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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第5話「兼業農家・大熊忠則と魔女・アムル」
31/181

5-3


『ふああ……まだ疲れてるわね』


車を降りると、ノアが大きく伸びをした。後部座席に座っていた3人は、目の前の城壁を見て唖然としている。


「……噓じゃなかったんか」


畑山が呟いた。大熊はというと「マジで城じゃん……!!」と興奮気味だ。


「少し、事務所にいる西部開発の社員と話をしてきます。そこで少し待っていてください」


足元はかなり濡れている。相当多量の水を使ったらしい。一応、ホースから水は流れていないようだ。


「市村君、今戻った。特に変わりは」


「ひゃいっ!?」


椅子にぼうっと座っていた市村は飛び上がった。そこまで驚くこともないだろうに。


「な、何もなかった、ですよ」


「……本当か?」


「ほ、本当、ですよ」


「隠し事をしても、ノアにはバレるぞ」


もちろん、これはカマをかけている。ノアに読心術のようなものが使えるかは分からない。少なくとも、これまで使った形跡はない。

ただ、市村には効果覿面であったらしく、すぐにしょぼんと頭を垂れた。


「……いえ、本当に大したことじゃないんです。人が、ここに来て」


「人?」


「はい……ジュリって名前で。別に、口止めされてたわけじゃないんですけど」


「ジュリ?」


ここの住民の1人だろうか。水浴びをしていて、たまたま興味があってここに入ったということなら、そんな大したことでもない。

それにしても、彼の動揺っぷりは少し気になる。俺は首をひねった。


「あ、いや、本当に大したことないんです。ただ、すごく、不思議な人だったんで」


「……不思議な人?」


外からノアが俺を呼ぶ声がした。もう少し話を聞いてみたい気もしたが、別の機会でいいか。


「まあ、おかしなことがあったら正直に言ってくれると助かる」


事務所から出ると、門番が門を開けたところだった。俺たちは王宮に向かって歩き始める。


『トモ、どうしたの』


「いや、事務所にいる社員がちょっと変なことを言ってたんでね。大したことじゃなさそうだから、後で話す」


『変なこと?』


「誰かが事務所に入ったんだそうだ。イルシアの人間なのは間違いない」


『ふうん。でも危害とかは加えなかったんでしょ。ならいいじゃない』


「……それもそうだな」


王宮の入り口には、ゴイルが既に待っていた。ガラルドと、ゆったりとした純白のローブを着た女性2人もいる。彼女たちは初見だ。


ゴイルがイルシアの言葉でノアに話しかける。


「ノア、ゲア・ジュタ・ベルナ・ジュイヤール」


『領主ではないそうです。ただ、この近辺を治める者と』


ゴイルは頷くと俺を見た。


『交渉ご苦労だった。首尾は』


「それについては後ほど。お伝えしなければならないことが、幾つか」


『なるほど。……言葉は通じるか』


ゴイルが畑山たちを見ると、大熊の親父だけが「分かる!分かるべ!!」と反応した。


「何でおめえだけ分かるんだ」


「わかんねえすよ。でも、なんとなく言ってることが理解できるんですわ」


不満そうな畑山をよそに、俺たちは王宮に入る。大熊はというと、ぼうっとした顔でローブの女性の1人を見ていた。


「……どうしたんだ」


「いや……すごい美人だな。どちらもだが、特に巨乳の方が」


小声で話していると、その女性がニコリと笑いかけた。大熊の顔が赤くなる。中学生のような反応だな。

大熊は決して美形ではないが、不細工でもない。この町に残る大体の若者同様、髪を金髪に染めたマイルドヤンキー的な風貌だ。女性経験に乏しいとは思えないが。


「……何だよ」


「いや、何でも」


大熊が苛立ちを隠さず呟く。


「笑うなら笑えや。この年になると、ロクに若い女と会う機会なんざねえんだよ。お前もそうだろうが」


「……まあ、な」


「相変わらず偉そうな奴だぜ」


ケッ、と大熊が吐き捨てた。昔からこいつとは話が合わない。ガキの頃、俺をいじめのターゲットにしようとしていたのもこいつだった。


ただ、大熊が言わんとしていることはよく分かった。C市に残る若い女性は少ない。大体は東京に出て行く。ここに残るのは、早くに結婚したヤンキーか、さもなきゃ東京で生きるのを諦めたドロップアウターだ。

睦月のように、頭脳もあり容姿に恵まれた奴がC市にいるのは、本当にレアケースだろう。睦月がここにいると知ったところで、大熊は何の反応も示さないだろうが。俺と同様、睦月も大熊にとっては別世界の住民でしかない。


『ふうん』


ノアがこちらを振り向いた。


「何だよ、意味深な」


『そこの彼、気をつけた方がいいわよ。『食事』にされかねないから』


「食事?」


『ま、それは後で』


うふふ、とまた白いローブの女性が笑った。もう1人の女性が渋い顔になる。


『では、話を始めようか』


ゴイルが執務室のドアを開けた。



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