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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第3話「無職・町田智宏と民自党議員・綿貫恭平」
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3-2


俺はメッセージを打つか、一瞬躊躇した。この男に連絡を取るのが、果たしていいことなのかどうか、確信が持てない。しかし、こいつにアクセスを取るのが一番手っ取り早いのも確かだ。

俺はふうとため息をつきスマホをタップし始めた。



「久し振り。極めて重要な用件があって連絡した。そちらにも損ではない話だ。詳しくは電話か、直接会って話す。興味があるなら連絡をくれ」



敢えて、具体的な話はしないでおいた。異世界から国ごと転移してきたなんて、マトモな神経の人間はまず信じないだろう。俺の気がふれたと思うのが自然だ。

綿貫は徹底した利己主義者で、かつ合理主義者だ。俺がどういう人間かを理解していれば、おそらくこの話には乗る。


『何をしたの?』


「古い友人……というか知り合いに連絡を取った。一種の手紙みたいなものも、こいつで送れる」


『飛脚も伝書鳩もなしに?でも、手紙ってそんなにすぐ届くものじゃ……』


「それが届くんだな。……反応が早いな」


朝8時前に送ったメッセージだというのに、もう既読になっている。そしてすぐに、俺のスマホが震えた。……綿貫からだ。


「……もしもし」


「久し振りだな、町田。1年ぶりか、生きていたか」


ケラケラと軽薄そうな笑いが聞こえた。俺は渋い顔になる。


「一応な。そっちこそ忙しそうじゃないか」


笑いがさらに大きくなった。


「まあな。で、どうした。町田のことだ、おふざけで僕に連絡することはないだろう」


横から『これ、どういうことなの』とノアが小声で訊いてきた。「これを使って人と話しているんだ」と答えると、綿貫が訝しげな声になる。


「ん?そこに誰かいるのか。女か?まさか結婚式のスピーチでも頼もうってんじゃないよな」


「そんなわけがないだろ、万一そうだとしても、お前は結婚式に呼ばない」


「冷たい奴だな。財務省での数少ない理解者だっただろ」


「互いに味方が少なかっただけだ」


ガハハとまた笑い声が聞こえた。微かに鳥の鳴き声のような物が聞こえる。


「違いないな。で、どうした。株の話か」


俺は軽く首を振った。


綿貫には昔のよしみで資産運用のアドバイスをしてやったことがある。適当に銘柄をセレクトしたのだが、たまたま当たった結果妙に懐かれている。

奴のことは決して好きではない。政治家一家であることを鼻にかけ、高慢で自己中心的というのが財務省の同期における綿貫の定評だった。ただ、同じはみ出し者であるせいか、奴とはなぜか一緒に行動することが多かったのも確かだ。

綿貫が父親の急死で地盤を継ぎ、財務省を退官してからも俺たちはたまに連絡を取り合っていた。連絡するのは、決まって向こうからだったが。


「いや、会わせたい人物がいる。綿貫は魔法使いなんて信じないよな」


「いるわけないだろ。まさかその魔法使いとやらに会わせるとか言わんよな?C市に引きこもった結果、遂に正気を失ったか」


「そのまさかだ」


綿貫の笑い声が止まった。数秒の沈黙の後、ようやく奴が低い声で「本当に正気か」と訊いてきた。


「別に怪しい壺を売りつけようとか、そういうわけじゃない。とにかく見て、判断して欲しい。日本の国益にも関わる、極めて重要な案件と認識している」


「……国益とは随分大きく出たな。魔法とか、そういうオカルトとは一番縁遠い人間だと思っていたが」


「全くだ」


ふう、という息づかいが聞こえた。


「……分かった。午後にそちらに向かおう」


「……は??」


「今はうちの支援者のおっさんたちとのゴルフでH町にいる。終わったらクソつまらん飯に付き合わされる予定だったが、理由付けてキャンセルする。町田はC市の自宅か?」


これは想定外だ。こちらとしてはせいぜい後日、都内で会うぐらいのつもりだった。それがまさか、こっちに来るだと?

しかし、綿貫は昔からフットワークと嗅覚に優れた男ではあった。何かあると感じ取ったのか。それに、実際にイルシア王宮を見てもらえば事態の重大性は理解してもらいやすいだろう。



問題は、綿貫があれを見てどう判断するかだ。



「……ああ。野暮用で午前は外出しているが」


「分かった。ならば15時に落ち合おう。後で住所を教えてくれ」


そう言うと、綿貫は電話を切った。俺は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。


『誰と喋っていたの。トモの言っていることは分かったけど』


訝しげにノアが聞く。どうも「念話」とは、その使い手に向けて話しているのでなくても機能するもののようだ。


「極めてざっくり言えば、この国の宰相の部下の部下さ。衆議院という議会の議員をやっている男で、俺の昔の同僚に当たる」


『しゅーぎいん?』


そうか、議会制民主制度はノアの世界にはないのかもしれない。


「この国は平民の代表が国を動かしている。その代表を選ぶのが、選挙で選ばれた議員だ。綿貫も、一応それに相当する」


『貴族とかじゃないのね。帝国の貴族院に近いものなのかしら』


「その平民版、と思ってもらえれば今はいい。とにかく、午後にそいつがこっちに来るらしい。ノアやイルシア国のことを説明するつもりだ」


『これで宰相と交渉できるの?』


「それはもっと先の話さ。ただ、そこに向けての第一歩ではある」


目を輝かせるノアの頭を、ぽんぽんと撫でた。


「とりあえず、もう少ししたら買い出しに出るぞ」



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