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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第5話「兼業農家・大熊忠則と魔女・アムル」
32/181

5-4


「……というわけです」


一通り今日の経緯を説明し終わると、ゴイルが静かに目を閉じた。


『なるほど。領主との交渉は不首尾だったが、この者たちが代わりに協力するということか。いわば荘園主、といったところだな』


一通り通訳すると、畑山が厳しい表情でゴイルを見た。


「俺たちはこいつに協力すると決めたわけじゃねえ。確かに俺たちに旨みのある話だが、正直色々見えてない所も大きい。何より、お前らが人里に降りたら面倒なことになるべ」


通訳しようとすると、ノアが俺を見た。そういえば、さっきの畑山との話の最中、こいつは寝ていたのだった。


『どういうこと?』


「彼らは自分たちの生活の平穏が脅かされるんじゃないかと恐れてる。基本、ここの住民は余所者に対しては警戒心が強いんだ」


『そう……あたしも同感』


ノアの視線はガラルドとローブの女性に向いた。ローブの女性はアムルというらしい。

アムルは微笑んだままだが、ガラルドは怒りを露わにして身を乗り出してきた。


『何が同感だ!??てめえ、いつからこの世界の人間になった!!?』


ゴイルがガラルドを制する。


『やめろガラルド。お前の気持ちは分かるが、ノアや彼の言うことも道理だ』


『何が道理なんだよジジイッ!!』


『その血の気の多さだ。ずっとここに閉じ込められて不満なのは分かるが、今のお前が人里に降りてみろ。何が起こるか分からん』


『はあっ!!?んなこと決まってるだろ、飯も女も力で……』


「バルシャザド」


シェイダという、耳の長いもう一人のローブの女性が何事かを口にすると、ガラルドの身体がまるでロープか何かで拘束されたかのように固くなった。「ンー!!ンー!!」と、猿轡を噛まされたかのようにガラルドが唸る。


「ジャメ・イジャ・ベルデ」


シェイダが冷たく何かを言い放つ。ゴイルはそれを受けて、深く頭を下げた。


『ご覧の通りだ。ガラルドは有能な軍人だが、見ての通り直情的で短気だ。思慮も足りない。彼を同席させたのは、こちらの現状を伝える意図もある』


「現状?」


『ああ。貴君のおかげで、食糧の問題は多少良くなった。生活環境の改善も含め、感謝してもしきれない。貴君に何の得もないのに、ここまでしてくれたことには驚きですらある。

だが、それでもなお問題は山積している。その最たるものが、国民の不満だ』


「移動ができないことのストレス、ということですね」


『すとれす……』


「心理的圧迫、不快感ということです」


ゴイルは納得したかのように頷いた。一部の横文字は、どうも念話では通じないらしい。


『その通りだ。特にガラルドら、近衛騎士団の連中の中にはなお出陣を求める声がある。食糧の問題は多少解消されても、一箇所にじっとしていられない奴が多いのだ』


「戦う理由がないじゃないですか」


『訓練、だよ。帝国からの襲来に備えた訓練には、ここはやはり手狭だ。ただ、我々としても無用な摩擦は避けたい。だから困っている』


アムルがニコリと笑った。


「テア・ゴイル。メア・ジャメ・グルーイ・トルット」


「……彼女は何と?」


『ああ、それは……』


アルミの笑みが深まった。どこか、不気味というか、おぞましいものを感じる。


『失礼いたしましたわ。私もここに居続けるのは限界、と申しましたの』


「限界?」


ゴイルが頭を振る。相当気苦労が多そうな男だと、改めて思った。


『……彼女もまた、ガラルドと同様の意見を持っている。ガラルドとは違った理由で』


「違った理由?」


ノアがあきれ果てた様子で手を頭にやった。


『まさかあんた、全部『吸い尽くした』んじゃないでしょうね?』


『ノア、あなたも分かりますわよね?ここのマナは薄すぎるのです。『食糧』用の捕虜は、もう1人か2人しかいませんわ』


物騒な言葉が聞こえた。言葉が理解できる、大熊の親父も引き気味だ。


「食糧?」


『アムルの種族はイリュミス。魔族の亜種で、人の精気を食らうことで魔力とするのよ。特にその力が強いのは、『魔女』って呼ばれてる』


「……サキュバスみたいなものか」


『よく分からないけど、そんなのがトモの世界にもいるのね』


「ファンタジー……お伽噺の中だけの存在だがな」


アムルが大熊に色目を使っていた理由がこれで分かった。なるほど、ノアが警戒するわけだ。

当の大熊はというと、ずっとアムルの方を見ている。確かに彼女は美しいが、まさか魔法にでもかけられているんじゃあるまいな。


俺の考えていることに気付いたのか、アムルが『うふふ』と笑った。


『『魅了』は掛けていませんわ。その殿方の意思かと』


大熊の親父が溜め息をついて息子をはたいた。


「そんなんだからおめえは独身なんだよ」


「知るかよ!ったく、何話してるか全然分かんねえし……」


微笑むアムルをシェイダが睨む。彼女はアムルの同僚で、エルフなのだそうだ。「第一級魔導師」の肩書を持つのは、イルシアではノアを含む3人であるらしい。


『私だけでこいつを抑えるの、マジきついんだけど。ノア、その男の監視はもういいっしょ?ガラルドといいこいつといい、『猛獣』の世話役は私だけじゃ無理なんよ。ゴイル閣下も何か言ってやってくれません?』


ゴイルが俺を見た。


『……まあ、ご覧の通りだ。不満をどこまで抑えておけるか、甚だ怪しくなっている。そちらの言うことも分かるが、ある程度の外出許可はいただきたい』


「しかし……」


畑山は「それはならん」と首を横に振った。フリクションは避けたいが、イルシア国民のフラストレーションの解消も必要というのは相当な難題だ。

そもそも、彼らは目立ちすぎる。ただでさえ顔立ちが日本人のそれとは違うのに、ガラルドやシェイダは見た目からしてファンタジー世界の住民だ。オークやハーピーといった見るからに異種族がいたら、目撃された時点でアウトだろう。……さて、どうしたものか。


『トモ、ちょっといい?』


ノアが俺の袖を引いた。


「何か妙案でも?」


『……ないけど。ただ、そもそもここの構成がどうなってるか、ちゃんと話したことなかったわよね。

結論を出すのは、それからでいいと思うの。トモなら、何か思いつくんじゃないかって』


「買い被りだ。……ただ、それもそうか」


そう。よく考えたら、俺はイルシアのことをほとんど何も知らない。自分の平穏のことばかり考えていたのに気づき、俺は強烈に自分を恥じた。


一度天井を仰いだ。まだ、考える時間はある。


俺はゴイルに向き直った。


「少し、ここを案内してくれませんか?色々バタバタしていて、イルシアのことを知る機会もなかったので」


『いいだろう。シェイダ、ガラルドを別室に。私とアムルで案内する』


『承りました。……ノア、アムルをちゃんと見張っといて』


『勿論よ』


アムルは相変わらず『ウフフ』と笑っていた。



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