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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第19話「マーラー駐日米国大使と王安国2等書記官」
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カーテンの隙間から差し込む日の光で目が覚めた。充電中のスマホを見ると7時過ぎを示している。綿貫からの連絡は、まだない。


C市から虎ノ門に戻ったのが深夜1時過ぎ。そこから状況報告やら何やらがあって何とか綿貫が取っていたホテルに転がり込めたのが3時半。シャワーも浴びずにぶっ倒れるようにベッドに向かってから、まだ4時間も経っていない。

ノアは横ですうすうと寝ている。そういえばノアは俺の家で軽く風呂に入れたのだった。自分の体臭が気になり、目をこすりながらシャワールームに向かった。


『おはよ』


戻ってくるとノアが起きていた。シャワーの水音で目を覚ましたのだろうか。


「すまん、起こしたか」


『ん、大丈夫。トモの方こそ、ろくに寝てないんじゃない?』


「まあ仕方ないさ。睡眠不足には慣れてる」


宮仕え時代は国会答弁の準備で睡眠時間3時間とかはざらだった。コピーを取ってタイピングするだけの酷く生産性の低い仕事だ。辞めた今だから思うが、あんなのでは官僚になりたがる奴はどんどん減っていくだろう。

それにしても、寝ても疲れが抜けきってないのは歳のせいだろうか。昔ならこれでも動けたはずだ。まだ30にもなっていないというのに嫌になってくる。


俺はテレビを付けた。朝のワイドショーでは東園集落の近辺から、リポーターが興奮気味にイルシアについてまくし立てていた。

既にイルシア王宮があるファンタジーランド建設予定地の半径500m以内は完全に封鎖されているらしい。政府の許可がなければ全く立ち入ることができない厳重警戒体制の下に、イルシアは置かれていた。


『あ……これあたしだ』


番組では「イルシアチャンネル」の初回の切り抜きが流れていた。

あれがどういう意図で作られたものだったのかについて、コメンテーターが「異世界からの侵略者が来るのを予期したご機嫌取りだ」だの「日本政府は最初からイルシアの存在を知っていて、後方のために作らせた」だの好き放題言っている。

ノアが『中途半端に当たっているのが頭に来るわね』と不機嫌そうに呟いた。


「すっかり有名人だな」


『トモはそうでもないみたいだけどね。……これ、ヒビキのお母さんかしら』


画面には市村に少し似た初老の女性がリポーターにもみくちゃにされていた。彼女は「あの子のことは知りません!!」と叫びながら家に引っ込んでしまった。

市村が「家ではいてもいなくてもいい存在」と自嘲気味に呟いたのを聞いたことがあったが、やはり家族とは上手く行っていなかったらしい。

しかし、市村は完全に時の人になってしまった。その家族が日常生活を送るのは、このままでは難しいだろう。そのサポートも指示しないといけないな。


「……市村は家には帰っていないみたいだな。彼も彼で大変とは思うが」


『『主御柱付き』になるということは、御柱様……ジュリの代理人になるということだからね。これからが大変よ。

あたしやトモの補佐があるうちはいいけど、いなくなったら彼一人でやらなきゃいけない』


ノアも俺やラピノと同じ懸念を持っていたか。海外列強がイルシアに強い興味を示しつつあるなか、彼らが本格的に関与しようとし始める前に「調査隊」はシムルに向かわねばならない。その時間的な猶予はそれほどないだろう。

市村は馬鹿ではない。むしろ、派遣社員にするにはあまりに惜しいほど地頭はいい。元々C高だったらしいから、引きこもりにならなければ都内のそれなりの大学に通っていて不思議ではなかったはずだ。

それでも、「一国」を背負うにはあまりに若い。俺が同じ立場でも相当苦しい思いをするはずだ。何せ相手は、浅尾を筆頭とした海千山千の曲者なのだから。

綿貫が補助するにしても、あいつは日本政府側の人間だ。完全な第三者ではない。ジュリは間違いなく能力は高いが、日本や世界の事情には通じていない。誰か、もう一人助けが必要だ。


