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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第14話 「C市市長秘書・石川渚とC市警察署警部・中川仁志」
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14-5


予定の時間より、大分早い。そして、柳田は俺たちの居場所をどうやって知った!?



ノアが冷や汗を流している。その視線の先には……後部座席でスマホを弄っている、亜蓮がいた。



「……どうしてここに。予定より、随分早いですが」


「別件で立ち寄らねばならないところがありましてね。その近くに、たまたまあなたたちがいた。それならばということです」


「別件?」


「君たちには関係のないことです」


柳田が振り返り、「亜蓮」と呼んだ。少年はスマホをポケットにしまい、不機嫌そうにこちらにやってくる。ノアの表情が、さらに強張った。


「まず、先日はうちの亜蓮が無礼を働いたようです。彼に代わって、深くお詫び申し上げます」


柳田は軽く頭を下げる。亜蓮も不承不承、軽く一礼した。命を狙われたにしては、軽すぎる謝罪だ。


「……そんなことをしても、水に流せはしませんよ」


「ええ。もちろんそうでしょう。君たちが私たちにどういった感情を抱いているか、そこまで分からないほど私も馬鹿じゃない。

ただ、『今のところは』君たちは私の敵じゃない。むしろ協力して欲しいとすら思っている」


「……どういう意味ですか」


「それを話すには、ここじゃ人目に付きすぎる。君の自宅で話しましょう。どうですか」


「別件とやらは、いいんですか」


「そちらは時間をずらしてもらえば、それで十分ですから」


誰かとの約束だろうか。あるいは、阪上と会う予定でもあったのか。市村からのLINEにはそのような記述はなかったはずだが、可能性は否定できない。


とにかく、断って心証を悪くする理由はない。何より、阪上を「終わらせる」ためには、柳田の協力も得ないといけないのだ。


「分かりました。タクシーで向かいますので、ついてきてください」


タクシーに乗ると、ノアが『本当にいいの?』と念を押してきた。


「正直ここで会うなんて、全く予想外だった。仕方ないだろ」


『確かに。隙あらばアレンは、魔法を使う準備をしてた』


俺は絶句した。ノアの表情は、相変わらず強張っている。


「……あの場で俺を殺そうとしたら、間違いなく騒動になったぞ」


『ええ。ただ事じゃ済まなかったでしょうね。でも、あいつはいつでも動けるようにしてた。ヤナギダの指示かもしれない。

『ソルマリエ』でシムルにいた時並みに魔法を使えるようになったけど、なおあいつを何とかできる自信はないわ』


「……現状でもようやく良くて五分、か」


『もう少し悪いわね。後ろの車、運転してるのはタマダよ』


振り向くと、確かに運転手は玉田だ。いつの間に、柳田の元に戻っていたらしい。


「数の上でも負けている、というわけか」


『そういうことね。交渉が決裂したら、多分あたしたちを始末するつもりよ』


「警察が動くぞ。ただでさえ、自宅を襲われた直後だ」


『あたしはこの国の司法がどうなってるか詳しくないけど、アレンのやり方だと自然死と見分けがつかないわ。殺しても、捕まらない自信があるのよ』


「……厄介極まりないな」


交渉の内容は未だ見えてこない。もし飲めない内容だったら、覚悟を決めておいた方がいいかもしれない。鼓動が緊張で急激に早まるのが分かった。

ノアもしきりに汗を拭っている。家に着くまでの10分強が、酷く長く感じた。重苦しい沈黙が車内を包む。

タクシーを出ると、むわっとした空気が身体にまとわりついた。それがまた酷く不快で、心をさらに不安にさせた。


「こちらへどうぞ」


極力平静を装いながら玄関の鍵を開け、リビングに柳田たちを通す。1日家を空けていたのもあり、空気はどこか淀んでいる。とりあえず、クーラーを強めにかけてそれを紛らわせようとした。


アイスコーヒーの準備をしていると、ノアと亜蓮が互いを警戒し合っているのがすぐに分かった。玉田もそれに気付いているのか、落ち着かない様子で視線をさまよわせている。


この中で落ち着いているのは、ただ一人。柳田だけだ。


「お気遣いどうも」


コーヒーのグラスを置くと、無表情で柳田が頷いた。言葉遣いは丁寧だが、抑揚がほぼなく全く感情が読み取れない。政治家というより、ロボットか何かのようだ。


「単刀直入にお聞きします。俺に会おうと思った理由は何ですか」


「その前に、まず心からの御礼を。妻……メリアの件、本当にありがとうございました。亜蓮は収まらなかったようですが、わずかでも生き永らえさせてくれたことは、感謝してもしきれない」


