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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第17話「ペルジュード隊員・プレシアとベギル」
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17-10



「大熊ぁぁぁっっ!!!」



ゆっくりと、大熊が崩れ落ちていく。鮮血が吹き上がるのが、ここからでもはっきりと見えた。



『オオクマ様ぁぁ!!!』



アムルの肌の色は、急速に赤銅色から元の白へと戻っていく。翼や角も、一気に縮んで消えていくようだ。

大熊に駆け寄るアムルに、カシュガルが手刀を振りかぶる。ノアが『させないっ!!』とロッドを向けると、奴は再び地面へと消えた。


「ノアっ!!君は大熊の手当を!!」


『でもカシュガルは』


「俺と警察が何とかするっ!!早くしないと手遅れになるぞっ!!」


『分かった!!』とノアが大熊の方へ走っていった。


恐らく、もう……大熊は助からないだろう。治癒魔法を掛けたとしても、ほんの数分命が延びるだけだ。

それでも、自分の知る人間が目の前で死んでいくという事実を、俺は認められなかった。可能性がほんの僅かでもあるなら、それを信じたかった。


俺は唇を強く噛んだ。もし俺が、自分にではなく大熊の方にカシュガルが向かう可能性を意識していたなら……注意を喚起するよう呼びかけることくらいはできたはずだ。


これは……俺の油断が招いた事態だ。


「……はっ」


下から何かの気配がする。俺はバックステップを踏んだ。カシュガルがニタリと笑いながら現れる。


『よく気付いたな』


『……なぜ、大熊を狙った』


『あのイリュミスの番だからだ。普通の魔女以上に、イリュミスは番からの精力が力の源になるからな。そして、それを断てば、あの女は全く恐れるに足りん』


SATは、ジリジリと銃を構えながら距離を詰めてくる。しかし、カシュガルはすぐに地中へと逃げられる。銃はこいつにはあまり効果がない。

俺は手で待つよう指示した。亜蓮が戻ってくる気配はない。……こいつは、俺が何とかするしかないのだ。


『俺を殺したところで、お前も死ぬぞ』


『そうだな。だが、最低限の私の役割は果たした。ベギルの『起動』は時空間を超え、シムルの本隊に認識された。時期が来れば、今度は一個大隊がここに送り込まれるっ!!』


クククと嗤い、カシュガルが手刀を振るった。速いっ!!!

それを再び後方に跳んで避けたが、追撃も速すぎる。逃げるだけで精一杯だ。


『どうした貧弱種!!逃げ回るだけかぁ!?』


俺はSATに近づくように逃げる。ある程度の距離になれば、SATも俺を巻き添えにしないようにカシュガルを狙撃できるはずだ。

しかし、カシュガルもその狙いが分かったのか、これ以上攻めては来ない。そして、またも「トプン」と地中に消えた。


……どこだ。どこに消えた。


ゾクン、と強烈に嫌な予感がした。「鵜飼」の中には、「スレイヤー」があった。

あれを手に取られたら……冗談ではなく、ここにいる人間は全滅する可能性がある。


「岩倉さん、後ろだっ!!!」


カシュガルが「鵜飼」の入口近くに浮上する。異変に気付いた岩倉警視監が、奴の背中に飛びかかり送襟絞めの要領で首を絞め上げた。脚は胴に絡み、腕も押さえている。


「させんっっっ!!!」


『貧弱種風情がぁぁっ!』


カシュガルは無理矢理腕を引き抜き、岩倉警視監の左手首を切断する。「ぐおおおっっ!!?」という叫びとともに、彼の身体はカシュガルから離れた。

同時にSATが一気に奴へと殺到するが、再び奴は地中へと消えた。……これではまるでもぐら叩きだ。


「入口を封鎖しろっ!!2階にだけは絶対に上げるなっっ!!!」


SATの指揮官が叫ぶ。……カシュガルは、どこに消えた?


再び俺の後方に気配がした。今度は10mほど離れた場所に、ぬうと奴が立っている。


『……いちいち、煩い連中だっ……!!』


顔色は青白いものに変わっている。向こうももう、限界なのだ。


だが、俺の中に単純な疑問が生じた。



なぜカシュガルは、まだ動ける??



考えてみれば奇妙なことだった。ノアに手首を斬り落とされ、大量の失血をしていながら、なおも激しく動き回っている。

魔力もまだ尽きてはいない。ノアのように魔力を潤沢に使える状況ではないのに、何度も魔法を連続して使っている。……これは何かある。


俺は大熊の方を見た。ノアは彼に掛かりきりで動けない。奴が何かを仕掛ける前に、こいつを倒さねばならない。だが、どうやって??



……俺の頭に、ある仮説が生じた。もし、この仮説が正しいなら……俺たちは極めてまずい状況にある。

だが、機先を制することができるなら……事態を打開するには、これしかない。



『……カシュガル、お前の中に、何かがあるだろう』



『……は?』



カシュガルの表情が、一瞬凍った。


『ラヴァリの言っていたことを思い出したんだよ。お前はかつて、戦争で人間を爆弾と化して万単位の殺戮を行ったってな。

どうやってそれをやった?多分、魔洸石か何かを埋め込んでたんだろう。それをお前が遠隔で炸裂させたと思っていたが、そいつが自分の意志で起爆させたという方が正しそうだな。

そいつは片道切符の鉄砲玉として、無尽蔵の魔力で暴れ回ってたんだろう。で、限界が来たので自爆した。どうだ?』


『……何が言いたい』


『今のお前も同じだってことだ。お前は当初の目的であるウィルコニアの奪取が困難になったと悟った。で、プランBに移った。

将来の本格的な戦争に向け、こっちの世界をできるだけ荒らしてやろうというわけだ。そして、追い詰められたお前はこれから自爆しようとしている』


『想像力豊かだな、貧弱種。それが分かったところで、私を止められるわけでもあるまいに』


ククク、とカシュガルが嘲笑う。身体が薄っすらと発光し始めているのが分かった。


『トモっ!!』


「大丈夫だっ、大熊の治療を」


カシュガルの異変に気付いたノアの叫びに、俺は極力平静を装って返す。まだだ。まだカシュガルに自分のペースだと思わせるのだ。


『戦争なんてやって、勝ち目があると思っているのか』


『勝ち目のない戦争など仕掛けんよ。『遺物』の力さえあれば何の問題もない。

この世界はマナこそ薄いが、空気は清浄で土も豊かだ。移住先としては極めて望ましい。皇帝陛下もさぞお喜びになるだろう』


カシュガルの身体は、さらにその輝きを増している。背筋に冷たいものが流れるのが分かった。猶予はもう、それほどない。



……まだか。まだ来ないのか。



『『遺物』だと?』


『太古の昔、『魔剣の主』たちが遺したものだよ。どこにあるか、場所はもう分かっている。私が死んでも、そのうち発掘されるだろうさ。

……では、そろそろお別れだ。偉大なるモリファスに、幸あらんことを……』


カシュガルが穏やかに笑う。その次の瞬間。



『お別れはお前だけだ』



……ビクンッッッ



カシュガルの身体が痙攣した。目は白目をむき、身体を覆っていた眩しいばかりの光は瞬時に消える。



俺は「鵜飼」の方に振り向く。



そこには両手を前に掲げ、「見えざる剛力」を放ったばかりの亜蓮がいた。




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