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「町田の倅が、何のようだべ」
ドアを開くと、頭の禿げ上がった小柄な老人が渋い顔をしていた。後ろには大熊親子がいる。
「ご足労いただき恐縮です」
彼らをリビングに通し、お茶を出す。ノアは上で寝かせているから、しばらくは起きてこないはずだ。
「自己紹介が遅れました。町田智宏です」
「東園町内会長、畑山一郎だ。おめえが東京から戻ってきて、引きこもっているという噂の倅か」
「まあ、そういうことになりますね」
見下したかのように畑山が言う。自分がこの集落でどう言われているかは知っている。「東大卒のエリートが、なぜか会社を辞めて引きこもりをしている」。それは事実関係としては、半分は正しい。
ただ、「心を病んだ」とか「結局成功しなかった」と嘲笑われているのは、正直気分のいいものではない。まあ、親父の口癖通り、「言わせたい奴には言わせておけ」ではあるのだが。
「で、何がどうだというんだ。親父の代から、町田んとこはうちらと不干渉だったべ?」
「ええ、知ってます。ただ、一つご協力いただきたく」
「協力って何だべ」
俺は無言で、1万円札10枚が入った封筒を差し出した。
「まずこちらを」
中身を見ると、3人の顔色がさっと変わった。
「……どういうつもりだあ?」
「これは手付金です。今からお話しすることに、乗っていただきたい」
「はあ?」
俺は座り直した。ここからが正念場だ。
「荒唐無稽で頭がおかしくなったかと思われるでしょうが、とりあえずしばらく聞いてください。一昨日未明に、ファンタジーランドの建設予定地に『異世界』から国が移ってきました。住民は約500人。イルシアという国です。魔法による転移と聞いています」
「ご、ごひゃくにん!!?」
畑山の声が裏返った。まあ、それが当然だろう。俺は話を続ける。
「ええ。私はその住民と出会い、彼女をここに連れて帰った。大熊さん……いえ息子さんじゃなく、お父さんの方です。その節はどうもありがとうございました」
大熊の親父が「俺か?」と自分で自分を指さした。
「あんときの女の子が、その住民ってのか?留学生じゃなかったんか」
「すみません、噓をついて。彼女は息子さんとも会っています。今は疲れて、上で休んでいますが」
「なんるほどなあ。えらい別嬪さんだったから、ただの子じゃないとは思っとったが」
俺は麦茶を飲んで、一呼吸置いた。畑山の目を見る。
「現在、彼らには『王宮』で待機してもらっています。人里に降りてこられると、間違いなく厄介なことになるからです。今のところ、それは上手くいっています。
ただ、問題は山積している。何よりも深刻なのは食糧です。昨日、一昨日と私が自腹を切って500人分ほどの食糧を買い込みましたが、いつまで続けられるか限界がある。何より、大熊君……息子の方です、彼が気付いたように隠し通しておくのも難しい。
そこで、皆さん……東園集落の力をお借りしたい。農家が生産している野菜などを、農協の5割増しで買い取りましょう。それも、一括で」
「……農協を、裏切れというんか」
農家にとって、農協の存在感はいまだ大きい。最大の販路であるというだけでない。農機の購買、あるいはそれに必要な融資。いずれにも農協は深く噛んでいる。
しかし、価格は農家が決められない。だからこそ、一部の農家では農協を離れ、自前で販路を開拓しようとする動きが強まっている。
もっともそれができるのは、高いブランド力と品質を持つ有力農家だけだ。東園集落の大半を占める中小の兼業農家にとっては、そんなことは不可能に近い。
だからこそ、俺の提案は効く。
俺は静かに首を横に振った。
「そうは言っていません。ただ、少なくともあなた方の生活は潤う。無論、私の財力などたかが知れています。将来的には、私の代わりに国があなたたちを支援することになります」
「……はぁ!?」
「既に、国とは話をし始めています。一応、財務省にいたときのコネはあるもので」
畑山の顔が赤くなり、そして黙りこくった。代わりに、大熊の親父が興奮気味に身を乗り出す。
「ちょっと待て、詳しく話を聞かせてくれんか」
「ええ。今は情報を抑えていますが、そのうちイルシアのことは明るみになるでしょう。そうなれば、東園集落は『異世界がある集落』として嫌でも注目されます。
ただ、その影響はできるだけ抑えたい。その際に、普段通りに皆さんが生活できる環境を作る。イルシアの人々にも、衣食住が確保された平穏な状態を提供する。私の提案は、その第一歩というわけです。国からも補助金が出るように交渉するつもりです」
「これ、いい話じゃないか?畑山さん」
畑山が深く息をついた。
「……幾つか、疑問がある。まず、西部鉄道の連中のように、ここを観光地化する考えはないんだな?」
俺は頷いた。東園集落の強い反対は、ファンタジーランド計画の頓挫の大きな理由だった。「普段通り」を強調したのは、そのためだ。
「ええ。C市はそうではないようですが、これについては全力で抵抗します。安全保障上の問題からも、外部からの干渉機会はできるだけ少ない方がいい。これについては、国も同じ考えのはずです」
綿貫の狙いについては黙っておいた。イルシア、そしてシルムの情報を独占しようという意図を伝えたところで、彼らには何の意味もない。
「本当だな?」
「ええ」
「じゃあ次だ。あそこにいるのが500人、と言ったな?うちの備蓄倉庫にある分の食料を引っ張ってきても、そんなにもたんぞ。米の収穫期までは、もう少しある」
「1カ月あれば十分です。それまでには、国がある程度手当てするようになるはずです。まずは目先の食糧を確保することですから」
「おめえにそれを買う金はあるんか?」
「あります。詳しくは言えませんが。あ、まっとうな金なのでその点はご安心を」
即答する俺に、畑山は腕組みをして唸った。これまでの所は順調だ。
「……もう一つだ。そのイルシアとかいう連中は、こっちに来ないという理解でいいべ?」
俺は言葉に窮した。旧態前とした村社会の住民である彼らは、「余所者」の存在をよしとしない。言葉の通じる俺ですらそうなのだ。畑山にとって、イルシアの人々は拒絶されるべき「異邦人」にすぎないのだろう。
しかし、それが現実的とは思えない。500人もの人々が、イルシア王宮だけに居続けることを強いられれば、相当な不満になるだろう。
既にあのガラルドという男は、かなりフラストレーションを溜めている。軍隊を率いて人里に降りてこられたら、全てが水の泡だ。
「それはまだ、お答えしかねます。何より、畑山さんたちは彼らのことを何も知らない。私もそこまで知っているわけじゃないですが」
俺は時計を見た。そろそろ、向かっても大丈夫な時間帯だろう。ノアも少しは体力が戻っているはずだ。
「せっかくなので、イルシア王宮に向かいましょう。代表者とも、話ができるはずです」




