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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第5話「兼業農家・大熊忠則と魔女・アムル」
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5-2


「町田の倅が、何のようだべ」


ドアを開くと、頭の禿げ上がった小柄な老人が渋い顔をしていた。後ろには大熊親子がいる。


「ご足労いただき恐縮です」


彼らをリビングに通し、お茶を出す。ノアは上で寝かせているから、しばらくは起きてこないはずだ。


「自己紹介が遅れました。町田智宏です」


「東園町内会長、畑山一郎だ。おめえが東京から戻ってきて、引きこもっているという噂の倅か」


「まあ、そういうことになりますね」


見下したかのように畑山が言う。自分がこの集落でどう言われているかは知っている。「東大卒のエリートが、なぜか会社を辞めて引きこもりをしている」。それは事実関係としては、半分は正しい。

ただ、「心を病んだ」とか「結局成功しなかった」と嘲笑われているのは、正直気分のいいものではない。まあ、親父の口癖通り、「言わせたい奴には言わせておけ」ではあるのだが。


「で、何がどうだというんだ。親父の代から、町田んとこはうちらと不干渉だったべ?」


「ええ、知ってます。ただ、一つご協力いただきたく」


「協力って何だべ」


俺は無言で、1万円札10枚が入った封筒を差し出した。


「まずこちらを」


中身を見ると、3人の顔色がさっと変わった。


「……どういうつもりだあ?」


「これは手付金です。今からお話しすることに、乗っていただきたい」


「はあ?」


俺は座り直した。ここからが正念場だ。


「荒唐無稽で頭がおかしくなったかと思われるでしょうが、とりあえずしばらく聞いてください。一昨日未明に、ファンタジーランドの建設予定地に『異世界』から国が移ってきました。住民は約500人。イルシアという国です。魔法による転移と聞いています」


「ご、ごひゃくにん!!?」


畑山の声が裏返った。まあ、それが当然だろう。俺は話を続ける。


「ええ。私はその住民と出会い、彼女をここに連れて帰った。大熊さん……いえ息子さんじゃなく、お父さんの方です。その節はどうもありがとうございました」


大熊の親父が「俺か?」と自分で自分を指さした。


「あんときの女の子が、その住民ってのか?留学生じゃなかったんか」


「すみません、噓をついて。彼女は息子さんとも会っています。今は疲れて、上で休んでいますが」


「なんるほどなあ。えらい別嬪さんだったから、ただの子じゃないとは思っとったが」


俺は麦茶を飲んで、一呼吸置いた。畑山の目を見る。


「現在、彼らには『王宮』で待機してもらっています。人里に降りてこられると、間違いなく厄介なことになるからです。今のところ、それは上手くいっています。

ただ、問題は山積している。何よりも深刻なのは食糧です。昨日、一昨日と私が自腹を切って500人分ほどの食糧を買い込みましたが、いつまで続けられるか限界がある。何より、大熊君……息子の方です、彼が気付いたように隠し通しておくのも難しい。

そこで、皆さん……東園集落の力をお借りしたい。農家が生産している野菜などを、農協の5割増しで買い取りましょう。それも、一括で」


「……農協を、裏切れというんか」


農家にとって、農協の存在感はいまだ大きい。最大の販路であるというだけでない。農機の購買、あるいはそれに必要な融資。いずれにも農協は深く噛んでいる。

しかし、価格は農家が決められない。だからこそ、一部の農家では農協を離れ、自前で販路を開拓しようとする動きが強まっている。


もっともそれができるのは、高いブランド力と品質を持つ有力農家だけだ。東園集落の大半を占める中小の兼業農家にとっては、そんなことは不可能に近い。



だからこそ、俺の提案は効く。



俺は静かに首を横に振った。


「そうは言っていません。ただ、少なくともあなた方の生活は潤う。無論、私の財力などたかが知れています。将来的には、私の代わりに国があなたたちを支援することになります」


「……はぁ!?」


「既に、国とは話をし始めています。一応、財務省にいたときのコネはあるもので」


畑山の顔が赤くなり、そして黙りこくった。代わりに、大熊の親父が興奮気味に身を乗り出す。


「ちょっと待て、詳しく話を聞かせてくれんか」


「ええ。今は情報を抑えていますが、そのうちイルシアのことは明るみになるでしょう。そうなれば、東園集落は『異世界がある集落』として嫌でも注目されます。

ただ、その影響はできるだけ抑えたい。その際に、普段通りに皆さんが生活できる環境を作る。イルシアの人々にも、衣食住が確保された平穏な状態を提供する。私の提案は、その第一歩というわけです。国からも補助金が出るように交渉するつもりです」


「これ、いい話じゃないか?畑山さん」


畑山が深く息をついた。


「……幾つか、疑問がある。まず、西部鉄道の連中のように、ここを観光地化する考えはないんだな?」


俺は頷いた。東園集落の強い反対は、ファンタジーランド計画の頓挫の大きな理由だった。「普段通り」を強調したのは、そのためだ。


「ええ。C市はそうではないようですが、これについては全力で抵抗します。安全保障上の問題からも、外部からの干渉機会はできるだけ少ない方がいい。これについては、国も同じ考えのはずです」


綿貫の狙いについては黙っておいた。イルシア、そしてシルムの情報を独占しようという意図を伝えたところで、彼らには何の意味もない。


「本当だな?」


「ええ」


「じゃあ次だ。あそこにいるのが500人、と言ったな?うちの備蓄倉庫にある分の食料を引っ張ってきても、そんなにもたんぞ。米の収穫期までは、もう少しある」


「1カ月あれば十分です。それまでには、国がある程度手当てするようになるはずです。まずは目先の食糧を確保することですから」


「おめえにそれを買う金はあるんか?」


「あります。詳しくは言えませんが。あ、まっとうな金なのでその点はご安心を」


即答する俺に、畑山は腕組みをして唸った。これまでの所は順調だ。


「……もう一つだ。そのイルシアとかいう連中は、こっちに来ないという理解でいいべ?」


俺は言葉に窮した。旧態前とした村社会の住民である彼らは、「余所者」の存在をよしとしない。言葉の通じる俺ですらそうなのだ。畑山にとって、イルシアの人々は拒絶されるべき「異邦人」にすぎないのだろう。


しかし、それが現実的とは思えない。500人もの人々が、イルシア王宮だけに居続けることを強いられれば、相当な不満になるだろう。

既にあのガラルドという男は、かなりフラストレーションを溜めている。軍隊を率いて人里に降りてこられたら、全てが水の泡だ。


「それはまだ、お答えしかねます。何より、畑山さんたちは彼らのことを何も知らない。私もそこまで知っているわけじゃないですが」


俺は時計を見た。そろそろ、向かっても大丈夫な時間帯だろう。ノアも少しは体力が戻っているはずだ。


「せっかくなので、イルシア王宮に向かいましょう。代表者とも、話ができるはずです」



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