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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第17話「ペルジュード隊員・プレシアとベギル」
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「準備はできたか」


『うん、降りてきていいよ』


ノアの声に階段を降り、リビングに入る。そこには、黒を基調とした清楚なドレスに身を包んだ少女がいた。


「……似合ってるな」


『ありがと。寸法が合うか不安だったけど』


俺はしばしノアに見惚れた。ノアは『ちょっと照れるわね』と頬を染める。


公的な会談用にいつものワンピースでは、流石に少し軽すぎる。イルシア流に魔女のローブというのも考えたのだが、ノアの望みでこちらの正装で挑むことになった。

ただ、ノアに合うサイズはあまりない。高級子供服ブランドの通販サイトで一番シックなものを選んだわけだが、元の素材の良さもあって全く子供っぽさはなく、ちゃんと淑女らしさを感じさせるものとなっていた。


『にしても、トモ。その格好は暑くないの?』


「半袖でも良かったんだがな。正装というと、これしか思い付かなかった」


俺はというと、普通にスーツの上下だ。これに袖を通すのも、もう3年ぶりになる。冠婚葬祭以外で着る機会が訪れるとは思わなかった。

何せ日本の、そしてイルシアの今後を左右しかねない会談であり、交渉だ。正直、緊張感はある。


家の前に、車が停まったのが分かった。8時前だが、存外に早いな。


『トモ、あれが迎え?』


「だな。行こうか」


玄関を出ると、「お待ちしておりました」と初老の紳士が深々と頭を下げた。車は黒のクラウン。見るからに重厚な印象を与える。

紳士に促される形で後部座席に座る。そしてハイヤーは、ゆっくりと走り始めた。


『何か、凄いわね……』


「防弾ガラスなど完備のハイヤー、らしいな。道中でトラブルがあってはまずいから、綿貫が手配してくれた」


『後ろの車もそうなの?』


振り向くと、同じような黒のハイヤーがついてきている。


「多分な。あっちには大熊とアムル、それにラヴァリが乗っていると思う」


大熊たちは何かあった場合の戦闘要員だ。もちろん、彼らが動かないことに越したことはないが。


『……戦闘にならないか、あってもその被害が少ないといいのだけど』


「そのための手立ては一応打ってる。こちらの方が戦力自体は上だ。大丈夫」


俺は自分に言い聞かせるようにノアに言った。そう、手は打っている。


会談開始は正午。和やかなムードを演出するため、昼食を取りながらの会談となるらしい。

無論、その様子は逐次カメラで別室に流される。そして、綿貫はここに罠……というより仕掛けを入れた。


「バイタルカメラ」だ。


人間、感情が高ぶった時には体温が多少なりとも上下する。呼吸の回数も変動する。そうした様々なバイタル情報を、非接触で感知するカメラ。それが「バイタルカメラ」だ。

カシュガルが何かしら罠なりなんなりを仕掛けている可能性は高い。エオラの失敗を認識していたならなおさらだ。


ならばせめて、その発動の瞬間だけでも事前に察知する。それがバイタルカメラを設置する狙いだ。

そして、罠が発動する前に別室に待機していた捜査員、ないしはアムルがカシュガルらを制圧する。こちらに対する攻撃の意図あり、ということならば、それは正当化できるわけだ。


スマホに着信があった。柳田からだ。


「もしもし。もう家は出ましたか」


「ちょうど出たところです。そちらに異常は」


「カシュガルから、今日の会談は4人でという申し出がありました。エオラ・フェルティアの体調が優れないと」


「昨日の一件のせいですね、多分」


「でしょうね。カシュガルの酷く不機嫌そうな顔からするに、彼女の撤収は察してますよ」


ノアが『やはり『義骸』を使ってたのね』と眉をひそめた。ノアの母親、ランカがジュリ用に用意していたものと同じものを使っている可能性が高いと、昨日の時点で聞いていた。

