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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第19話「マーラー駐日米国大使と王安国2等書記官」
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「好久不见、浅尾副総理。这是来自异世界的使者吗?」


能面のような顔の男がそれと分かる作り笑いを浮かべ、浅尾副総理に右手を差し出してきた。

引っかき傷の男が「こちらが例の異世界からの使者か、と聞いています」と翻訳する。


「その通りだ。町田にアルシエル、挨拶を。こちらが李大典大使だ」


「很高兴见到大使。我是町田智宏」


片言の中国語で話すと、李大使が少し驚いた表情を見せた。


❝中国語を話せるのかね❞


❝多少は。大学時代は中国語クラスだったもので❞


昔とった杵柄ではある。もう何年も使ってはいないが。


ノアもシムル語で挨拶をした。一応外務省の翻訳担当がいるが、彼女の言葉は俺が直接通訳したほうが早そうではある。


ノアがちらりと俺を見た。


『さっきの男よりはまだやりやすそうね。というか、あの男……』


『確信は持てないが、多分昨晩の奴だな』


俺は視線を李大使の隣の男に移す。


❝すみません、その傷はどこで❞


❝飼い猫に引っ掻かれてしまいましてね。しつけのなってない猫ですよ❞


名刺によると、この男は二等書記官の王安国というらしい。

まあ、流石に昨晩のことを漏らすことはないだろう。それに、こちらも昨晩の男がこいつと同一人物であるという証拠は握っていない。下手に追求しないほうが今は良さそうだ。


浅尾副総理が不機嫌そうに口を開く。


「で、そっちの要求はなんだ。イルシアとの接触は当面こっちがコントロールさせてもらうぜ。それ以上言うことはねえ」


❝しかしアメリカには許したのでしょう?我々は同盟国ではないが、隣国としては新たな『世界』に接触したいと思うのが自然でしょう❞


「あいにくアメリカにも拒否したんだよ。何分こっちは『異世界』に攻め込まれたんでな。シムルの全貌が分かるまでは、調査が必要ってわけだ。おたくらの前にお披露目するにゃ、時期尚早だったわけだ」


李大使が王二等書記官にごにょごにょ耳打ちしている。王が何か言い返すと、李は渋い顔になった。


❝それを今言うのかね。あまりに時期尚早ではないか?❞


❝……です。……出し抜くには……❞


……何を言っている?どうにも妙だ。


そもそも、中国がアメリカを差し置いて表玄関からイルシアに接触できる望みなど全く無いはずだ。だからこそ、この王という男は昨晩侵入を試みた。

だとしたら、なぜわざわざ李大使は強くこちらとの面談を求めてきた?少しでもこちらのことを知ろうということなのだろうか。


「言いたいことがあるならはっきり言えよ。こっちとしては今の段階でそっちに情報を流すつもりはねえぜ」


苛立ちを隠そうともせずに浅尾副総理が言うと、意を決したように李大使が口を開く。


❝情報交換、と行きませんか❞


「……は?何の情報だよ」


❝私たちが持つ、ある情報。そしてその見返りに貴方たちは私たちに情報を提供する。『魚心あれば水心』、というわけですな❞


「……まさか、シムルについての情報、とか言わねえよな」


❝それは貴方たちの出方次第です❞


汗を滲ませながら浅尾副総理が俺たちを見た。


「どう思う」


ブラフ、にしては妙だ。それならもう少しハッキリと釣ってくる。言葉が曖昧に過ぎる。

それに、シムルについての情報はかなり厳重に管理されていたはずだ。少なくとも、中国当局者に詳しい情報を漏らしそうな人間がいるとは思えない。それに、それを知ったところで交渉材料にはなり得ない。俺が大体は知っているからだ。


逆に言えば、俺やノアが知らないシムルの情報を中国が何らかの方法で持っていなければ、こんな切り出し方はしない。しかし、そんな可能性はあるのだろうか。


『ノアの意見は?』


李大使や王に悟られぬよう、俺は念のためシムル語でノアに訊く。彼女はしばらく黙った後、『まさか……』と呟いた。


『心当たりがあるのか』


『……可能性の問題。前に、手書きでシムルの地図を書いたでしょ。それとニホンの地図を重ね合わせると、イルシア王都がC市近辺、モリファス帝都がアオモリと重なるって話はしたわよね』


『ああ。イルシア自体は日本の半分程度の面積、モリファスの領土はちょうどモンゴルかそこら辺の大きさでシムル大陸の北東部を占める。んで、北西部にゾルマがあって、大陸南東部にオルディア、南西部がパルミアスだったか』


『そう。毒海があるから、シムルの本当の大きさはまだ全然分かってないの。一応オルディアの南にアンヴァル諸王領、パルミアス南にエリウッド開拓地があるけど、この辺りは蛮国だったりそもそも人がいなかったりだから無視していいわ。

で、ここからが本題。ゾルマの一部は、確かチュウゴクって国とロシアって国に重なってる』


ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。


『ちょっと待て。つまりは、ゾルマで転移魔法を使ってこっちの世界に来た場合、そいつは中国かロシアに着く可能性があるってわけか??』


『可能性の問題、ね。でもそれを否定する材料もない。

次元間を行き来できるほどの魔力を持つのは母様、そしてオルディアのアルフィード卿……あとはゾルマの神族、カミユ・エル・ゾルマ。

彼女の魔力量自体はジュリより下って聞いてるけど、魔法使いとしての教育は受けてるって聞いてた。人魔大戦後の消息は不明という話ではあったけど……それももはや疑わしいわね』


アムル、そしてカシュガルの過去を知り、ゾルマという国の不穏さは俺の中で大きく膨れ上がっていた。今は敗戦国として帝国の属国のようになっているとも聞いている。



つまり、ゾルマからこちらの世界に送り込まれた人物が、中国当局に保護されている可能性がある、ということだ。

そして、それは大きな危険性もはらんでいる。……もしそいつがイルシアに対し、敵対的な意図を持っていたら?



一気に顔から血の気が引いていく。そんな人物がよりによって中国にいるというのは、極めて厄介な話だ。



王がニヤリと俺に笑ったように見えた。まさか、こいつ……


❝`どこまで知っている❞


❝どこまで、とは?❞


❝しらばっくれるな。いるんだろ?そっちで保護しているシムル人が。そしてお前……シムル語を理解できるな?❞


ククク、と王が笑う。


❝そこは貴方の想像に任せますよ、特務担当殿❞


間違いない。こいつ、ただの外交官じゃない。そもそも、あの嶮しい崖を夜間によじ登り、イルシア王宮に潜入しようとするほどのスキルを持つ外交官なんて聞いたことがない。



つまり……こいつの身近な人間にシムル人がいる。そして、だからこそこいつはここに同席したのだ。



この王という優男に対する警戒レベルが最大まで引き上げられる。浅尾副総理が「どうした?」と怪訝そうに聞いた。


「少し、話を中断して相談したいことが。極めて重大なことです。ノアもいいか」


『……分かった』


ノアも何となく察したのか、顔が青ざめている。


中座する時に振り返ると、王が俺の方を見て静かに笑っていた。この男、どこまで何を知っている?





これが俺と王安国との、長い「戦い」の始まりだった。




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