3-1
「ん……」
アラームの音より早く、今日も目が覚めた。時計を見ると6時少し前。疲れ切っていようが寝るのが遅かろうが、自分の体内時計は正確無比であるらしい。
普段なら顔を洗った後でジャージに着替え、そのまま走りに行くところではあるが今日はそうも行かない。少し早いが朝飯の支度、それとニュースチェックでもすることにしよう。今日もやることは腐るほどある。
ノアのいる客間をのぞくと、すーすーと寝息を立てていた。起きるまでは放っておくか。
階段を降り、冷蔵庫から野菜を取り出す。ケールにセロリ、ニンジンにカボチャ。それを適当に刻み、ミキサーに放り込む。これだけだと飲めた物ではないので、オレンジとレモン汁、そして牛乳と蜂蜜を少々。バナナも入れておくか。
「ヴィー」という低いモーター音ともに、それらが細かく刻まれる。30秒もすれば、自家製スムージーのできあがりというわけだ。
それをボトルに入れてしばし冷やす。日持ちがするものではないが、ノアがしばらくいるのであればこれだけの量があっても消費できるだろう。
『……ん……早いのね』
しばらくすると、目をこすりながらノアが階段を降りてきた。
「すまない、起こしてしまったか」
『別にいいわ……何で一緒に寝てくれなかったの』
まだ言っている。俺は苦笑した。
「いや、一応は年頃の男女が一緒のベッドってのは、さすがにまずいだろ。しかも、俺たちは会ったばかりだぞ」
『……そういうのは関係ないのよ。……見られちゃったんだもの』
「……は?」
ノアは顔を真っ赤にしている。俺は何を見たというんだ。
しばらく唖然としていると、むくれたように『もういい』と頰を膨らませた。機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか。
俺はフルーツグラノーラの入ったボウルと牛乳の紙パックをテーブルに置いた。ノアは何か言いたげに、ぶすっと俺を見ている。
「何かしたのか、俺は」
『あたしの世界のしきたりを、あんたに押しつけてもしょうがないと思っただけ。……それは分かってるけど』
「……まあ、何か気に入らないことがあったら遠慮せず言ってくれ」
そんなノアの機嫌も、食事になるとすっかり良くなった。グラノーラのドライフルーツが物珍しいらしく、『これ何?』とか『食感が面白くていいわね!』とかとても饒舌になる。
ふと、ノアの世界の食事情に興味が湧いた。
「そういや、そっちでは朝飯は何を食べるんだ?」
『そうね……パンと牛乳、それに果物かしら。ジェーチの実は美味しくて滋養強壮にもいいからお薦めよ。食べさせてあげたいけど、食糧は貴重だし……』
「まあ、落ち着いたら食べる機会もあるかもな。ノアは料理しないのか」
『あたしは全然。王立食堂で大体済ませちゃう』
ノアはそう言うと、グラノーラの匙を口に運び、「ブイエ!」と口にするのだった。どうも「ブイエ」は美味しいという意味らしい。
「一つ、相談があるんだが」
『ん、何?』
「言葉を教えてほしい。『念話』をずっと使い続けるのも疲れるだろ?それに、睦月のように『念話』が通じない相手もいるかもしれない。俺の方も、ノアにこっちの言葉を教える」
『……そうね。それはいずれ必要になるかも。分かった、考えとく』
言葉の問題は今後互いにとって重要になるはずだ。お互い、知らない言葉で何かやりとりされるというのは不信につながる。昨日も少しそういう場面があった。
全く未知の言語を覚えるだけの頭がどれだけ俺にあるかはやや怪しいが、そこはやるしかない。教える方は……まあ、何とかなるかな。
*
『で、今日はどうするの?』
ノアがうーんと伸びをしながら訊く。既にグラノーラのボウルは空だ。
「まずは買い出しだな。C市で買い物すると怪しまれそうだから、隣のH市か、もう少し足を伸ばしてK市だな。どちらにしても、少し長めのドライブにはなるが」
『何で怪しまれるの』
「そりゃ数百人分の食糧を買い込む奴がいたらおかしいと思うだろ。当面、ノアたちの存在は秘匿したい。いつかはバレることだが、それまでは極力イルシアのことを知っている人物は少ない方がいい。間違いなく、天地をひっくり返すような大騒ぎになるからな」
『でも、領主との交渉を始めるとか言ってたじゃない』
「まあな。何事も、根回しが必要ってことだ。今日は、その最初の1手を打つ」
俺はスマホを手に取り、LINEを起動した。友人として登録しているのは少ないが、そのうちの一人の名を呼び出す。
「綿貫恭平」
俺の財務省時代の同期で、今は民自党の衆議院議員をやっている男だ。




