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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第20話「陸上自衛隊滝川和臣二佐とゾルマ魔侯国特務カリン・グレナディ」
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20-1

『……どうしたものかしらね』


眠気覚ましのシャワーを浴び、バスローブに身を包んだノアが物憂げに言う。もちろん彼女に合うサイズは普通だとないので、ローブは子供用だ。

濡れた長い銀髪をタオルで拭きながら、彼女はベッドに腰を下ろした。


「昨晩の話、だよな」


『まさか向こうから接触してくるとは思わなかった。しかも同盟を持ちかけるとか……どういうつもりかしら』


俺はインスタントのコーヒーを口にした。紅果林がシムル、それもゾルマの人間というのは読めていた。だが、このムーブは予想外だ。


「綿貫からは、ゾルマサイドも一枚岩じゃないらしいとは聞いている。心当たりはあるか?」


『どうだろ……そもそも本来なら国王であるカミユ・エル・ゾルマが行方不明なわけでしょ?

戦争以降国内がガタガタになってて、皇大后のファル・エル・ゾルマじゃ統治しきれてないとは聞いてた。

ただ、モリファス派の摂政、ジェリコ・バトゥムが昨年から台頭してて、半分属国みたいな形だけど何とか政治は成り立ってるという話もあるわね』


「……とすると、カリンってのは反摂政派なのか」


『そうかもしれないし、全然違うかもしれない。ゾルマって伝統的に強権体制だから、複数勢力が上に不満を持っていたりするのね。

そもそも、ジェリコってのがどこまで帝国に対して従順なのかすら分からない。そこはカリン本人に直接話を聞かないとどうしようもないわ』


「直接、か……王安国に接触するのが手っ取り早いが」


俺はもう一度コーヒーカップに口をつける。日本政府としては、アメリカを無視して中国と組むというのは普通に考えればあり得ない選択だ。綿貫も流石にその点は理解していた。

だが、向こうが用意しているであろう見返りが何かは確認した方がいい気がしていた。少なくとも、対帝国で協力してくれるというのは魅力的ではある。

あるいは、狡猾なあの国のことだ。これを材料に日本を一帯一路構想に引き込む考えかもしれない。


何にせよ、王とは一度会った方がいいようだ。向こうが何のカードを持っているか探らないことには、お話にもならない。


俺はスマホを手に取った。



『来ると思っていたよ』


王安国は、俺たちをソファーに座るようシムル語で促した。俺の下手な中国語よりは、シムル語の方がまだ意思疎通できるという判断は正しい。

通された応接室は明らかに二等書記官が使うようなものではなかった。もっと上級の外交官が、相応の相手と接客する時に使うような豪奢な作りだ。


『随分あっさりと会うんだな。もっと面倒な手続きが要ると思っていた』


『君たちは例外だよ。実質的なイルシアのキーが君、マチダであり、ノア・アルシエルだ。

我が国が日本、そしてイルシアと友好関係を築くには、まずは君たちの許可が要るからね』


『それはそっちも同じだろう。ゾルマと接点を持ちたいなら、お前とカリンに会う必要がある』


フフフ、と王が笑った。


『まあ、カリンがジュリ・オ・イルシアと会ったという話は当然そっちの耳にも入っているよね。だからこそ君たちは慌ててここに来た。

日本政府は君たちが私に会いに来たことを知っているのかな?』


『一部には当然話している。俺の独断じゃない』


『だろうね。じゃあ話すことは何もないな。私が君たちに何かを話すとすれば、それは日本が我が国と組むと決断した時のみだ』


『……逆に言えば、政府が噛まないなら話せることがある、ということか』


『そういうことだね。イルシアが日本を切って我が国と協力するという前提なら、幾らでも協力はする』


ノアが王を睨んだ。


『カリンってのも同じようなことを言ってたらしいけど、あたしたちがそれを飲めると思ってるの?