本人の魔力を通せば、ごく簡単な行動ぐらいはできる代物であるらしい。エオラの場合は「クリムディア」を使って操っていたのだろう。


そのリンクが、彼女がシムルに帰還したことで切れた。当然、今日の交渉になど出れるはずもない。

カシュガルとエオラが義骸に何の仕掛けをしていたは分からないが、とにかくカードのうちの一枚は切られる前に封じられたことになる。


「その他、何かおかしな様子は」


「べギルという男も、体調が少し悪いようです。ただ、カシュガルは同席させると」


「コロナ罹患……は少し早いですね。一応、バイタルカメラを設置してますので、体調の著しい悪化があれば対応できるようにはしています」


ふふ、と電話の向こうの柳田が笑う。


「バイタルカメラ……なるほど、面白い。君の発案ですか?」


「これは綿貫の提案です」


「……そうですか。父親と違い、頭は回る男ですね。正午からの会談は、私も同席ということでよろしいですね?亜蓮は別室待機と」


「そういう手筈で大丈夫です。彼がいると、相当警戒されそうですし」


「違いないですね」と柳田が応じた。亜蓮のあの短気さは、交渉の場には不向きだ。相手を警戒させるだけになりかねない。


「ともかく、また現地にてお会いしましょう。何かあったら、随時連絡を入れます」


電話が切れた。まだ朝だが、特に問題はなさそうに見える。

ただ、エオラの失敗に気付いたカシュガルがどう動くかは読めない。何より、俺たちはペルジュードの残り3人が持つ「魔剣」の能力も詳しく知らないのだ。


「どう動くと思う」


ノアがうーんと唸った。


『どうだろう……あたしの勘だと、義骸に何かしら仕込んでたんだとは思う。ラヴァリの話だと、人間相手に爆裂魔法仕込んでおいたこともあったみたいだし。

それが封じられたカシュガルがどうするかは、ちょっと読めないわ。せめて、ラヴァリがもう少し同僚の情報を知ってたら良かったんだけど』


ラヴァリはペルジュードに入って間もないせいか、ペルジュード全員の能力は把握していないとのことだった。特に各人が持つ「魔剣」については、カシュガル程度しかその能力を知らないらしい。

当のラヴァリも、カシュガルに直接は「リナルド」のことを伝えていない。『魔力の具合からして適合度合いは分かる』とのことだったが、それでもエオラが「クリムディア」を使いこなし、その「真名」も知っていたことには仰天していた。


「確かヴェスタの得意魔法が肉体強化系、プレシアが動物使役だったか。ベギルだけは全く不明ということだが」


『そうね。ヴェスタはもし戦闘になったら注意したほうがいいかもしれない。多分、ペルジュードの戦闘要員だから。

プレシアは情報収集要員って言ってたわね。確かに、動物の五感を自分に伝えられるなら、諜報員としては強みになる。ただ、交渉の場で何か仕掛けるには向いてない魔法よね』


その通りだ。あるいはイルシア侵攻となった場合、恋人の手でラヴァリを殺させるために連れてきたのだろうか。何か連れてきた意味があるような気がするのだが……

俺は軽く首を振った。そこは考えても仕方がない。「まだかかるから、しばらく寝ておこう」とノアに告げると、俺は浅い眠りへと入っていった。



「渋滞ですねえ」


眠りを覚ましたのは、ハイヤーの運転手の呟きだった。窓の外を見ると、車はちょうど池袋を過ぎたところだ。

道路標示には「事故のため7kmの渋滞」とある。ついていないが、時間には余裕を持って出ている。十分間に合うはずだ。


『……む……どうしたの』


ノアも目を覚ました。車が動かなくなったのに気付いたらしい。


「渋滞だ。まあ、少し時間はかかるが問題はないと思う」


『そう……って、何か変よ!?』


「……変??」



その時、俺も異変に気付いた。車の進行先の空が、真っ黒に染まっている。

そして、その「黒い空」が、猛烈な勢いでこちらに向かってきたのだ。



「な……!!?」



運転手が叫ぶ。フロントガラスの向こうから何が襲ってくるのか、俺はすぐに気付いた。



それは、何万羽というカラスの大群だった。




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