幕間6-2
ジュリは真っ直ぐに「杖」に向かっていった。そして、それを握ると呪文のような言葉を呟いて目を閉じる。
ぶわっと彼女の身体が金色に発光した。それと同時に、部屋の中央にある巨大な「コンピューター」もヴォンという音とともに光りだす。
『……ヒビキ』
ジュリが僕を呼ぶ声がした。駆け寄ると、ジュリは全身から汗を流している。表情から、相当苦しそうなのがすぐに分かった。
「ジュリっ!!?」
『ボクと一緒に、杖を……握って……』
「えっ」
『いいから、早くっ……!!』
言われるままそうすると、全身から一気に力が抜けた。その場に倒れ込みたくなるのを、僕は必死で耐える。
ジュリ一人の魔力じゃ、起動には足りなかったとすぐに分かった。何人もの人の命を「巻き戻す」のだ、やはりそんなに簡単なものじゃなかったんだ。
握っているうちに、ジュリの身体が震えているのが分かった。僕は後ろから抱きしめるように、彼女と一緒に「杖」を握る。せめて、少しでも辛さが収まるように。
それでも、ウィルコニアはまだ発動しない。中央の「コンピューター」から鳴る音はさらに大きくなり、光もその輝きを増している。……もう一歩のはずなのに。
ジュリの表情がさらに険しくなり、身体の震えも激しくなった。もう限界が近いのだ。
ならばせめて僕が少しでも力にならないといけない。僕は、「杖」を握る手に力を込めた。
……意識が、一気に遠のいていく。
……
…………
……誰かが、僕を呼ぶ声が聞こえる。目を開けると、そこは一面の白い空間だった。見渡す限り、「何もない」。
そこにジュリにそっくりな……というより、大人になったジュリのような女性がゆっくりと現れた。……誰だろう。
「……あなたは」
『私はイルシア御柱の、意識集合体です。貴方がこの子の主御柱付きですね』
「ええ、まあ」
僕はここが現実世界ではないことを悟った。一種の精神世界みたいなものなのだろうか。
意識集合体を名乗る女性はくすくすと笑った。
『『継承の儀』を行っていないのにウィルコニアを単独発動させるのは無謀だと思っていましたが、貴方がいたからなのですね。
しかも、まだ契ってもいないのにこの出力は驚きました。貴方には、神族としての血が色濃く流れているようですね』
「……は??」
僕が神族だって??そんなはずはない。僕の父さんも母さんも、極々平凡な人間だ。もちろん姉さんだってそうだ。
魔力が常人のそれではないとは言われてたけど、そんなものはジュリに会うまで全く分からないことだった。シムルという異世界の存在である神族の血が僕に流れているわけがない。
女性はウフフと笑う。
『分からないのも道理です。そもそもおかしいとは思いませんでしたか?なぜあの『ブランド』が、貴方を新たな依代としようとしていたか』
言われてみればおかしい。あいつは食い気味に僕を新たな所有者としようとしていた。なぜそこまで惚れ込まれるのか、僕にはさっぱり分からなかったけど……。
女性の話は続く。
『『魔剣』を使役する人間は、神族かそれに準ずる人間でなければならない。そうでなければ、力を十全に使いこなすことは不可能なのです。
憑依まではある程度の魔力を持つ人間であれば可能ですが、力の全てを引き出しあの中にいる『アンバライト』を使役できるのは、私たち以外には不可能なのです』
「だけど僕はただの人間です。まして、ここはシムルじゃない。神族の血なんて、引いているわけがない」
『いえ、引いているのです。恐らく、この血近辺には神族の血を引くものが、複数いるはず。
その血の濃さは千差万別でしょうが、貴方は間違いなく特に濃い。あの子が惹かれたのも、単に貴方の性格や容姿によるものだけじゃない。遺伝子レベルで引き合っていたのです』
「……ちょっとどういうことか、説明してくれませんか?さっぱり理解できないのですけど」
女性の顔が、少し渋くなった。
『今から約150年ほど前……この地にイルシアの強力を得て転移魔法でやってきた男がいました。今は『大魔卿』と呼ばれる男です。
その男は3ヶ月ほどこの地に滞在し、特にシムルに資する要素なしとして戻っていきました。ただ、何も残さなかったわけではない。遺伝子を残したのです。この地の女性、それも複数人に』
「大魔卿」……ギルファス・アルフィードか!!
確かに彼は一度日本に来たらしいという話は聞いていた。そして、すぐに帰ったらしいとも聞いていた。だけど、そんなことをしていたなんて……
「……どうして」
『あの男は好奇心のためなら何でもする男です。詳しくは分かりませんが、そうやって何が起こるかを純粋な知的好奇心から試したのでしょうね』
「というか、異世界の出来事を、何故にそんなに詳細に知っているんですか」
『私たちは『世界を司る者』。全てを知り、全てに正しい答えを出すもの。『継承の儀』により、全てのイルシアの神族はそのようになるのです。もっとも、それは6年前に途切れましたが……。
とにかく、ウィルコニアがこの地に来たことで、この国の情報はあらかた収集し終えました。この程度のことは他愛のないこと』
また女性が笑った。その笑みに、僕は底しれぬ恐怖を感じる。あまりに、人間味を感じないからだ。
ジュリの母親もこうだったのだろうか。ならば、ジュリが彼女に複雑な感情を抱いていたのがよく分かる。
あまりに全知全能で、あまりに「不自然」過ぎる。まるでよくできたAIか何かを相手に喋っているかのようだった。
……AI!!?
そこに思い至った時、僕はとんでもない勘違いをしていたのではと悟った。まさか、イルシアとは。いや、そもそも神族とは……
バラバラになっていたパズルのピースが、一つに嵌まりそうな気がする。僕たちは、とんでもないものに関わってしまったのではないか?
女性が首を振った。
『時間のようですね。ウィルコニアは正常に作動しました。くれぐれもこのような無理はなさらぬよう。
私たちを起動し得る『鍵』は、もはやジュリ・オ・イルシアしかないのですから』
光が辺りを包む。「目の前」が真っ白になり……
気がつくと、僕はジュリと共に倒れていた。




