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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第15話「大魔卿ギルファスとペルジュード隊長カシュガル」
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「早がったな」


津軽訛とともにドアが開いた。リビングではラヴァリがお茶をすすっている。


『よ』


表情からは緊迫した様子はない。異常事態というわけではなさそうだ。タクシーを使って急いだのだが、取越苦労だったか。


『メリアが呼んでいるという話だったが』


『今はちと寝とるわ。起きたら声かかるさかい、ちょい待ち』


ずずっと日本茶をすすると、『にしてもほんま美味いな』とラヴァリが感嘆混じりの溜め息を付いた。


「言葉は通じないが、あの男美味いものには目がないようだな。メリアさんもグルメだっだが」


玉田の言葉に、ノアが『そうかもしれないわね』と頷いた。


『というより、シムルの食事が貧しすぎるのかも。あたしもここに来るまではそれが普通だと思ってたけど、全然違うもの。だからこっちの食事に対する興味が強いのよ。

イルシアの人たちがハタケヤマさんたちに感謝してるのも、食材の質が高いからかもね。オオクマも料理とか色々教えてるみたい』


「確か、塩や砂糖は貴重品なんだよな」


『特に塩はね。純度の高いものは魔洸石として使われるし、そっちに回っちゃう。あと、遥か南方のパンギリス大陸から来る香辛料は、王侯貴族しか手に入れられないわね。

地理的に遠いイルシアじゃ、あたしたちでもまず無理。パルミアスからのハーブ類は豊富だからそれで香り付けはしてるけど』


「仮にシムルとの交易となれば、やはりその辺りが求められそうだな」


『そうね。ペルジュードに対する交渉でも、その辺りは持ちかけてもいいかも』


「食い物で釣る、というわけか」


『塩についてはそれ以上の意味をもつと思う。岩塩が簡単に手に入ると知ったら、相当驚くと思うわ』


それだけでペルジュードが退くとは思えない。ただ、有力なカードにはなる。

日本はおそらく世界で最も食にうるさい国の一つだ。農業国では全くないが、この国の食材や調味料はシムルにとっても決して無視できない交易品になるだろう。


部屋を見渡すと亜蓮がいない。外出中かと思い玉田に訊くと、「もう青森さ向かっでる」という。ノアが露骨に安堵したのが分かった。


『ヤナギダは、護送の準備ってわけね』


「そうだ。こちらの意図を悟られないように、万全の態勢で応じると言っでだ。亜蓮さんがいで、暴れるような馬鹿じゃねえとは思うが」


その時、脳内に直接弱々しい声が響いた。



(客人が来られましたか)



流暢な日本語で、シムル語ではない。あるいは一種のテレパシーのようなものだろうか。

ラヴァリが立ち上がり、『様子見てくるわ』と寝室に向かった。


『こっち来て欲しいとのことやで』


寝室には痩せ細った女性がいた。前に見たときよりはわずかに血色が良いが、しかし「悪液質」の状態にあるのには変わりがない。

目には光があり、それがかえって不気味な印象を与えている。メリアの視線が、俺とノアを交互に見た。


(話には聞いています。あなたがマチダ、そしてその子がノア・アルシエルですね)


『『念通エムルパル』での会話?さすが……というより、話せないの』


訝しそうなノアに、メリアがかすかに笑った。


(喋るには体力が落ちすぎました。こちらの方が遥かに楽なのです。無礼は承知、許してくださいね)


ラヴァリが小さく首を振った。


『前に言うたように、俺にはあくまで病状を遅くすることまでしかできん。

正直、寿命はもう一週間はないわ。俺にはこれが限界や』


(分かっています。シュンやアレンが、ウィルコニアを使って私を治そうとしていることも、それにイルシアの人々が同意したということも聞いています。

ただ、私はここまでの命です。それより優先されるべきことは、もっとあるはずです)


俺はノアと顔を見合わせた。


「……どういうことです」


(ペルジュードの人たち、そして父様が望んでいることが何かはご存知でしょう。「死病」からの救済。そちらのほうが、遥かに大事です)


「ちょっと待ってください!?しかし柳田さんは、あなたの意志を知っているのでは!?」


思わず声を荒らげた俺に、メリアは目を閉じる。


(ええ。だが、それは後の話だと。アレンも同意見です。「死病」への対応は、この世界の技術であれば解決できる可能性があると。

ならば、ウィルコニアを以てしか救えない私を優先するというのが、シュンたちの意見です。彼の言わんとしていることも分かりますが……

やはり私は、シムル人なのですね。生まれ育ったあの世界のことが、やはり一番大事みたい)


「俺たちをここに呼んだ理由は、柳田さんたちを止めて欲しいということですか」


(説得しても聞く人じゃないです。あなたたちにはせめて、ペルジュードの人たちの意向を少しでも汲んであげて欲しいということしか言えません)


ノアが小さく息を吐いた。


『でも、交戦状況にあるイルシアとしては、どんな理由があれ帝国の連中に手を貸すことはできないわ。ヤナギダならまだしも、帝国のためにウィルコニアは使わせられない。

あと、国土の浄化は多分無理とだけ言っておくわ。先代様ならともかく、今の御柱……ジュリ・オ・イルシアの力はそこまでには遠く及ばない。本来なされるべき『継承の儀』も行えなかった。

イルシアの転移も、母様とあたしたち数人の力を借りてやっと王宮周辺しかできなかった。その辺りも理解して欲しいところね』


(ただ、この世界の医学で死病を撲滅できる保障もない。発見が遅れたとはいえ、私のメラノーマもどうにもできなかった。科学技術がシムルより進んでいるといっても、限界はあるのです。

となれば、ウィルコニアの力を何かしら使うしかない。それが私の出した結論です)


『……平行線ね。ただ、ペルジュードには一度お引取り願わないといけない。あなたを治すのにどれぐらいジュリが消耗するかは分からないけど、その後でも問題ないはずよ。

あたしたちのシムルへの再転移の時期はさらにずれ込むけど、それは多分皆飲める話。一定の自由が確保されればだけど』


(……そうですね。それはその通りです。ただ、もう一つの問題が……)


『もう一つ?』


その時、ベッドの近くにある化粧台の鏡が光った。メリアが(やはり口を出してきましたか)と脳内に語りかける。


「口を出す??」


(ええ。父様です)



光が収まると、鏡の向こうには漆黒のローブを着た、痩せた中年の男性が映っていた。頬杖をついて、微笑をたたえている。



『はじめまして、だね。異世界の青年とイルシアの白い魔女。今の話は聞かせてもらったよ。

私がメリア・スプリンガルドの父、ギルファス・アルフィードだ』




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