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「……なるほど、な」
昨日の話を一通りし終えると、綿貫が腕を組んでうなった。
「後でファンタジーランド建設予定地にも連れていく。あれを見れば、俺が言っていることは紛れもない事実だと理解してもらえるはずだ」
「疑っているわけじゃない。何より、そのノアって子が魔法使いなのはさっき見せられた魔法とやらで分かった。異世界ってのがあるってのも事実なんだろう」
ノアは俺の隣ですうすうと寝息を立てている。さっきの「爆縮」という魔法で、体力を少し消耗してしまったようだ。
綿貫が麦茶の代わりに淹れたコーヒーを口にした。
「国益に関わるってのも間違いないだろう。仮に、僕たちが自由にその異世界ってのに行き来する手段を得られたなら、その経済効果は計り知れんからな。
アメリカ大陸の『発見』以来、約400年以上ぶりの新天地を僕たちは手にすることになる。そして、その情報を日本が独占できたとしたら……そりゃ、とてつもないことだ」
綿貫が興奮気味に言う。やはり、そう来たか。俺は溜め息をつく。
「彼女たちの世界と俺たちのそれとは対等だ。ピサロやコルテスにでもなるつもりか」
「馬鹿を言え。だが、お前はそう考えていても、東側の連中はそう考えんぞ。奴らは手段を選ばん。ウクライナがどうなったか、知らんわけでもないだろ」
「……それもその通りだ。だからこそ、うかつにイルシアの情報は漏らせない。野次馬や観光客だけじゃなく、各国の工作員やらなんやらもC市に来るはずだ。そうなれば間違いなく、この周辺に二度と『日常』は訪れなくなる」
そう、だから俺は動いている。平穏な日常をぶち壊されるのはごめんだ。それは、誰にとってもそうだろう。
綿貫が頷く。
「まあ、その通りではあるな。そもそもそんなものが建っていて誰も気づかないってのが変な話だがな。そんなにファンタジーランド建設予定地には、人が寄り付かんのか」
「まず気づかないな。ただ、明日には俺以外にも知る人間が出てくる。あそこの所有者、西部開発の人間だ。明日朝に事務所に来るだろう社員は説得するが、それだけじゃ限界がある」
「僕にアクセスを取ったのは、そういう理由か」
「もちろん、それもある。現状では立派な不法占拠状態だ。国があそこの土地を買い取ってくれるなら、それに越したことはない。俺の手持ち財産にも、限度ってものがあるからな」
「そこは『オヤジ』に相談するか。問題は、その理屈だな。どうやっても、その異世界ってやつの存在を公表しないわけにはいかない」
俺もコーヒーを口にした。グアテマラの苦みが、思考を冴えさせていく。
「情報の抑え込みを極力頑張るしかないな。さしあたり、C市には相談するつもりだ。食料や飲料水についても、俺一人がカバーするのは難しい。
C市の支援を得る理屈づけがポイントになるが、難民保護法よりは被災者生活再建支援法の援用の方が合うとは思う。あっちの方が、自治体の一存で金や物資を動かせるからな」
「C市の人間が、そこまで物わかりのいい連中ばかりとは思えんがな」
「それもあってお前とコンタクトした、ってわけだ。C市はガチガチの保守地盤、市長も選挙区も民自党だ。『オヤジ』……浅尾派領袖の浅尾肇との関係は良好なんだろ?」
綿貫が肩をすくめた。
「買い被りすぎだ。僕は1年生議員に過ぎん」
「だがただの1年生じゃない。次期領袖の筆頭候補だった綿貫公平の長男にして、テレビやネットでは弁舌鋭い論客だ。それなりに人もカネも動かせる、違うか?」
「考えておくが……幾つか訊きたいことがある。まず、僕がそうすることによる見返りは?」
「まあ、上がりそうな株を教えるぐらいだな。ただ、イルシアの情報を優先してそっちに流すことはできる。もちろん、絶対秘匿が条件だ。破れば、ノアが今度こそお前の頭を潰す」
「ハハ、さすがにそれは勘弁だな。まあ、情報こそが武器だ。下手に株を教えてもらうより、十分すぎるほどの見返りにはなる。
もう一つ、どうしても納得できないことがある。……何でこの件に、そこまで熱心にのめり込む?」
「日常を取り戻すため」と言いかけて、俺はやめた。確かにそれは大きな動機だ。
なら、イルシアのため?あるいは、隣で眠るノアのためか?
