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帰りの車の中、ノアは終始無言だった。所詮、彼女たちは「余所者」でしかない。特に、昔ながらの保守的な土地であるC市にとっては、なおさらなのだろう。
そのことは、重々知っていたはずだった。すんなり受け入れられるわけもないとは思っていたが、町興しの「道具」に見られるとは……考えが甘かった。
俺自身も、土着の人間ではない。田舎暮らしに憧れた親父が、わざわざ辺鄙なこの街に引っ越してきたのに付いてきただけだ。
だから、俺はずっとこの土地に馴染めずにいた。小学、中学と友人らしい友人はほぼいなかった。同じくやや浮いた立場である睦月が、多少構ってきたぐらいだ。
幸い、いじめには遭わなかった。というより、ガタイがある程度あり見た目だけは強そうに見えた俺に、喧嘩を売る勇気のある奴がいなかっただけだろう。無駄に勉強ができたこともあり、「あいつには関わらないでおこう」という空気がいつのまにかできあがっていた。
はっきりと言えば、俺はこのC市が好きではない。それでもなお財務省を辞めた後にここに戻ってきたのは、親父の最期を看取るためだった。
そして、親父が逝った後も、俺はなおこの家に住み続けている。便利な東京に戻ることも考えたが、そうしなかったのは単に騒がしい東京も好きではないというのと、ここにいても他人が干渉しない生活は得られるだろうと思ったからだった。
親父もまた、この東園集落のコミュニティーに馴染めないままだった。それでもまあまあ楽しそうに生きていたのは、やはり少し変わった人間だったのだろう。どうも、そういうところはしっかり俺に受け継がれていたらしい。
『トモ、何考えているの』
家に戻りぼうっと天井を見上げる俺に、ノアが心配そうに訊いてきた。俺は苦笑する。
「いや、大したことじゃない。それより、すまなかった。随分不快な思いをしただろ」
『……まあ、ある程度覚悟はしてたわ。ここにおいては、あたしたちは所詮弱者。言い値がすんなり通ると思うほど、頭がお花畑じゃないもの』
「そうか……しかし、食糧の問題は何とかしないといけないな。あとどのぐらいもちそう?」
『トモが買ってきた『コメ』である程度はしのげそう。備蓄分も集めれば、すぐに皆が餓えることはないわ。でも、多分数日が限度ね。
水があの建物から無限に手に入るから、もう少し何とかなるかもだけど。というより、水が使い放題って……どうなってるの?これも『カガク』ってやつ?』
「半分は。もう半分は、この国にとって水は希少でも何でもないってだけだな。世界でもこんな国は、日本くらいだ」
ノアが目を丸くしている。
『信じられないわね……水は、『パルミアス』でも大事に使われているのに』
「ぱる……何だそりゃ」
『ああ、エルフが治める国よ。水資源はどこよりも豊富なの。イルシアの隣国で、関係はさほど悪くはないわ』
俺は時計を見た。イルシア王宮に向かうには、まだ時間が少しある。収穫なし、と報告しなければならないことに、申し訳なさと息苦しさを感じた。
「……話を元に戻すか。食糧については、とりあえず俺がもう少し何とかしてみる。C市との交渉も、一応切れたわけじゃない。できるだけノアたちが利用されないような形で、話をまとめられないか考える」
『……ありがと。そういえば、国との交渉は?』
俺は首を振った。綿貫からの連絡は、まだない。一応、西部鉄道との交渉は、イルシアの件がある程度明るみになるまでは動かないようには言っている。
今は民自党内の調整を行っているのかもしれないが、やはり話はそう簡単でもないのだろう。昨日の今日で浅尾副総理がここに来るのは、さすがに考えにくいことだった。
「もう少しかかると思う。そう遠くないうちに、とは思っているが」
『今日みたいなのは、本当に嫌だからね』
それはなかなか難しいだろうな、という言葉を俺は飲み込んだ。おそらく、国もまた片桐のようにノアたちを対等な相手とは見ないだろう。
徹底して管理下に置き、全ての行動を統制しようとするはずだ。やり方と目的は違うが、イルシアをある種の「道具」と見なすことには変わりがない。
とはいえ、誰かの助けを得ないことには何も始まらない。まして、襲撃の可能性がある以上、国にせよC市にせよの協力は早いうちに必要だ。
ノアたちの身の安全を確保しつつ、ある程度の自由も保障する。……これはあまりに難題だ。何かしら、いいアイデアがないものか……。
その時、ノアの表情が一気に緊迫したものに変わった。
『まずいわ……誰か、イルシア王宮に近づいてる』
「えっ」
ノアが目を閉じ、精神を集中した。眉をひそめ、険しい表情になっている。
「襲撃か!?」
『違うみたい。ただ、誰か下の入り口近辺にずっといる。行かないと』
「車で行くぞ。結構、疲れてるだろ」
少しの間を置いて、ノアが頷いた。
*
「着いたぞ」
眠りそうなノアを揺すり、俺はアクアを降りた。ゲートの前には、白いライトバンが停まっている。
そしてその脇で、渋い顔をしている男が一人。足元には、白猫がここから先へは行かせまいとするようにまとわりついていた。
「何だよこの猫。うっぜえなあ」
『ラピノ!よくやったわ』
ノアが白猫を抱き上げる。男がこちらを振り向いた。
「んだよ、飼い主のガキか?どういうことだよこれ……って、ああ!?」
男が叫び、俺はたじろいだ。それは男が大声を出したから、というだけではない。
「大熊……か?」
その男は大熊忠則。ノアがここで倒れた時にたまたまここを通りかかった、大熊則久の息子にして、俺の同級生だ。