そうやって悩んでいるとスマホが震えた。綿貫からだ。


「よう。眠れたか」


「目覚めはよくないな。昔はショートスリーパー上等だったんだがな」


「ははは、違いないな。僕も同じだ、眠眠打破が手放せない」


「で、要件は」


一拍間を置いて綿貫が口を開いた。


「お前の連れてきたシェイダって女性だが、カシュガルの記憶をあらかた読み終えたそうだ。『念話』が通じる人間が少なくて困ったが、一応高山教授は理解できたらしい」


「結果は?」


「詳しくは彼女の口から聞いてくれ。ただ、収穫がそれほどあったわけではなかったらしい」


俺は息をついた。予想はしていたことだ。脳死になりかけ、植物状態の人間の脳から記憶を読み取るなんて難しいだろうと思っていた。

それでも分かったことが幾ばくかでもあるなら、それは幸いだ。あの男の正体を知らずにシムルに向かうことは、猟銃を持たずに猛獣が住むジャングルに向かうのと同じことだからだ。


「分かった、それでもいい。身支度を済ませたらそっちに向かう」


「了解だ。それと、お前たちに会いたいという人間が何人か出てきている。政府を通した、正式な要請だ」


「そりゃそういう人間はいるだろうが、こっちも諸々忙しい。正直、やることがあまりに多すぎて困ってるんだ」


「もちろん分かってるさ。ただ、断りにくいのが2人いる。駐日米国大使、ジェイソン・マーラーと同じく駐日中国大使、李大典だ」


俺の心拍数が高まった。……やはり来たか。


「超大国か。特に中国は、昨日の件もあるだけに厄介だな」


「全くだ。しかも、本当にそれが中国政府関連の人間なのか裏は取れてないのがまた困ったもんだ。

確実に言えるのは、どちらもイルシアに関与したがっている。もっと言えば、シムルという人類にとって久々の、完全なフロンティアにだ」


「だろうな。だからこそ、浅尾副総理もお前も調査隊派遣を急いでいるし前のめりになっている。そしてそのフロンティアに手を付けるのは、日本が最初でなければならない……そう思っているんだろ」


「少し前まではそう思っていた。だが、今やシムルは安全保障上の脅威だ。それを封じたいというのは、自衛権を持つ一国家としては当然のムーブだろ?」


「……違いない。だが、無下に追い返すのも難しい連中だな」


スマホの向こうで綿貫が溜め息をついたのが分かった。


「その通りだ。とりあえず、ひとまず話だけは聞いておいてやってくれ。適当にのらりくらりやって時間稼ぎするのが理想だ」


「俺はそういうのが苦手なんだがな」


「僕もだ。とりあえず、昼過ぎに官邸に相次いでくるらしい。対応を頼む」


電話が切れた。今度は外国との対応か。上手く話を流せればいいのだが、外交官でもない俺にそれができるのだろうか。


『ワタヌキよね、今の』


「ああ。この世界の2大国が、俺に接触を試みているらしい」


『2大国?この国も大きいんじゃないの?』


「残念ながら経済規模じゃ3番目だ。それも相当離れた、な。

昨日も少し話したが、アメリカは日本の同盟国で世界最大の大国だ。そして中国が日本の隣国、そして権威主義的な体制の大国だな」


『チュウゴクはモリファス帝国みたいなもの、と考えればいいのかしら』


「モリファスについて詳しく知っているわけじゃないが、多分それより遥かに大きく、遥かに狡猾だな。世界最古の国家の一角でもある。そして、日本との関係はそこまで良好というわけでもない」


『そんな国がイルシアに影響力を及ぼしたら……ゾッとするわね』


「……まあな」


もちろんそれも懸念事項だ。しかし、もう一つ恐れていることがある。



帝国の人間が、中国に接近することだ。



あり得ない話ではない。特にあのエオラ。彼女を逃してしまったのは後々響くかもしれない。

何せ彼女は男性限定だが自分の意のままに人間を操れる。この世界のPCすら魔剣の力で自在に使いこなせる。

彼女が日本にいた短期間でどれほどの情報を持ったか、俺には知る術がない。ただ、もし日本と中国の関係を認識していたなら、こっちに戻った時にはそこをまず突くはずだ。


それを封じる意味でも、できるだけ事を急がねばならない。ここでのんべんだらりとしている暇などないのだ。



『ノア、トモ、待ってたわ』


病院の会議室に入ると、神妙な顔をしてシェイダが出迎えた。部屋には綿貫、そして高山教授がいる。


「カシュガルについて分かったことがあると聞いたが」


『ええ。そこのタカヤマには言ったけどね。そんなにたくさんの情報はないわよ』


「それでも構わない。どういう情報だ」


『まず質問。カシュガル、何歳だと思う?」


「……俺よりは歳上だろう。35とか、6とか。その辺じゃないか。人造人間だからも、もっと上かもしれないが」


シェイダが目を閉じた。



『違うわ。あの男の、消えかかっている記憶の量から察するに……多分、10歳かそこらよ』



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