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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第14話 「C市市長秘書・石川渚とC市警察署警部・中川仁志」
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14-10


自宅に戻ったのは午後10時を少し回った頃だった。

飲み足りないのか、ラヴァリは柳田たちと別れた後に『もうちょい飲ませてくれや』と食い下がったが、さすがに祝杯を上げるにはまだ早すぎる。

不満げなラヴァリをイルシア王宮まで送り、ようやく長い長い1日が終わろうとしていた。


『ふう……さすがに、疲れたわね』


ノアもソファーに寄りかかり、髪をかきあげて一息付いている。「ソルマリエ」のおかげで魔力自体は大幅に底上げされたが、それでも消耗は激しかったようだ。

俺は冷蔵庫から、ストックしてあった栄養ドリンクの瓶を取り出して手渡した。


「お疲れ様。今日は本当に助かった。ありがとう」


『いいの。あたしもトモに無理をさせちゃったし。『増幅の加護』がどこまで効くかは、一種の賭けだったもの』


「肉体増強みたいな、あれか」


コクンとノアが頷いた。


『トモとの魂、そして魔力的繋がりができてなかったらあれだけ上手くはいかなかった。

それに、効いたとしてもトモは多分戦ったことなんてないでしょ。だから、どこまでやれるかは本当確信がなかったの。

危険に晒すようなことをして、本当にごめんなさい』


俺は気落ちするノアの隣に座り、頭を軽く撫でた。


「阪上がああなった時点で、覚悟はしてたさ。もともと全て上手く行くと思ってたわけじゃない。こちらに被害がほぼ出なかったんだから、胸を張っていいんじゃないか」


『……そうね』


ノアは栄養ドリンクの瓶を持ったまま、俺に体重を預けた。リビングに、しばしの沈黙が流れる。

ノアが濡れた目で俺を見上げる。思わず唾を飲み込んだ。……これは、そういうことでいいのだろうか。


彼女が目を閉じ、唇に顔を寄せようとしたその時、スマホからLINEの着信音が聞こえた。

「空気を読めよ」と内心で毒づき、一度「ごめん」と身体を離す。


「……綿貫からだ」


『……むう』


ノアが不満げに頬をふくらませる。LINEには、明日11時に議員会館に来て欲しいとの連絡があった。


「浅尾副総理も、ちょうど今日の件で話がしたかったらしい。メリアの治療の件もあるから、明日東京までついてきてくれないか」


『分かった。ナカガワさんの部下やタカサキの治療もしたいけど、それは後回しかしら』


「ペルジュードの一件が終わってから、だな。一応間に合うんだろ?」


『うん。2人とも1週間ぐらいならもつと思う。サカガミはずっと深刻ね。ほぼ寿命がないと思うわ』


「ならシェイダは明日にでも向かわせた方がいいか。確か、M町のS玉医科大学病院に入院したと聞いた。高崎たちと同じ病院だな。こっちの土地勘はないはずだから、そっちは市村に任せるか」


『そうね。それがいいと思う。明日朝、イルシア王宮に行ってお願いしてみる』


ノアは栄養ドリンクの蓋を開け、一気に流し込んだ。『毎回思うけど、この変な味だけは慣れないわ』と顔をしかめながら言う。


『トモも飲んだら?疲れてるでしょ』


「……そうだな」


俺も栄養ドリンクを取り出し、一口液体を舐めた。苦いのか甘いのかよく分からない味がする。

それとともに思考が活性化していく。思うのは、柳田が言う「プランB」だ。


ペルジュードがどこまで平和的に動くのかは分からない。ラヴァリが言うには、『基本は諜報部隊やから、いきなり喧嘩腰では来んはずや』とのことだが。

ただ、『目的の為なら手段は選ばん』とも言っていた。特に隊長のカシュガルという男は曲者らしい。

モリファス帝国の上級貴族の出で皇帝セレス1世の親友とのことだが、「第三次人魔戦争」では一種の自爆テロを部下に実行させ万単位の犠牲者を魔侯国に出させたという。

『利には聡いけど、絶対に最後の最後まで信用してはならんで』とラヴァリが深刻な顔をして言っていたのが思い出された。


さすがに柳田は、自爆テロになるようなものは交渉に持ち込ませないだろう。亜蓮も目を光らせている。交渉にはノアも同席する以上、下手な手は打てないはずだ。

それでも、不安は拭えない。何かあった時に、すぐさま鎮圧に動けるような態勢を事前に作っておく必要がある。柳田に腹案があるのかもしれないが、こちらはこちらで何かしら考えないといけない。


その意味でも、明日の浅尾副総理とのアポは重要だ。彼がどこまで協力してくれるか。


浅尾副総理は警察に強いコネクションを持っている。岩倉警視監との接点が持てたのも、彼の力が大きい。

ただ、犠牲者が出かねない「プランB」の存在を知ってなお、積極的に動いてくれるかは分からない。この国の自衛隊や警察は、血が流れることを基本的には忌避する。リスクを取ることに消極的な彼らが、どこまで動いてくれるかは確信が持てない。


