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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第20話「陸上自衛隊滝川和臣二佐とゾルマ魔侯国特務カリン・グレナディ」
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「石川組?暴力団がカリンを匿っているというのは、どういうことですか?」


これまで終始冷静で、能面のように表情が変わらなかった滝川二佐が初めて感情を表した。眉をひそめ、訝しがった様子で訊く。

俺は流れる汗を拭った。この汗は、ただ暑いから流れているものではない。


「一週間ほど前に鈴木一家失踪事件の犯人がC市市長、阪上龍一郎と判明したのは知っているでしょう。あの男は、『魔剣』と呼ばれるシムルの物品を持っていた。

それを使って様々な犯罪行為を犯していたわけですが……阪上とシムルの繋がりをどこかで察知した王かカリンが、彼らに接触をしていたとしたら?」


「阪上市長は亡くなったと聞きましたが」


「ええ。ただ、ネット上では阪上とシムル……あるいはイルシアとを結びつける言説が少なくない。週刊誌報道で流れていましたが、あいつが捕まる際に大立ち回りを演じたというのは事実です。

実際、ペルジュードの先遣人員の女は、阪上一派だった石川組と接触していた。イルシアに危害を加えようと思うなら、あそこと組むのが一番手っ取り早いんです」


バリケードの外に出た。既に自衛隊が用意している白のクラウンがそこに停まっている。

俺とノアは後部座席に、滝川二佐は助手席に乗り込んだ。


『にしても、随分執念深いわね。あたしたちの敵だったのはサカガミであって、イシカワグミではないのに』


俺の脳裏に石川渚の顔が浮かんだ。


「阪上は死んで当然の男であったとはいえ、彼女……石川渚にとって俺たちは愛する者を奪った仇ではあるからな。

愛憎入り交じっていたようだが、何かしらの形で一矢報いてやろうと思っていたとしても驚かないよ」


『だからといって、ほいほいと知らない勢力と手を組んだりする?そもそも、チュウゴクって相当面倒な国で有名なんでしょ?』


「王に裏社会との人脈があるとは少し考えにくいが……ただ、食い扶持を失った石川組に、何らかの『アメ』を提示した可能性はあるな」


この辺りは全く見当もつかない。ひょっとしたら、エオラとも繋がっていたりするのだろうか。なら、彼女からの紹介という説明は成り立つが……

ともあれ、今重要なのはそこじゃない。カリンの行き先を確定させ、その上で泳がせることだ。


車はすぐに石川組の本部近くに着いた。見た目はどこにでもある田舎の集落だ。あちらこちらに何も植えられていない畑があり、そこに大きめの家が点在している。

そのうちの1つが石川組本部だ。俺はヤクザ業界のことには疎いが、中川警部曰く「C地方一帯の土建工事はここに話を通さないとまとまらない」ぐらいの影響力はあるという。西部開発と繋がりがあったのも道理というわけか。


