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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第15話「大魔卿ギルファスとペルジュード隊長カシュガル」
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15-3


浅尾副総理の部屋に入ると、むわっと煙草の濃い臭いが鼻を突いた。ノアが一瞬顔をしかめる。


「そこに座んな」


俺たちを一瞥もせず、不機嫌そうに浅尾は灰皿に紙巻き煙草を押し付けた。灰皿には既に5、6本の吸い殻が積まれている。


「失礼します」


重苦しい空気の中、俺とノアは浅尾の向かいに座った。綿貫は向こう側だ。


「作戦会議は済んだか」


浅尾が軽く睨むと、綿貫の表情が凍り付いた。浅尾は煙草にマッチで火をつける。


「事情は既に綿貫から聞いている通りだ。俺が今何を考えているのかも、お前さんたちなら察してるだろ」


「異世界の、イルシアの人間はトラブルを持ち込みかねない、だから今後は日本政府の厳しい統制下に置く、ですか」


「その通りだ。花巻教授と南原助教の間に、人間的トラブルはなかった。そもそも花巻教授は恨みを買うような性格じゃねえと聞いてる。

そこに阪上の一件がありゃ、『魔剣』ってのがいかに危ねえものか簡単に見当がつく。

それ以外にもどういうものをイルシアの連中が持ち込んでいるか、想像もつかん。悪いが、身体検査を含め徹底的に改めた上で、安全性が確認できるまでは政府が管理させてもらうぜ」


ノアが険しい表情で身を乗り出した。


「安全性が確認できるまでって、いつなんですカ」


「随分短期間で日本語が上手くなったな、嬢ちゃん。それはともかく、文字通りの意味だ。1ヶ月か、半年か、それとももっとか。

こちらとしては元々、安全保障の観点からイルシアを管理下に置くつもりだった。時期が早まっただけだな」


「移動や行動の自由も、制限されるということですネ?ただ、間違いなく反発がありますヨ」


「承知の上だ。そっちの自由より、こちらの安全のほうが大事だ。知ってるかどうか知らねえが、『公共の福祉の為なら人権は制限され得る』と、この国の憲法も規定している」


「『ケンポウ』?」


「国の最高法規のことだ」と耳打ちすると、ノアは軽く首を振った。恐らく、近代的な法体系や人権に対する考え方を、イルシアの人々は持っていない。浅尾の言うことは正論だが、恐らく受け入れがたいものでもあるだろう。


「そこですが、日本政府に一定程度の便益を供与する代わりに、一定の自由を保障するのはどうですか」


「便益?」


俺はさっき綿貫に話した内容を、改めて浅尾に説明した。浅尾は目をつぶり、腕組みをしながらそれを聞いている。

一通り話し終わると、浅尾は煙草を灰皿に押し付け、再びマッチで新しい煙草に火を付けた。煙草特有の刺激臭が、部屋に広がる。


「……見返りをやるから自由を認めろ、ってか」


「もちろん、イルシアの人々の説得は私がやります。イルシアの指導者、ゴイル氏は話の通じる人間です。政府の事情もある程度は理解してくれるはずです」


「……それはいい。だが俺としては、お前さんたちがここに来た本当の理由を聞きてえんだよ。

ずばり、助けを求めている。どうだ、図星だろ」


「……どうしてそれを」


浅尾が鋭い目で俺を見た。


「タイミングが不自然だ。阪上の件の後始末なら、わざわざ直接俺に話をもちかけないはずだ。そもそも、お前さんたちは柳田とも接触を持っている。柳田を飛び越して俺に話を振るってのは、どうにも変だ。

