表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間1「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシア」
19/181

幕間1-1


「……行ってきます」


返事はない。僕はいつものことと、無言でスイフトのエンジンをかけた。

時刻は朝8時半。最近にしては涼しい空気の中を、白いスイフトが進む。夏休みに入ったばかりからか、道を行く人は少ない。だからどうしたというわけではないけど、僕の心は普段よりは軽やかだった。


朝のLINEで、今日の担当の水上さんがコロナで欠勤との連絡が来た。1週間ほどお休みをもらうそうだ。穴埋めの正社員の人は来ないらしい。



ファンタジーランドの事務所は、いつもは週替わりの正社員と、派遣社員の僕が事務所で勤務する。内容はというと、建設予定地の監視と、本社関連の雑務だ。もっとも、前者はほとんど有名無実化しているのだけど。

仕事内容は文書の整理や校正作業など、単純でつまらないものだ。正社員の人はそれを僕に押しつけ、スマホを弄ったりソシャゲをやったり好き放題して過ごしている。

正社員の間では、ファンタジーランド事務所の勤務は「オアシス」と呼ばれているらしい。実質1週間の休みをもらうようなものだからだ。……僕にとっては普通に仕事なのだけど。


この仕事の数少ないいいところは、時間がかっちり決まっていること。そして、何より「僕が存在していないかのように扱われること」だ。


そもそも、働きたくなんてなかった。家で引きこもって、ゲームとかネットとかをするだけでよかった。

何かをして目立つなんて考えたこともない。もう人に叩かれたり蔑まれたりするのはまっぴらだ。植物のように、静かに暮らしていければそれでよかった。

ただ、僕の親は「世間体」というやつを気にする人間だった。だから、市会議員の叔父さんのコネを使って、僕を無理矢理「西部開発」の派遣社員にねじ込んだのだ。


ファンタジーランド事務所での仕事は楽しくはない。無意味な雑用も多い。ただ、正社員の誰もが僕に無関心だ。それだけで、僕はある程度満足していた。


そして、これからの1週間は、その正社員すらいない。

雑務から解放されたわけじゃないけど、僕は本当に久方ぶりに気分の高揚を感じていた。




そんな僕の気分は、10分後に一変する。




ファンタジーランドの建設予定地に差し掛かろうとした時、僕はゲート前に2人の人影を見た。1人はやや背が高い短髪の男性、もう1人は背の小さい銀髪の少女だ。外国人、だろうか。道ばたにはシルバーのアクアが停められている。

男性は僕を待っていたかのように大きく手を振った。……一体何だというのだろう。


「どうかしたんですか」


ゲートの前で停車し、僕は降りて彼らに呼びかける。


「西部開発の社員の方ですか」


「えっ、はい。社員じゃなくて、派遣ですけど」


男性と少女が顔を見合わせる。すると、少女が聞いたことない言語で僕に話しかけた。


『あたしの言っていること、分かる?』


……分かる。これが日本語じゃないのは間違いないのに。僕は驚きながら、小さく頷いた。


少女の顔が少しほっとしたような感じになる。


『よかった。この人も『念話』が通じないかと思った』


「まあ、個人差があるんだろうな。……さて、ちょっと話がある。極めて、重要な話だ」


「……は?」


「まあ、見てもらうのが一番早いか。車に、少し乗せてもらっていいかな。上の事務所までの、ごく短い間だが」


男性の目は鋭く、とても冗談を言っているようには見えない。少女もそうだ。何かが起きている、僕はそう直感した。


「建設予定地で殺人事件か何か?お兄さんは、刑事か何かですか」


「事件、といえば事件だ。ただ、俺はあいにく刑事じゃない」


「警察を呼べばいいじゃないですか」


「警察を『呼べない』んだ。まあ、見れば分かる」


僕は渋々、彼らを後部座席に乗せた。鍵が壊れたゲートを開け、森の中の坂道を登る。


「一体何があるというんですか?それに、あなたたちは一体」


「すぐに分かるさ。……ほら」



坂道を登り切り、視界が開けた。……そこにあったものは。



「……は???」



白い城壁と、その向こうに見える尖塔。そして門を守護する、鎧姿の兵士。



僕は、ファンタジーランドがいつの間に完成していたのかと目を疑った。あれは確か、中世を舞台にしたRPG風世界を再現するというコンセプトだった。もしプロジェクトが実行に移されていたら、ちょうどこんな感じの建物が建てられていたはずだ。

しかし、金曜日までここには何もなかった。ただの、何もない更地だった。それがわずか2日間で、こんなお城のような巨大建築物ができているなんて……


「こ、これは一体何なんですか!!?」


後部座席から少女が顔を出した。


『イルシア国王宮よ。あたしは、こことは違う世界からやってきた』


「……え」


男性が車から降り、尖塔を見上げた。僕も後に続く。


「君は、ファンタジーものの漫画やアニメは見るか」


「あっ、はい。……結構、好きですけど」


「なら話が早い。これは、異世界から来たものだ。いわば『逆異世界転移』だな」


「……うぇっ」


驚きのあまり、変な声が出た。そして乾いた笑いしか出ない。人間、本当に理解ができない者を目の前にすると、笑うしかないというのは本当のようだ。


「まあ、驚くよな。だが、これは事実だ」


「こ、これ、知っている人って」


「俺含め2人しかいない。そのはずだ。そして君が3人目になる。自己紹介が遅れた、俺は町田智宏。この近所に住んでいる。そしてこっちが」


『ノアよ。ノア・アルシエル。イルシア国第一級魔導師をやってるわ』


「……何で、これを皆に知らせないんですか。超、超大ニュースじゃ」


「ニュースとしてでかすぎるんだよ。そして、俺たちがここに来て君を呼び止めたのは、口止めのためだ」


「ふえっ!?」


意味が分からない。もしこれを動画とかで流せば、一躍時の人になれるじゃないか。お金だって、稼げるかもしれない。

しかし、町田という男性の目は真剣そのものだ。どうも、本気らしい。


「この後、ここに誰か追加で来る予定は」


「い、いえっ、ないですけど……」


「そうか、それはツイている。ここで立ち話も何だ、詳しくは事務所の中で話そう」




この瞬間を境に、「植物のように生きる」という僕の生涯の目標は、砕け散ったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=578657194&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