それに、あんたたちが何を考えているのか、何を欲しがっているのかも分からないのに、協力なんてできるわけないでしょ』


『そうか。でも私達の協力無しで、モリファスに勝てるとでも?』


『……できれば、『そうよ』と言いたいわね。だけど、多分あんたたちは味方にならないなら敵に回る。だからあたしたちはこの場を去れない』


ククッと嗤う王に、俺は苛立ちを覚えた。足元を完全に見透かされている。


『そこまで分かってるなら話は早いんじゃないか?君達にできるのは、我々と組むか、それとも蹴って敵を増やすか、どちらかだ』


『……そっちもイルシアを味方に付けたい事情があるんだろう?できればこっちと事は構えたくないと見た。

西側との対立を激化させかねないだけじゃない。ジュリと市村からも聞いたが、ゾルマの……というよりカリンたちの敵対勢力に対抗するには、中国単独じゃ厳しいと踏んでる。実際にカリンもそう言っていたと聞いたが?』


『それは彼女の理屈だな。私達としては、別に日本の助けなど要らない。あった方が助けにはなるがね』


やはり王とカリンという少女の思惑は微妙にズレている。こいつの頭の中には、いかにして中国の利益を最大化するかしかない。一方、カリンという少女が重きを置くのはゾルマの救済だ。

現状判断も違う。王は単独でも問題ないと考え、カリンはそれは難しいと見ている。どちらが正しいかは俺には判断がつかないが、少なくとも王とカリンの見ている物は同じようで違う。


俺がノアの方を見ると、彼女は小さく頷いた。同じことを考えているようだった。


『そ。ならあなたと話すのは時間の無駄ね。カリンって子は今どこにいるの?あたしたちは彼女に用があるのだけど』


『彼女がどこにいるかは話せないね。それを言うのは、君達が我々に協力した時のみだ。

ああ、離間の計を考えているなら無駄だよ。『彼女は私から離れられない』からね』


『……どういうこと?』


訝しげに見るノアに、王はフフと笑った。


『それも言う義理はないな。ともあれ、近いうちに答えは出してもらうよ。日本とアメリカを取るか、それとも我が国と組むか。カリンも言ったと思うけど、猶予は後数日だ』



「見事に空振りだったな」


俺はC市へと向かうハイヤーの後部座席で溜め息を付いた。ノアはというと、ハイヤーに乗る前に買ったスタバの新作フラペチーノをかき混ぜながら何か考えている。


『そうでもないかも。王とカリンの目的がズレてることが確認できただけでも悪くないわ。

引っかかったのは、王の最後の言葉。『私から離れられない』ってどういうことだろ』


「裏切りは許さない、ってだけじゃないな。そもそも裏切れないというように聞こえた」


『そう。カリンは『ニグタ』って特殊な種族であるのは、昨日聞いたわよね。あたしもニグタにはあまり詳しくないのだけど、非常に体力の消耗が激しい種族だとは聞いてる。

生命の維持に大量の食物が必要らしいって話もあるわ。それをあの王が提供しているってことなのかしら』


「飯なら別に王じゃなくてもいいだろ。ただ、王にしか与えられない何かがあるとすれば、あの言葉には納得だ」


『あるいは、あたしとトモみたいに『番』の関係性なのかもね。魔紋の制約がない『ニグタ』でも、魂の共有みたいな現象が起きるのかは分からないけど』


フラペチーノをストローで吸って、ノアがまた思案顔になった。俺も視線を車窓の外に移して考える。

王に話は通じない。だが、カリンは違うようだ。彼女に接触するのが、ゾルマの現状を知る上で一番手っ取り早い。

昨日の夕方時点では、彼女はC市にいた。今は東京に戻っているのだろうか。それともC市周辺に滞在したままか。後者ならチャンスはあるが、燃費が悪いという彼女が王と離れたままでいるかは自信がない。


ともあれ、C市には一度戻らねばならない。正午からは大前総理とジュリ、及び市村の会談がある。あくまでお膳立てをしてもらった上でのセレモニーとはいえ、日本とイルシアの友好関係をアピールする上では重要なイベントだ。



……何か引っかかる。



イルシアが日本ではなく中国を選ぶことなどあり得ないと、王は知っているはずだ。特にこの会談が終われば、それは決定的なものになる。

ならなぜ、さっきあんな発言をした?まさか、今日の会談に何かを「仕込んでいる」?


動悸が一気に早くなった。警備体制は万全も万全のはずだ。カリンの存在も周知されているだろう。それでもなお、懸念は消えない。


「……ノア、一つ訊いていいか?ニグタってのは、他人に化けることはできるのか」


『どうだろう……あたしも詳しくは知らない。すごく難しいらしいとは聞いたことがあるけど、母様がちらっと言ってたきりだし。……まさかっ』


「そのまさかがあり得るな……

急いで戻らないと、大変なことになるかもしれない」



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