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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第18話「日本国総理・大前芳樹とペルジュード隊員・ヴェスタ」
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18-1


「随分無茶苦茶なことになっちまったな」


会議室の天井を見上げながら、綿貫が力なく呟く。


手にはスマホがが握られている。そこには、2時間ほど前にアップされた「イルシアチャンネル」の画面が映し出されていた。


「これはお前の指示か?」


「いや、市村君の判断だ。ペルジュードとの交渉が破綻し、人的被害が出たらすぐに会見動画を流すと提案してきた。……視聴者の反応は、賛否両論だな」


「つーか、完全に官邸はパニックだぞ。このタイミングでイルシア側からオープンにしてくるなんて思わなかったからな。

ペルジュードの連中の一件でただでさえ大混乱しているところにこれだ、対応が追いつかん」


「で、俺たちはここに缶詰、というわけだな」


俺は辺りを見渡す。無機質で、実に殺風景な部屋だ。あと数時間もこんなところ――総理官邸会議室にいるのは、精神がやられてしまいそうだ。


ノアとアムルは病院で検査を受けている、らしい。イルシア人の身体の組成を調べる必要があるとのことだ。2人ともかなり嫌がっていたが、逆らってどうにかなるという問題でもないので渋々従った。

大熊も病院にいる。身体を両断にされた人間が「生き返る」なんてことは常識では考えられないからだ。こちらも何かしらの変化がないか調べてもらうというが、おそらく何の成果も得られないだろう。


綿貫が肩を竦めた。


「まあ、そういうことだな。今日はお互い、まず家には帰れんね」


「それはいいが……一体俺たちはどうなる」


「さあ?とりあえず政府内部でも、この一件を知っているのは少なかったからな。大前総理も詳しく知ってたわけじゃない。というか、『親父』マターってことで触ろうとしなかっただけだが」


「浅尾副総理にはそれだけの権力がある、ということか」


「大前を総理にしたのは親父だ。だから深入りできなかったわけだ。だが、事がこうなると大分話は違う。こんな重大機密事項をずっと隠していた浅尾派の立場は、かなり悪くなりかねん。普通に考えれば」


「……普通に考えれば、か。鍵はやはり、柳田副官房長官だな」


綿貫がふうと息をついた。


「……ってことだ。多分、今総理と親父とで色々話をしているんだろ。あのおっさんも一度は手首斬られて死にそうだったのに、タフだよな。

沙汰が出たらこっちに話が来るってことだから、まあもうちょい待つしかないな」


俺のスマホには市村からの連絡が来ていた。イルシア王宮の場所が特定されかけたのを受け、C市警察が道路封鎖などの措置を取り始めているとのことだ。

事情を既にある程度知っている片桐と中川警部が迅速に動いてくれているようだ。C市もこの後会見を開くことになったらしい。


初報をリークした射手矢からも連絡が来ていた。その後の詳報を知りたがっているが、これからどうなるかなんて俺の方が知りたい。

TwitterのTLは、イルシアの話題で溢れていた。多くユーザーは興奮気味に、そしてそれと同じぐらいパニック気味にイルシアの存在を呟いている。

東京タワーでの戦闘もあり、手放しで歓迎する向きは半分程度といったところか。市村の会見内容から、将来の「戦争」を危惧する声もかなりあった。



とりあえず確実に言えるのは、これから暫くの間、日本の――いや世界の話題はC市に現れた「異世界」一色になるであろうということだ。



会議室のドアが開いた。眼鏡を掛けた若い男が「町田様、総理がお呼びです」と告げる。


「さて……お前の出番だぜ」


綿貫の顔は緊張で強張っている。俺は小さく頷いた。


総理の執務室には、大前総理と浅尾副総理、そして柳田の3人が待ち構えていた。


「君が、町田君ですね」


小太りの初老の男が椅子から立ち上がった。この男が、内閣総理大臣、大前芳樹だ。


「はい。お初にお目にかかります」


「こちらこそ。イルシアの代理人、と聞いています。どうぞこちらへ」


浅尾副総理の顔は険しく、柳田は何かを達観したかのような静かな表情だ。この3人の間で、どんな話し合いがあったのだろう。


「まず、イルシア及びシムルの存在は共に事実と言うことでよろしいですね。そして、先程『イルシアチャンネル』で公開された内容についても」


「ええ。相違ありません」


「大雑把なブリーフィングは浅尾副総理と柳田官房長官から受けました。今回の件が到底予見不能であったことも。

それを置いておくとしても、イルシアの存在は我が国にとって悩ましい。人類にとって全く新たなフロンティア、そして可能性を開く存在でもあれば、将来の安全保障上の脅威を呼び込むものでもある」