さっきの形だけの詫びと違い、今度の柳田の礼は深く、長いものだった。亜蓮からは、「納得できない」という感情がありありと出ていたが。


「治ったわけではなく、定期的に治癒魔法をかけても病状の進行を遅くできるだけということですが」


「その時間こそが重要なのです。そうして彼女に時間ができたからこそ、私たちはここにいる」


「……というと」


「私から君たちにお願いしたいことは、ただ一つです」


柳田はブラックのままのアイスコーヒーを口にした。



「『聖杖ウィルコニア』を、妻に使わせること」



俺の背筋に冷たいものが走った。……そう来たか。



同時に、ノアが叫ぶ。


『そんなの、できるわけないでしょ!!』


「なら交渉はここまでです。こちらは法に従って粛々と、イルシアにあるものを押収するだけです。ただ、もちろんそれに見合う見返りは用意しています」


『見返りって、何よ!?』


「阪上市長の暴走を止めることに対する全面協力。そして、週末に青森に来るであろう『ペルジュード』の抑止。浅尾副総理への懐柔も行いましょう」


『……!!!』


顔を紅潮させたまま、ノアが黙り込んだ。俺も思わず額に手をやる。



正直、相当に巧妙なやり口と言わざるを得ない。

到底受け入れがたい要求と、それに見合うかそれ以上とも思える見返りを、逃げ場のない状況で同時に提示してきた。しかも、要求を呑まなければ修羅場は不可避という場面で。



ウィルコニアを使えば、確かに間違いなくメリア・スプリンガルドの病は治るのだろう。柳田にとって、最大の目標はそこにある。

だが、イルシアの人間が敵に塩を送ることをよしとするだろうか。そもそも、ウィルコニアの使用がどれだけの負担になるかは不明だ。「大転移」の際には数人がかりで、しかも相当な魔力の消耗を伴ったと聞いている。

いつかは元の世界に戻るつもりの彼らが、自国に直接的な利益をもたらさない使途での利用を許可するだろうか。ノアが激高したのも、そういうことなのだろう。


半面、要求を呑んだ時の見返りは莫大といっていい。少なくとも、ウィルコニアが使われるまでの間は、柳田と亜蓮はこちら側につく。目下の懸案である阪上に対しても、その排除に動いてくれるとするなら、これ以上ありがたいことはない。


そうなると一つ、引っかかることがある。


「……一つ、訊いていいですか。「ペルジュード」への対応にも協力してくれるというのは、どうして」


「彼らの目的はウィルコニアと『御柱』の奪取。そして、彼らがそれを使って成そうとしていることは、『死病』に冒されたシムルの浄化です。

義父からもそれは伝え聞いています。確かに、彼らにとって死活問題であるのは疑いない。

ただ、私にとって、そして亜蓮にとっては、行くことがない異世界の運命より、メリアの命の方が遥かに大事だ」


ノアが唖然としたように呟く。


『……シムルと1人の命を秤にかけて、後者を取るというの……?』


「あなたはこの世界の人間ではない。そして、遠い地の戦争で何万人が死んでいてもそれを気にかけることもしない。それは当然のことです。

もし仮に、町田君が死の病に冒されていたとして、戦争を止めるか彼を治すかの二択を迫られたらどちらを取りますか?」


『……』


「人は自分の周りの世界しか、結局は認識できないのです。それは私であっても」


柳田が、初めて微かに微笑んだ。


「メリアさんを救ったとして、その後はどうするというんです」


『彼女には彼女の使命がある。元々、そのために彼女はここに来た』


「使命?」


柳田は目を閉じ、静かに口を開いた。



「この世界とシムルとの交易ルート開拓。そして、将来的な相互移住。彼女はいわば、一種の先兵と調査員なのです」



クーラーを全開にしているはずなのに、酷く暑い。いや、この汗は暑いから出ているのじゃない。混乱する脳を、本能が冷やそうとしているのだ。


「……それは、どういうことなんですか」


「ここから先は、私の提案に君たちが同意してから話すとしましょう。繰り返しますが、回答はこの場で。君たちが同意しなくても、ウィルコニアは入手できますから」


「……でも、俺たちの協力があった方が望ましいと考えている。それはどうしてですか」


「いい質問です」


再び柳田が微笑した。ほとんど表情に変化がないだけに、それがかえって不気味に見える。


「まず、『ペルジュード』の抑止となると、普通にやると相応の被害が出かねない。私としても、それは避けたい。イルシアの協力があった方が、彼らを止めやすいと見ているわけです。

もう一つ、阪上市長の暴走です。佐藤先生から昨日連絡がありまして、彼と党幹部との面談を調整して欲しいと。ただ、いつ逮捕されるか分からない相手と組むのは、リスクが余りに大きい。まして、シムルと何らかの関係性があった人物なら、なおさらです」


「……両方の排除に、俺たちの力が必要だということですね」


「そういうことです。さて、結論を出して頂きましょうか」


こんなこと、俺の独断ですぐに結論など出せるわけもない。一度持ち帰って、ジュリやゴイルたちと話し合うべきだ。

しかし、それはできる状況にない。実質的にこれは交渉ではない。強制だ。


俺は大きく溜め息をついて、ノアを見る。彼女も視線を下に落とし、額に皺を寄せていた。悩んでいるのは、彼女も同じだ。


「……ノアと、少し話をしていいですか。それほど、お時間は取らせません」


「いいでしょう」


俺とノアは立ち上がった。……決断をしなければいけない。



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