ただの餌としか見てないんじゃないかと思ったことは多々あるわ』


「てっきりセックス……性行為で精力を吸うと思ってたが、違うんだな」


俺はレトルトカレーを米の入った皿に注いだ。食欲を刺激する、スパイシーな香りが一面に広がる。


『どうだろ。裸を見せることは魔法使いである以上できないのだけど。将来を誓った相手にしか、裸は……というか、『魔紋』は見せないしきたりだから。

でも、別に性行為は裸でなくてもできるんでしょ?アムルがどうやって本気で精気を吸うのかは見たことがないし、見たくもないわ』


カレーの皿が目の前に来ると、ノアの顔がぱぁっと輝いた。


『というかこれ美味しそうねえ。……これも、トモが作ったの?』


「いや、できあいのものだ。本気で作ってもいいが、相当かかるぞ」


『本気で?どうやって作るの??』


「小麦粉を炒めてルーを作って……カレースープもしっかり煮込まないといけないからな、時間に余裕のある時でないと」


『じゃあ今度作ってね。……んー、辛くて、香ばしくて美味しいっ!!』


スプーンを口にすると、ノアが至福の表情になった。本当に旨そうに飯を食う奴だな。



その時間帯に流れていたテレビのニュースを見逃していたことを、俺は数日後後悔することになる。




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