俺は天井を見上げた。
「……分からない」
「は?」
「いや、本当に分からないんだ。幾つかこれだと思う理由はある。ずっと続いてきた、退屈な日常に飽いたのかもしれない。だが、どれも決定打に欠ける。
結局の所、その全てかもしれないし、実は全然違うのかも知れない。ただ……」
綿貫がまばたきした後、驚いたように呟いた。
「……変わったな、町田」
「どうしてそう思う」
「俺の知るお前は、徹頭徹尾冷めてた。上と喧嘩することはまあ割とあったが、それは正義感や理想に燃えてというよりも、『何でこの程度のことしか分からない』という上から目線のものだった。
お前が財務省を辞める直接の原因だった審議官をぶん殴った件も、『財政健全化に固執することへの義憤』とかじゃ断じてないだろ。ただ、『話の分からん馬鹿をぶん殴っただけ』。違うか」
否定しようと思ったが、悔しいことに言葉が続かない。そう、昔の俺は徹底して自分だけが正しいと思っていた。だから、自分の理屈を理解しない審議官を殴った。それだけだ。
なら、俺はどうして変わった?自分の中の平穏だけ維持できていればそれで幸せで、満足だったのに。なぜ急に、こんな1円の得にもならないことに首を突っ込んでいる?
ククク、と綿貫が笑った。
「……何がおかしいんだ」
「いや、面白いなと思ってな。お前をそこまでにさせるものが何か、是非知りたくなった。
いいだろう、乗ってやるよ。もちろん、利権はしっかりもらうがな」
ノアが「ンン……」と声を立てた。
『ごめん、あたし眠っちゃってた?』
「ああ。大体話は付いた。後でその辺りは説明するから、イルシア王宮に一度行こう」
*
「……こりゃ凄い。ちょっと東ローマ様式っぽいな」
綿貫がイルシア王宮を見上げた。
「今日はもう遅いし、宰相のゴイルとの面会は後日だ。それでいいか」
「ああ。オヤジが会って話した方がいいだろ」
ノアの警告を踏まえ、今日綿貫を王宮内に入れるのはやめておいた。それに、俺がコントロールできないスピードで話が進むのはあまり望ましいことではない。
「で、ノアちゃんに一つ質問だ」
綿貫がノアの方を見た。ノアが少し怪訝そうな顔になる。
『何か用?』
「念のため。この世界からノアちゃんたちのいる世界に行く方法は」
俺はそれを通訳してノアに伝えた。この質問は、昨日の経緯を説明する時に一度している。
『さっき言ったわ。聖杖ウィルコニアの発動が必要だって。そして、その起動には御柱様と私、それともう何人か優秀な魔術師が要る。
魔術師の頭数はまだ何とかなるとして、ウィルコニアに魔力がたまるまで待つ必要があるわ。それには少なく見積もっても数カ月はかかる」
「それは分かってる。数百人単位ではなく、数人単位では可能かって話だ」
『『転移魔法』自体、相当高度な魔法よ。あたしも単独じゃ使えない。『魔洸石』のような、希少な魔力補助物資がないと無理ね。そして、それはイルシアにはないわ』
「あれば使えるってことか」
『……この人、何が言いたいの』
綿貫が何か考え込んでいる。そして小さく「まさかな」と呟いた。
「まさかって何だ」
「……ノアちゃん、もう一つ質問だ。向こうから、数人単位での転移はできるのか」
翻訳して伝えると、ノアの顔色が変わった。
『……ちょっと待って。……いえ、あり得な……くはない……!?』
「どういうことだ?」
『……帝国からの追っ手が、この世界に送り込まれるかもしれない』




