16-3
『……自己紹介どうも。で、一体どういうつもりなのよ』
右手に魔力を込めて臨戦態勢に入ったノアが言う。もちろんここで暴れるつもりはないだろう。これはあくまで威嚇と示威が目的だ。
『ラヴァリの記憶通り結構な短気だな、ノア・アルシエル。そんなにキレやすいと、旦那に嫌われちまうぜ?』
『は、はあ!!?』
「ラヴァリ」――もとい「リナルド」はケラケラと笑っている。詰め寄ろうとするノアを制し、俺は奴と向き合った。
『知識も記憶も共有している、というわけか』
『あんたがトモか。イルシアの連中が世話になっているらしいな。
推察はその通りだ。まあ、リンクが強いだけで『解放』にゃ程遠いがね』
『それはどういうことだ』
『お前らにゃ関係ねえよ。ラヴァリはあくまで『適合者』であって『器』じゃねえしな。
まあしかし『ブランド』のおっさんがこっちにいるらしいって話は聞いてたが、まさか意識まで取り戻すとはな。このマナのくっそ薄い世界で、よくもまあ『目覚めた』もんだ。
おかげで俺の存在にも気付かれちまった。気付いたのはそこの魔女か?』
ノアが「リナルド」を睨む。
『あたしは察したけど、トモの方が多分より深く気付いてるわ。あんたがここに来た本当の理由も、何となくは推測しているはず』
俺は頷いた。ノアと結ばれて以来、互いの思考がうっすらとだが分かるようになっている。これも「魔力的接点」が強固になったことによるものなのだろう。
『一つ聞きたい。あんたがここに来たのは、ペルジュードの意思か、それとも『ジェラード』の意思か?』
『んなことに俺が素直に答えるわけがねえだろ?馬鹿かお前……』
『だろうな。じゃあこちらの仮説を話してやる。お前が来たのは、おそらくは『ジェラード』の命によるものだ。
ラヴァリはペルジュードを嫌っていた、というより信頼していなかった。『失敗は許さない、使えない者は殺す』という隊の規則を恐れていたのは嘘じゃなかったはずだ。
だからペルジュードについての情報は簡単に漏らした。はっきり言えば敵であるイルシアにペルジュードを売るような行為だ。
だが、魔剣についてはほぼ何一つ情報を漏らさなかった。せいぜい魔剣の名前と、『スレイヤー』についてのごく曖昧な能力くらいだ。いくらラヴァリが新人とはいえ、これは妙な話だ』
「リナルド」の顔から笑みが消えた。俺は話し続ける。
『……つまり、意図的に喋らなかった。とすれば、ラヴァリ、そしてお前が真に仕えているのはカシュガルやその向こうにいる帝国じゃない。おそらくは『ジェラード』か、そのさらに上位にいる存在だ。
そして、その意向を受けてお前は動いた。どこまでが計算づくかは分からないが、少なくとも昨日の事件はお前が起こした。日本政府に魔剣の危険性を強調させるために』
『何のために?』
沈黙する「リナルド」の代わりに、ノアが訊いた。
「ウィルコニアを日本政府の管理下に置かせるためだ。ペルジュードが成功しようと失敗しようと、ウィルコニアは『世界の浄化』のために使われねばならない。昨日の話を聞く限り、『ジェラード』は多分そう考える男のはずだ。
成功すればそれで良し、仮に失敗しても戦闘になってイルシアが日本政府の完全な管理下に入ればそれでいい。
昨日の一件でイルシアに対する浅尾副総理の心証はかなり悪くなったからな。要はそういう状況に持っていくことが、こいつの目的だったというわけだ」
『……筋は通るわね。つまり、イルシアをニホンが支配するようになれば、その時点でこいつが政府の誰かを操ってウィルコニアを起動させる。
まあ、起動に不可欠なジュリをどうするかという問題は残るけど、できなくはないわね』
「そういうことだ。こいつがこちらの国内事情に妙に詳しいのは、多分メリア経由の情報だろう。帝国とオルディアが同盟関係にあったことからすれば、そこまで変な話じゃない。
もちろん、メリアが魔剣の『中身』まで知っていたかは全く分からないけどな。直感だが、多分知らなかった気はする」
『ククク……ククッ、アハハハハ!!!』
「リナルド」が愉快そうに笑い始めた。一通り腹を抱えたあと、笑いながら俺を指差す。
『いや、驚いたよ。ほぼ当たっているぜ。ラヴァリからは頭がキレるとは聞いてたが、まあ嘘じゃなかったな。
だが、意図を読んだからといってどうなる?お前らにどうこうすることもできねえだろ??』
『いや、推測が正しいと分かっただけでも十分だな。要は明日の交渉相手はペルジュード、あるいはカシュガルじゃない。『ジェラード』とはっきり分かった』
『……は?』
『カシュガルについては危険人物と聞いている。アルフィード卿からは捕縛してシムルに返すな、とまで言われている。正直、そんな相手に穏健な交渉ができる自信はなかったんでね。
だが、『ジェラード』は違う。ある程度話は通じる相手だ、そうだろう?』
『……だからどうなるってんだよ』
『『離間の計』が成立しうるってことだ。俺としてはそっちの要求にも理があると思っている。日本、そしてイルシアに危害が及ばない範囲での協力はできると思うが?』
「リナルド」が黙った。しばらくして『それは、ウィルコニアを使わせる、ということか』と返ってくる。
『『死病』の正体が分からないことには何ともな。ただ、使わなくても解決できる可能性はある。そこは探っていくつもりだ。あと、シムルに恩恵を与え得るものも幾つか用意できる。そこは期待していい。
ついては交渉成立のために、お前……というかラヴァリにも人肌脱いでもらうつもりだ。どうだ』
「リナルド」は目を閉じ、再び黙った。逆だっていた赤髪が、下に落ちる。
『どういうことか、説明してもらおか』
「リナルド」……いや、ラヴァリが俺を見た。
『了解だ。もう一度、上で話そうか』
*
『……できるんかいな、そないなこと』
ラヴァリが呆れたように言う。俺は首を縦に振った。
『要は交渉を2つに分ける。ペルジュードとの交渉と、『ジェラード』との交渉だ』
俺は視線を岩倉警視監に向ける。
「そのためには岩倉さん、あなたの協力が絶対的に必要です。できますか」
「それこそが警視庁警備部の職務です。やりましょう」
会談前の武装解除を口実に、ペルジュードの一行と魔剣を引き離す。そして、その上でノアなりを通して、「ジェラード」との接触を試みる。「理屈の上では」このやり方が可能なはずだ。
ただ、それでもなお成立するかは不透明だ。まず武装解除に難色を示した場合どうするか。そこは岩倉警視監の腕を信じるしかない。
また、ノアを通しての接触にしても確実なものではない。ノアの魔力は充実しているが、それだけで大丈夫なのか。だからこそ、魔剣との適合性が強いラヴァリの協力が必要になるわけだが。
ともあれ、できることをやっていくしかない。現状ではこれがベストのはずだ。
「……にしても、綿貫議員からの連絡が遅いですな」
岩倉警視監が腕時計を見た。既に1時間以上遅れている。時刻はペルジュードが青森に現れるであろう、正午に近づいている。
その時、俺のスマホが震えた。……綿貫からだ。
「もしもし、どうし……」
「緊急事態だ、そっちには行けそうもない」
綿貫が息を切らし、焦燥しきっているのが俺にも分かった。俺はスマホを持つ手を右手から左手に切り替える。
「何が起きた」
「俺の秘書……郷原美樹が、消えた」




