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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第4話「市民課主任・山下睦月と副市長・片桐誠一」
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4-1


「あの猫だけで大丈夫なのか」


俺は車に乗り込むと、カーエアコンを全開にした。ノアは汗を拭うと、小さく頷く。


『ラピノは見た目通りの猫じゃないわ。ちゃんと自分の意思はあるし、あたしの言うことだって理解している。シルムにいた頃は、念話だって使えたのよ』


「普通の猫にしか見えなかったが」


『ここはマナが薄いから、念話を使うだけの力がないのかもね。だから契約者であるあたししか、彼女と意思疎通はできない。

それでも、外敵が来ないかの見張りは、彼女が自発的に動いてやるから大丈夫。何かあったら、あたしと視覚を共有する感じかしら』


魔法使いに使い魔はつきものとはいえ、随分賢い生き物のようだ。ひょっとしたら、猫じゃなく別の生物なのかもしれない。


「……問題は、帝国とやらの追っ手が本当に来るのかどうかだな」


『昨日も言ったけど、あくまで可能性でしかないわ。転移魔法を実際に使ったことのある人はほとんどいない。

あれは一種の『禁魔』なの。莫大な魔力が必要だったり、発動に『魔洸石』とかが必要だったり面倒なのもあるけど……最大の理由は何が起こるか、分かったものじゃないから。

母様が一度使っていなければ、あたしたちもイルシアごと転移させるなんてことはやらなかったと思う。それでも一種の賭けだったけど』


「お母さんは元の世界に残ったんだよな」


ノアの表情が暗くなった。俺はエンジンをかけ、ゆっくりとアクセルを踏む。


『……母様もこっちに来てほしかった。でも、あたしたちがいない間のイルシアを何とかできる人が必要だって言って……母様なら、きっと大丈夫だと思うけど』


「そんなに凄い人なのか」


『シムル随一の、大魔道士だもの。先々代の御柱様の子供で、先代の御柱様とは半分だけ血がつながった姉妹だった。帝国の軍隊がどれだけ多くても、母様一人である程度は何とかできる……と思う』


「……お母さんは、転移魔法を使ってどこに行ったんだろうな」


『あまり詳しくは聞いてないわ。あたしが生まれる、ずっとずっと前のことだったらしいから。ただ、『大転移』の前に『静かに暮らせそうな場所を知っている』とは言ってた。トモたちのいる世界なのかは、ちょっと分からないけど』


信号で停車しながら、ぼんやり考えた。ノアは28歳だから、そのずっと前となると30年、いや40年以上は前か。

俺も当然その頃は生まれていないが、1970年代のこの辺りはほとんど山と田んぼしかなかったはずだ。60年代なら道も舗装されているか怪しい。

もし仮に、その頃にノアの母親がC市に来たならば、市の中心部に行かない限りはさほど文明レベルが変わらないと誤認してもおかしくはない。



……そして、もし万が一そうだとすると……「転移魔法」で行ける先は、この世界しかないことになる。



プップーという後ろの車のクラクションで我に返った。信号が青に変わっていたのに気付かなかったらしい。俺は慌ててアクセルを踏み込んだ。


『トモ、どうしたの』


「いや……何でもない」


下手な推測を言って、ノアを不安がらせるのは良くない。何より、「追っ手が来る」ことを所与の条件としたら、話は否応なくエスカレートせざるを得ない。国家安全保障の話になりかねないからだ。所与≒前提

実際、既に綿貫はその可能性を考え始めているようだった。「次に会うときは、少し大がかりなことになってるかもな」と、奴にしては珍しく真剣な表情で話していたのを思い出した。


ノアがふう、と息をつく。


『とにかく、帝国に転移魔法が使えるほどの魔法使いがいるとは思ってないわ。少なくとも、あたしの知る限りじゃいない。オルディア選侯国やゾルマ魔侯国なら、使えそうなのが何人かいるけど。

それに、そもそもイルシア王宮を中心とした中枢部が消えた理由に気づくかも分からない。だからとりあえずすぐに追っ手が来るとは、あたしは思ってないわ。そこは昨日あの……ワタヌキって奴に話した通り。……楽観的かもしれないけど』


「だが、可能性は捨てきれない」


『ええ。だからラピノをイルシア王宮に残したの。それに、もしトモの世界の人間がイルシア王宮のことに気付いたら、大変でしょ』


「まあな。どっちかと言えば、今はその可能性の方が遙かに高いな」


ファンタジーランドの建設予定地は、集落から少し離れている。田畑も近辺にはないから、用がない限りはあそこに近づく人間はほとんどいない。

しかも、下から見上げても王宮の塔は全く見えない。だから基本的に、「イルシア側から何もしなければ」簡単には見つからないはずだ。


もっとも、それも希望的観測かもしれない。食糧物資などを運び込む過程で、「あそこで何かがあるらしい」と気付く連中はそのうち出てくるはずだ。

だから、C市、そして国とは急いで話をまとめないといけない。俺たちがC市市役所に向かっているのも、そのためだ。


白く味気ない4階建てコンクリートの建物と、その横にあるちょっと気の利いたデザインの5階建ての建物が遠くに見えた。あれが、C市市役所だ。


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