ノアが車窓から本部を見た。体力が戻り切っていないらしく、うつらうつらとしている。


『……ちょっとここからじゃ分からないかも。もう少し近づいてもらえないかしら』


クラウンが本部の邸宅まで30メートルほどに迫った、その時だ。



パァンッ



乾いた破裂音。それが何かは、俺にでもすぐに分かった。


「銃声っ!!?」


何かがあそこで起きている。それも、かなり物騒な何か、だ。

俺は咄嗟にスマホに手を伸ばす。警察に電話をかけようとしたその刹那、もう一度パンパンと立て続けに銃声が聞こえた。


「運転手さん、すぐに引きあげ……」


「南井、直進しろ」


滝川二佐が、運転手を務める南井という青年に告げた。


「な、何言ってるんですか!?」


「あそこには町田さんの友人がいる、違いますか。それに、あのシェイダという女性の口ぶりからして、多分既に弱っている。命の危険があるなら、今行くしかない」


「無謀だっ!!」


「銃は持っているし、防弾チョッキも着込んでいます。町田さんとノアさんは、そこで待機して下さい」


「またですか」と苦笑して、運転手の南井三尉は車を停めて外に出る。俺とノアも慌てて飛び出した。


『ちょ、ちょっと!!?』


止める間もなく2人は突っ込んでいく。こうなったら俺たちもついていくしかない。


敷地内に入ると、玄関を前に滝川二佐と南井三尉が身を屈め警戒態勢を取っていた。その理由はすぐに分かった。



彼らの視線の先には、鮮血で赤く染まった窓ガラスがあった。



『……どういう、ことなの』


ノアが声を絞り出した。俺にも中で何が起きたか見当がつく。


恐らく……誰かが殺されたのだ。


「滝川さん、引き返しましょう」


「……中から彼女の『匂い』がする。いるな、間違いなく」


滝川二佐は小型の銃を構えている。ノアが青ざめながら彼を見た。


『だから無理よ!!ここで退かない選択肢はないわっ!!』


「勝算なしに突っ込むような真似はしませんよ」


そう言うと、滝川二佐はゆっくりと玄関のドアを開けた。すぐに、濃密な血と硝煙の臭いが鼻を突く。

ノアは俺に肉体強化魔法をこっそりとかけた。何かあったら、これで対応しろということか。


「ノアは待機してくれ。相当疲れてるだろ」


『魔法攻撃が来たら対処できるのはあたししかいないわ。少しなら防ぐくらいはできる、多分』


ジリジリと先に進むと、再び滝川二佐と南井三尉が足を止めた。

リビングのドアは、開けっ放しになっている。



『あら、お客さんかしら?』



鈴の鳴るような高い声が響いた。この声はさっき聞いた声だ。


『そこで、何をやっている』


『それはこっちの台詞。私を追ってきた、というわけ?』


『俺の友人がここにいるはずだ。彼を助けに来た。お前に手を出すつもりはない』


『……ああ、あの太った男?彼なら二階にいるわよ。美味しくなさそうだったからまだ食べていないけど』


ゴクン、と俺は唾を飲んだ。まさか、あの血は……


ノアが代わりに口を開いた。顔色は真っ青だ。


『……『食事』のために、ここに来たのね』


カリンが姿を見せた。黒いドレスは赤く染まり、口元も血で濡れている。


まさか、「食事」とは……


俺の心を読んだかのように、カリンがニヤリと笑う。


『そういうこと。人間は美味しくないけど、背に腹は変えられないわ。まあ、王からもそうしろって言われてたし。

お腹はそこそこ一杯になったけど、もうちょっと食べたいのよね。何なら、誰か一人か二人、食べられてくれな……』



バァンッ!!!



滝川二佐が発砲した。カリンの顔の左半分が消し飛ぶ。

しかし、それは何事もなかったかのように元に戻った。ニグタは本質的に不定形であるらしい。ファンタジーに出てくるようなスライム状の生物であるなら、銃など効かないのは想像がつく。


『あら、貴方が『餌』になってくれるというのね』


髪の毛が急に伸び、滝川二佐の身体を掴む。


「ちっ」


舌打ちをすると、彼はスーツの内ポケットからサバイバルナイフのような物を瞬時に抜いた。髪の毛を切ろうとするが、ゼリーのように柔らかいのか刃は絡め取られる。


『貴方馬鹿?まあいっか』


滝川二佐は猛烈な勢いでカリンの元へと引っ張られる。危ないと思った、その時だ。



ドロォッ……



カリンの身体が溶けているように見える。余裕の表情だった彼女に、初めて驚愕と焦りの色が表れた。


滝川二佐はナイフで「髪の毛」を切り落とす。そしてそのままナイフを横薙ぎに振るった。


『ぐっ!!?』


ぬるりと奥の方へカリンは退いた。滝川二佐はそのまま体勢を整える。

俺たちも先に進んだ。リビングには、「人間だった」残骸が、乱暴に食べ散らかされたフライドチキンの骨のようにそこかしこに散らばっている。俺は吐き気を必死に抑えた。


カリンが滝川二佐を殺意のこもった目で睨む。


『……な、何をしたっ……!!?』


「ダイオキシン入りホローポイント弾。確実に誰かを殺傷しなければいけない場合に使われる『最終兵器』だよ。

君から誰かを護るには不可欠と、上層部を説き伏せて使用許可をもらった。やはり生物である以上、効くようだな」


『クソッ!!』


再び髪の毛がこちらに伸びる。しかしその速度は遅く、簡単に避けられる程度だ。

滝川二佐は落ちていた銃を南井三尉から受け取り、再び構える。


『私の目的は君の殺害じゃない。できれば捕縛、それがダメでも無力化だ。多分これを撃てば君は死ぬが、大人しく投降してはくれないか?』


『誰が応じるかっ!!私はここで死ぬ訳にはいかないっ!!』


カリンの身体が再び溶ける。次の瞬間、彼女のいた場所には大型のネズミが現れ、脱兎のごとく庭へと逃げた。


「……取り逃がしたか。だが、そう遠くまでは逃げられないはずだ。南井、警察の手配を」


「了解しましたっ」


俺は口をあんぐり開けた。本当に勝機があったのか。

驚きはノアの方が大きかったようだ。『何をしたのよっ』と滝川二佐に詰め寄っている。


「猛毒入りの銃弾、ですよ。それも着弾の衝撃で体内に留まる性質を持つジャケッテッドホローポイントを使いました。

ダイオキシンは人類が生み出した化学毒では最強のものの1つです。多少は効いてくれると期待していましたが、やはり例外ではなかったようですね」


『……驚いた。まさかニグタを倒せるほど、この世界の武器は進んでいるなんて』


「倒せたかどうかは不明です。それに、恐らくなお危険だ。これ以上の被害を出さないためにも、ここから慎重を期さねばならない。

……それにこの惨状。多分、これも彼女の狙いだったんでしょうね」


『どういうこと……?』


俺はハッと気付いた。


「そうか!!大前総理とジュリたちのセレモニーがある同日、すぐ近くで大量殺人が発生したら……メディアは確実にそれを結びつけて報じる。

そうなれば『イルシアは危険だ』という印象操作にも繋がる。これがカリンの……あるいは王の『プランB』か」


「ということですね。ただ、傷を負ったことは彼らにとっても計算外だったはず。痛み分け、ですね」


俺は2階の射手矢の存在を思い出した。彼はまだ生きている、とカリンは言っていた。

俺は振り向き階段へと走る。それに正直、この地獄絵図のような光景を、もう見たくはなかったのだ。



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