5-3
『ふああ……まだ疲れてるわね』
車を降りると、ノアが大きく伸びをした。後部座席に座っていた3人は、目の前の城壁を見て唖然としている。
「……噓じゃなかったんか」
畑山が呟いた。大熊はというと「マジで城じゃん……!!」と興奮気味だ。
「少し、事務所にいる西部開発の社員と話をしてきます。そこで少し待っていてください」
足元はかなり濡れている。相当多量の水を使ったらしい。一応、ホースから水は流れていないようだ。
「市村君、今戻った。特に変わりは」
「ひゃいっ!?」
椅子にぼうっと座っていた市村は飛び上がった。そこまで驚くこともないだろうに。
「な、何もなかった、ですよ」
「……本当か?」
「ほ、本当、ですよ」
「隠し事をしても、ノアにはバレるぞ」
もちろん、これはカマをかけている。ノアに読心術のようなものが使えるかは分からない。少なくとも、これまで使った形跡はない。
ただ、市村には効果覿面であったらしく、すぐにしょぼんと頭を垂れた。
「……いえ、本当に大したことじゃないんです。人が、ここに来て」
「人?」
「はい……ジュリって名前で。別に、口止めされてたわけじゃないんですけど」
「ジュリ?」
ここの住民の1人だろうか。水浴びをしていて、たまたま興味があってここに入ったということなら、そんな大したことでもない。
それにしても、彼の動揺っぷりは少し気になる。俺は首をひねった。
「あ、いや、本当に大したことないんです。ただ、すごく、不思議な人だったんで」
「……不思議な人?」
外からノアが俺を呼ぶ声がした。もう少し話を聞いてみたい気もしたが、別の機会でいいか。
「まあ、おかしなことがあったら正直に言ってくれると助かる」
事務所から出ると、門番が門を開けたところだった。俺たちは王宮に向かって歩き始める。
『トモ、どうしたの』
「いや、事務所にいる社員がちょっと変なことを言ってたんでね。大したことじゃなさそうだから、後で話す」
『変なこと?』
「誰かが事務所に入ったんだそうだ。イルシアの人間なのは間違いない」
『ふうん。でも危害とかは加えなかったんでしょ。ならいいじゃない』
「……それもそうだな」
王宮の入り口には、ゴイルが既に待っていた。ガラルドと、ゆったりとした純白のローブを着た女性2人もいる。彼女たちは初見だ。
ゴイルがイルシアの言葉でノアに話しかける。
「ノア、ゲア・ジュタ・ベルナ・ジュイヤール」
『領主ではないそうです。ただ、この近辺を治める者と』
ゴイルは頷くと俺を見た。
『交渉ご苦労だった。首尾は』
「それについては後ほど。お伝えしなければならないことが、幾つか」
『なるほど。……言葉は通じるか』
ゴイルが畑山たちを見ると、大熊の親父だけが「分かる!分かるべ!!」と反応した。
「何でおめえだけ分かるんだ」
「わかんねえすよ。でも、なんとなく言ってることが理解できるんですわ」
不満そうな畑山をよそに、俺たちは王宮に入る。大熊はというと、ぼうっとした顔でローブの女性の1人を見ていた。
「……どうしたんだ」
「いや……すごい美人だな。どちらもだが、特に巨乳の方が」
小声で話していると、その女性がニコリと笑いかけた。大熊の顔が赤くなる。中学生のような反応だな。
大熊は決して美形ではないが、不細工でもない。この町に残る大体の若者同様、髪を金髪に染めたマイルドヤンキー的な風貌だ。女性経験に乏しいとは思えないが。
「……何だよ」
「いや、何でも」
大熊が苛立ちを隠さず呟く。
「笑うなら笑えや。この年になると、ロクに若い女と会う機会なんざねえんだよ。お前もそうだろうが」
「……まあ、な」
「相変わらず偉そうな奴だぜ」
ケッ、と大熊が吐き捨てた。昔からこいつとは話が合わない。ガキの頃、俺をいじめのターゲットにしようとしていたのもこいつだった。
ただ、大熊が言わんとしていることはよく分かった。C市に残る若い女性は少ない。大体は東京に出て行く。ここに残るのは、早くに結婚したヤンキーか、さもなきゃ東京で生きるのを諦めたドロップアウターだ。
睦月のように、頭脳もあり容姿に恵まれた奴がC市にいるのは、本当にレアケースだろう。睦月がここにいると知ったところで、大熊は何の反応も示さないだろうが。俺と同様、睦月も大熊にとっては別世界の住民でしかない。
『ふうん』
ノアがこちらを振り向いた。
「何だよ、意味深な」
『そこの彼、気をつけた方がいいわよ。『食事』にされかねないから』
「食事?」
『ま、それは後で』
うふふ、とまた白いローブの女性が笑った。もう1人の女性が渋い顔になる。
『では、話を始めようか』
ゴイルが執務室のドアを開けた。