柳田に知られず、しかも俺の協力を得たいという何らかの理由があるはずだ。で、それは何なんだ?」


「柳田官房副長官の素性は、既にお聞きに」


「シムルの関係者で、イルシアと敵対関係にあるサイドの女が内縁の妻、だろ。綿貫からある程度は聞いてる。

それを知ってからは、あいつは公安の最重要監視対象だ。あいつが何を考えているのかは昔から分からねえとこがあったが、いつ拘束してもいいような態勢は整えてる。

大方、お前らと柳田が対立して、その仲裁を求めたいってとこだろ?俺は乗らねえぞ」


俺は内心安堵した。浅尾には正確な情報がまだ伝わっていない。これならまだ交渉の余地がある。


「少し違います。柳田官房副長官経由で、イルシアに対しシムルから工作部隊が送られると知りました。その撃退に、ご協力いただきたく」


浅尾の顔色がさっと変わり、吸っていた煙草を慌てたように灰皿に押し付けた。


「工作部隊、だと??」


「ラヴァリが所属していた部隊、『ペルジュード』です。彼らの目的は、イルシアの制圧。ラヴァリの殺害も入っているようです。

少数精鋭で、人数は5人。彼らを『なるべく騒ぎにならずにシムルへと送り返す』のが、私たちの目的です」


「……いつ来るんだ」


「明日、青森県H市に。柳田官房副長官は、彼らに協力するふりをしつつ、私たち同様に彼らを送り返そうとしています。

明後日の襲撃直前に彼らと交渉し、お引取り願うというのが今のところの筋書きです」


「んなもん来たところを待ち構えて拘束すりゃいいだけだろ」


「たった5人で500人近くがいるイルシアを制圧しようという連中です。政府側に被害が出ないとは言えない。

そして、そうなればイルシアの立場は更に悪くなる。『騒ぎにならずに』と言ったのはそういうことです」


額にシワを寄せて、浅尾は既に火が消えた煙草をグリグリと灰皿に押し付けた。


「話の通じる相手なのか?まさか、例の『魔剣』を持っているんじゃねえだろうな」


俺は唾を飲み込んだ。これはもう、正直に言うしかない。


「……ラヴァリからの情報では、そのように」


「……マジで厄介だな、おい」


ノアが話に割って入った。


「ただ、ペルジュードさえ何とかすれば、イルシアとその存在がこの国に害を与えることはないと確約しまス。

そして、彼らが求めていることも知ってまス。シムルで蔓延っている深刻な疫病の収束でス。この国にその疫病の治療法があれば、イルシアを攻撃せずとも彼らは引き下がるかもしれませン」


「疫病?コロナみたいなもんか」


「コロナが何かはしりませン。ただ、幾つかの国が滅びかけていまス。イルシアには流行が来る前でしたガ」


「治療法がこっちにあると決まったわけじゃねえだろ。……ただ、その場しのぎの口実にはなるか。文明レベルとしては、多分こっちの方が上だろうからな」


俺は頷いた。話がわずかながらだがこちらにいい方向に転がってきている。


「少なくとも医学方面では、こちらが上と思います。彼らにそれを伝え、一度撤収させる。

シムルで流行している『死病』は飛沫感染はしないようです。死体になって初めて、人に伝染ると。それと、土壌汚染も同時に発生すると聞いています。

致死率の極めて高い厄介な病気ではあるそうですが、後日患者をこちらに連れてくることは可能かと」


「それで治療法を探すってわけか。言わんとしていることは理解した。

そして、交渉の際に万一のために俺……というよりは警察に警護を頼みたい。そういうことだな」


「そういうことです」


浅尾がもう一度煙草に火をつけ、深く吸った。白煙を長く吐き出すと、「分かった」と小さく口にした。


「お前さんたちの計画が全て成功裏に終わった段階で、そちらの要求は飲もう。基本的に日本政府の管理下には置くが、ある程度の自由は認める。

ただ、少しでもトラブルがあったり、一般人に危害が及ぶようなことがあれば、俺の言う通りにしてもらうぜ。

それと、一つ気になっていることがある。……なぜ柳田をすっ飛ばし、俺に話を持ってきた」


「柳田官房副長官の目的は、極めて私的なものです。こちらはその実現には協力するつもりです。

問題は、それを満たした後。あなたとしては、イルシアの権益は極力自分がコントロールしたいのでしょう?」


「……分かってるじゃねえか。財務省時代は融通が利かない奴だと聞いてたが、意外と政治家向けだなあ、おい」


ニヤリと浅尾が笑った。


「まあ、柳田は俺に任せろ。何かあったら全部あいつになすりつける。上手く行っても権益はこちら側だ。

あいつが野心家なのは知ってる。牙を剥くようなら、それなりのことはする」


「……とりあえず、彼が息子を連れてきたら気をつけて下さい。彼の身の回りに死人が多いのは、偶然じゃない」


「……心しておくよ」


そう言うと、もう一度煙草を深く吸った。



『何とか上手く行ったわね』


議員会館を出ると、安堵の表情でノアが言った。浅尾には浅尾の計算があるのかもしれないが、ひとまずは彼の協力は得られそうだ。

細かい計画は、この後綿貫とやり取りすることになる。「監視カメラの設置と別室での警官待機ということで対応することになるだろうな」とのことだが。


スマホを見ると、玉田からの着信が入っていた。既に治療は行ったはずだが。


「もしもし。何かありましたか」


「俺もよく分からねけど、メリアさんがお呼びだ。すぐに六本木さ来れるか」



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