「……認識しています。そして、そちらとしてはイルシアを徹底した監視下・管理下に置いておきたい。その意向も、既に浅尾副総理から聞いているところです」


苦虫を噛み潰した表情で浅尾副総理が口を開く。


「ここまで騒ぎがデカくなったんだ、約束通りこちらの言う事を聞けと言いてえんだな。

あの動画は何だ?こっちが動く前に言いたいことを一方的に言いやがった。しかも、あのせいで世論はどっちかと言えば……いやかなりイルシアに好意的だ。下手に手を打てば、内閣支持率が下がりかねねえんだよ」


「あれは俺の案じゃありません。あくまでイルシア側が自発的に行ったものです」


「似たようなもんだろうが。あそこにいた女……じゃなくて男か。西部開発の社員じゃねえかよ。お前が何かしら吹き込んだのは分かってんだよ」


苛立ちを隠そうともせず浅尾が吐き捨てる。世論を味方につければ政府も強引には動けなくなる。その市村の読みは当たったようだ。


「だとして、これからどうするんです?イルシアの人々の意思と世論を無視して、あの土地を接収するとでも?」


大前総理は首を横に振った。確か、総理は民自党ではハト派として知られる「大海会」の出身だ。もとよりそういう強硬手段はあまり好まないのだろう。


「それは私としてはやりたくはない。さりとて、近いうちに日本国にとって未知の安全保障上の脅威が来るであろうことも確かです。

今回の襲撃、一応死傷者ゼロとのことですが……完全に亡くなったはずの方が相次いで生き返ったと聞いています。あれもあなたたちが?」


「ええ。ただ、あれはもう、二度とは使えません」


柳田が俺を静かに見た。


「『聖杖ウィルコニア』の発動、ですね」


「ええ。……すみません、約束を果たせず」


「そちらの事情は分かりますし、私でもそうしたでしょうから」


随分とあっさりしている。というより、何か魂が抜けたような感じだ。

ウィルコニアはもう使えない。彼の妻、メリア・スプリンガルドを救う手段はないと思っているのだろう。


もっとも、それについてはある程度の解がある。こちらとしても、まだ彼女に死んでもらう訳にはいかないのだ。


視線を大前総理に移す。事情が飲み込めないのか、きょとんとした表情だ。


「柳田君、何だねそれは」


「全ての願いを叶える魔法の道具、といえば分かりやすいでしょう。ただ、もうそれは使えないということです。発動したのは、ジュリ・オ・イルシア……彼女ですね」


俺は小さく頷く。


「ええ。代償として、神族としての力はほぼ失ったと。こちら側も相応の傷は負っています」


「……ということですよ、『親父殿』」


浅尾が額に皺を寄せたまま頭を掻いた。


「だからといってそっちの言い値をそのまま飲むわけにも行かねえ。イルシアがある限り、この国はあの巨人みたいのからの脅威にさらされ続けるわけでな。

しかも何だ……柳田の部下が罹った『死病』ってのか。あんなのが蔓延したら、洒落にもならん」


「そっちの方はどうなってるんですか」


「今東大病院に3人入院中だ。未知の細菌性疾患としか聞いてねえが、今のところ小康状態らしい」


俺は安堵した。ノアの魔法はある程度は効いているらしい。


「だが……ただでさえコロナが収まってねえところに新種の伝染病というのは最悪だぞ。そっちの方はメディアに漏れてねえはずだが、次があったら完全にアウトだ。

そして、第二陣はいつどこに現れるかも分からねえ。今回の件、柳田は結果的に外患誘致をやらかしたわけだが、事前に連中とコンタクトを取っていたからある程度対応できたとも言える。……だが、次は予期すらできねえ。状況はより深刻だ」


「……どう安保体制を構築するか、ですね」


「そういうことだ。それをまず決めようじゃねえか。……ということでどうですかな、総理」


大前総理は腕を組み、「うーん」と唸った。


「それは防衛予算を拡充しなきゃいけない、ということですか」


「この期に及んでまだんなこと言ってるんですか。国民の説得はあなたの仕事でしょうよ」


これもまた噂通りだ。大前総理には、温厚だが優柔不断で八方美人という評価がある。周りに気を使いすぎるあまり、物事を即決できないとの批判は元々あった。

まさか目の前でその現場を見る日が来るとは思わなかったが。


だが、悩むのももっともだろう。こんな外敵は、前例がないからだ。ここですぐに決断を下せる人間は、多分ほとんどいない。


俺は手を挙げた。


「ちょっと、いいですか」


「どうぞ」


「安保の前提は情報です。その情報なしに安保体制を構築しようとしても無理なのでは」


「……まあ、仰る通りですが」


「ええ。ならば、先手を打つのはどうでしょう」


「先手?」


これは、元々考えてはいたことだ。そして、遅かれ早かれやらねばならないことでもある。今回の件が、提案のいい言い訳になっただけだ。


俺は、大前総理の目を見据えた。



「シムルに、こちらから人を送り込みます。そのための手段は、既にあるとだけ言っておきます」




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