17-9
『アムルッ!!?』
ノアの叫びに、アムルは絞り出すように応えた。
『早くっ……オオクマ様の命が、尽きてしまう前にっ……!!』
彼女の後方には、土気色の肌をした大熊が倒れていた。ぐぐっと身体を持ち上げようとしていているが、もうそれだけの力もないようだった。
「アムル……お前しか、頼みの綱は……」
「喋るな大熊!!……ノアッ!!!」
俺は大熊が限界ギリギリの体力を全てアムルに注ぎ込んだのだと知った。そして、アムルが今使っているのは……恐らくは一種の拘束魔法だ。
亜蓮は父親の柳田に異変があったのを察したのか、「鵜飼」に向かってしまっている。大熊の言う通り、ここで戦えるのはノアとアムルしかいない。
ノアは凄まじい早口で何かの呪文を詠唱している。マシンガンの一斉掃射を受けてようやく怯むような化け物が相手だ。無詠唱の「魔刃」や「重圧波」より、強力な魔法を打たないといけないのだろう。
ベギルとカシュガルを包んでいる黒い闇が、少しずつ薄くなっていく。闇は音すら吸収する性質であるようだったが、ベギルの獣のような咆哮が徐々に大きくなっているのが分かった。
『ノア、反魔法結界は……もう、もたないっっ!!』
アムルの悲痛な声とともにベギルたちの身体の輪郭がはっきりと見えたその時。ノアの銀のロッドが、黄金色に眩く光った。
『『魔刃・無間華』ッッッ!!!』
詠唱終了とともに、べギルたちのいる地面から、無数の金色の刃が奴らを取り囲むように現れた。
そしてそれらは、まるで花が開花する光景を巻き戻したかのように、一斉に中心にいるベギルたちを襲う。
その美しさに、俺はこれが命をかけた戦闘なのだということを忘れ、ただぼうっとそれを見ていた。
「GYAAAAAAAAOOOOOOOUUUUUU!!!!!」
暗黒の闇が晴れるのと同時に、ベギルは身体のあらゆる場所から鮮血を迸らせた。断末魔の叫びは、まさに爆音のように周囲一体に響く。
……そして。
ズウンッッッ!!!!!
ベギルは両膝をついた。再び「撃てぇっっ!!!」という岩倉警視監の声が聞こえる。
マシンガンの掃射を受けたべギルは、壊れた操り人形のように全身をビクビクと震わせながら銃弾を受け……そして倒れた。
その身体は、どんどんと小さくなっている。……いや、小さくなっているんじゃない。急速に「溶け始めている」のだ。
「撃ち方やめぇっっ!!!」
「岩倉さんっっ、あっちに近づかない方がいいっ!!!奴の体液は、毒……」
その瞬間、俺は強烈な違和感をおぼえた。
……カシュガルが、いない。
「ノアッ!!!アムルッ!!!カシュガルが、消えた!!!」
『えっ!!?』
ノアが驚愕の表情を浮かべる。
カシュガルはあの「変成」という魔法を使って「地面に潜った」のだ。恐らく、あの魔法は自分が接しているモノの性質を変える効果があるのだろう。
そしてさっきから見ている限り、奴は地面を水のように変え、潜水の要領で「泳ぐ」ことができる。ノアの大魔法が直撃する寸前、その要領で奴は地面の中に逃げたのだ。
とすれば、どこに逃げる?奴も手負いだ。出血量からして、意識を失っても全くおかしくはない。しかも、ここはシムルと違いマナとやらが薄い。そんなに長時間魔法を使うことなどできないはずだ。
包囲網を潜って突破するのか。しかし突破したところでどうする。そもそも、普通の人間が息継ぎなしで泳げる距離は精々25m。長い距離は移動できないはずだ。
俺はすかさず周囲を見渡した。一矢報いようと誰かを襲うなら……それは、俺だ。
「ノアッ!!!気を付けろ、カシュガルが来るぞっ!!!」
俺は叫び、ボクシングでやるように両腕のガードを上げた。戦闘の心得は、ない。ただ、阪上の時そうだったように、ノアとのリンクがあるならば常人以上には動ける自信はある。
来るなら、来い。
……刹那。視界の端に、何かが遠くで「浮かんだ」のが見えた。
カシュガル!?そしてその前には、フラフラと立ち上がった……大熊がいた。
『……『聖剣』』
その手刀は、肩から大熊の身体を両断した。