『難しい顔をしてるけど、考え事?』


ノアが心配そうに覗き込んできた。俺は頷く。


「交渉時の武力衝突の可能性を考えていた。イルシアにも、協力をお願いしないといけないかもな」


『……そうね。ただ、近衛騎士団の面々はこの世界だと目立ちすぎる。アムルが一番いいとは思うけど』


「彼女、今のノアよりも強いのか」


『どうだろ。でもあのオオクマとはなんか上手くやってるみたい。というか、日常的に『吸われてる』はずなのに相当頑強よね。

彼が近くにいる限りにおいては、あたしかそれ以上の武力にはなると思う。言ってみれば、常時魔力が全開の状態なわけだし』


なるほど。大熊とはたまに話すが、アムルとの距離が縮まっていると嬉しそうに話していた。この前はキスもしたらしい。「精気」を糧とする彼女にどこまでの恋愛感情があるかは分からないが。

ともあれ、日曜日の交渉の場に、大熊とアムルを置くのは一手かもしれない。それで足りればいいのだが。


俺は栄養ドリンクをもう一口飲んだ。体温が少し上がっていくのが分かった。高いやつだけあって、即効性には優れている。


ノアがもう一度身を寄せてきた。


『……あと、ありがとね』


「ん?」


『母様の件。トモがああ言ってくれて、やっとすっきりした。母様が悪意を持って動いたなんて、信じたくなかったの』


「俺のはただの推測、そして願望だよ。そうであって欲しいなというだけのことさ」


ノアが小さく首を振る。


『ううん、多分トモの言ってることは正しい。母様はあんなことをする人じゃない。……確かに、先代様ならやってもおかしくなかった。あたしも、先代様についてよく知っているわけじゃないけど』


「そんなに冷酷な人物だったのか」


『冷酷、というのとは違うの。いつも笑顔を絶やさず、お優しい方だった。

ただ、あの方は常に『正しい判断』を下される方だった。笑顔で、『それより道はないのですよ』と酷なことを言われることもあったわ。

ジュリはそんな先代様を慕いながらも嫌ってた。ジュリが潔癖なまでに誰かを傷つけることを厭うのは、そういうことが背景にあるの』


「ノアは、先代様をどう思ってるんだ」


少しの沈黙の後、『分からない』とノアは呟いた。


『先代様がお隠れになられた時、あたしは魔術学院を出たばかりだった。あの方を詳しく知ってるわけでもない。

ただ、あの方を殺そうとしていた人がイルシア国外にいても不思議ではないと思ったわ。他国にいる神族が、ほぼ同時に全員亡くなったのは全く分からないけど』


「……そうか」


『母様が何を考えていたかは知りたい。でも、少なくともグレイスワンダーの件については、母様なりになんとかしようとしたんじゃないかと思ってる。

結果はこんなことになっちゃったけど……『未来視』も、10年、20年先のことまでは分からないみたいだし』


俺は髪をすくように、ノアを撫でた。彼女の重みが左肩にかかるのを感じる。

体温が上がっているのは、栄養ドリンクだけのせいではない。……そのはずだ。


ノアと目が合った。首に手を回して、顔を近づけてくる。目をつぶった彼女の唇に、自分のそれを軽く合わせた。


身体を離すと、ノアが顔を赤くしている。キスをしたのは、今回が初めてではないはずだが。


『えっと……ちょっと、お願いがあるんだけど。今後のために』


「何だ?」


『あの、できればでいいんだけど。……『魔紋』を見せた時点で魔力的な接点はできたんだけど、それを強めるには……えっと、その……まぐわった方がいいって、魔術学院で……』


「……まぐわう?」


ノアの恥ずかしそうな顔を見て、それが何を意味するかようやく理解した。つまり、抱いて欲しいというのだ。


「……だけど、体力的にかなりしんどいんじゃないのか」


『あたしは、多分大丈夫。トモの方が、体力的に心配だけど……』


確かに、疲労はある。ただ、さっき飲んだ栄養ドリンクのおかげで、それなりに体力は戻っている。


何より、目の前の少女が愛おしいという気持ちが溢れている。……実年齢は俺とそう変わらないから、少女と言うのは失礼なのだが。


セックスは、もう何年もしていない。まして、これだけ小柄な女性を抱くのは初めての経験だ。上手くやれるかという自信もない。

ただ、今ノアを抱かないのは、彼女に悪い気がした。実際、「魔力的接点」とやらが強められるなら、それは今後にも効いてくる。多分、そこまで考えた上での提案なのだろう。


「よっ」


『ひあっ!?』


俺はノアをいわゆる「お姫様抱っこ」のやり方で抱えた。体重が軽いこともあって、簡単に持ち上がる。


「上手くやれるか分からないが、それでもいいか?」


『う、うんっ!!よろしく、お願いします……』


照れくさそうに言うノアの頬に軽くキスをして、俺はそのまま2階の寝室へと向かった。



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