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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
幕間5「派遣社員・市村響と御柱ジュリ・オ・イルシアその5」
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幕間5-2


ブランド?何だそれは?ひょっとして「魔剣」って……


『なかなか勘が鋭いな、少年。推察の通りだ』


僕の思考を読んだかのように、グレイスワンダー……いや「ブランド」が脳内で答えた。


僕はゴクリと唾を飲み込む。やはりそうなのか。



「グレイスワンダー」には、何かが封じられている。それも、かつて人間であった何かが。



『……何があったのよ』


心配そうに呟くシェイダさんに、僕は『少し待って下さい』と答えた。僕は無言で「ブランド」に思念を向ける。


『僕に何を求めている』


『解放と言ってもすぐには無理だ。ここのマナはあまりに薄いからな。

何よりあのサカガミが身の程知らずにも俺の力を吸収しようとしやがったから、腹が減って仕方がない。まず必要なのは『飯』だ。お前の魔力を食わせろ』


『その後はどうするんだ。僕は阪上みたいにはならない』


『俺としてもせっかくの『適合者』を無碍に扱うつもりはない。何より、お前は神族と親しい間柄にあるはずだ。あの忌まわしい一族、この世界に来ているんだろう?』


『……ジュリには手を出させない。絶対に』


「ブランド」が、また『カカカカ!』と嗤った。


『そうか!お前、神族の番か!!これは僥倖だ、ジュリというのは、俺を追放したあのジル・オ・イルシアの娘だな。ちょうどいい、ジル・オ・イルシアをまず血祭りに挙げてやろうか』


ジル・オ・イルシア?ジュリの母親、先代の御柱のことか。しかし……


『ジュリのお母さんなら、6年前に死んだよ』


『……死んだ?あの女が??』


『僕は詳しくは知らない。でも、6年前にシムルのほとんどの神族は同時に死んだって聞いてる。

残ったのはまだ小さかったジュリと、あともう一人だけらしい』


「ブランド」が急に黙った。仇敵が死んだならてっきり歓喜するかと思ったのに、どういうことだろう。


『どうしたんだ、嬉しくないの』


『神族は簡単には死なない。テロメア限界の関係で700年すりゃ寿命で死ぬが、あの女の寿命はもう少し先のはずだ。しかも同時に死んだとか、意味が分からん。……俺のいない間、シムルはどうなっている』


『無茶苦茶なことになってると聞いてる。イルシアは帝国に攻められ、帝国を含めたかなりの土地が『死病』という病気に冒されて存亡の危機にあるらしい。

そして、その死病をなんとかするためにウィルコニアを奪おうと、明後日帝国からの刺客が来る。全員、魔剣持ちだって』


『……どういうことだこれは。誰がやった?モリファス帝国に何が起きている?』


『僕が知るわけないじゃないか』


「ブランド」がまた黙った。シェイダさんが『早くしないと、ここの人に気付かれるわよ』と耳打ちする。確かに、病室にずっといるわけにもいかない。


「ブランド」が、再び脳内で喋りだした。


『……俺としても支配すべきシムルが滅ぶのは望ましくない。何より、俺の『兄弟』たちが何を考えているのかさっぱり分からん。

ひとまず、神族殺しは後回しだ。さしあたりはお前に協力してやる。とりあえず俺の柄を握れ』


『協力?』


『そうだ。俺を使って、この爺に生命力を戻そうっていうんだろう?お前が十分な魔力を『食わせて』くれるなら、手助けしてやる』


『……分かった』


しゃがみ込み、剣を手に取る。

瞬間、全身の力が吸い取られそうな錯覚を感じた。歯を食いしばってそれに耐えると、『いいぞ』と「ブランド」が愉快そうに反応した。


『なるほど、これは極上だ。あのサカガミとは比較にならんな。柄を強く握って、俺の剣先から雫を垂らせ』


『雫を垂らす?』


『簡単なことだろう?イメージ通りやればできるはずだ』


僕は雑巾絞りの要領で、柄を握る手に力を込めた。すると黒い液体のようなものが剣先に染み出して来る。これを高崎に垂らせばいいのか。


……ポトン、ポトン……


みるみるうちに、浅黒かった肌に血色が戻ってきた。肌の皺も消え、身体そのものが徐々に蘇ってきたのが僕にも分かる。


『もういいぞ』


1分ほどして、「ブランド」が告げた。高崎は、抜け落ちた髪を除けばほぼ元のように戻っている。

それにしても、僕の消耗は大きい。怠さと疲労で、この場で倒れたくなるくらいだ。


よろめく僕を、シェイダさんが支えた。


『ヒビキ、大丈夫?』


『……正直、キツいですね……これをもう一回、ですか』


『やっぱり、私が代わりにやった方がいいんじゃない?グレイスワンダーの意思なのかもしれないけど』


『いえ、僕が、やります』


多分、「ブランド」はさっきのようにシェイダさんを拒絶するだろう。結局、僕しかやり遂げられる人間はいないのだ。

幸い、ここは病院だ。激務の医者向けに高めの栄養ドリンクが売られているはずだ。それを飲んで、何とかやり過ごすしかない。


「……ん……」


高崎が目を覚ます気配がした。それとほぼ同時に、誰かが部屋に近付いて来る足音が聞こえる。もう部屋を出ないとまずい。

僕は急いでグレイスワンダーを箱にしまい、ふらつく足で病室を出た。「ちょっと!?」という中年の看護師の声を尻目に、シェイダさんと必死で廊下を駆ける。

「先生っ!!高崎さんがっ!!?」という叫び声が病室から聞こえた。何とか逃げ切れそうだと思うと同時に、僕はなぜかこんなことを考えていた。


「ブランド」が言っていた「テロメア限界」という言葉。あの言葉には、少し聞き覚えがある。確か、何かのゲームで見たことがある言葉だ。

化学か医学の用語だったような気がするけど、なぜそんな言葉を「ブランド」が知っていたのだろうか。

シムルの言葉にそれと似たようなものがあって、僕が勝手にそう翻訳したからなのか。だとしても、かなり変な感じがする。



この違和感の正体が分かるのは、ずっと先のことだ。




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