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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件について  作者: 藤原湖南
第13話「使い魔ラピノと片桐百合子」
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13-6


『じゃ、行ってくるわね』


「ああ。迷ったら場所は電話で伝える」


『了解。やっとこれの使い方も分かってきたわ』


ノアは市村のスマホをポチポチと弄った。こちらに来て2週間以上、元々の理解力の高さもあってか、ノアは一通りの家電はある程度使えるようになっている。


『それじゃご主人、よろしくですニャ』


『うん。トモ、着いたら連絡するわね』


そう言うとノアはラピノを肩に乗せ、夏の夜空へと消えていった。ゴイルがふうと息をつく。


『不思議なものだな、あんな小さな板を使うことで、離れた場所でも会話が自在にできるとは』


「似たようなものは、シムルにはないんですか」


『一応、あるにはある。『千里眼』を持つ者同士であれば、会話は可能だ。主に神族同士の会談にしか使われていなかったが』


「逆に言えば、極めて希少と」


『そうだ。使うにも膨大な魔力が要る。もちろん私では使いこなせぬものだ。神族の血を濃く引いていたランカが、何回か使っていたのを見たことがあるが』


「ノアの母親、ですか」


ゴイルは頷くと、険しい表情を浮かべたまま黙ってしまった。シェイダも『解せないわね』とつぶやく。


「遠見の水晶がなぜこの世界にあったのか、ですか」


『そう。ランカの転移実験は、それが行われたということ自体ほとんど知る者はいないわ。今ここにいる人間だと、ゴイル閣下と私、それとランカの娘であるノアぐらい。

詳細は多分、今は亡き先代様しか知らない。転移実験の本意がどこにあったかは誰も全く分からないわけ。

私も今回の件があるまでほとんど忘れてた。ただ、『遠見の水晶』は相当に希少な品よ。置いていったのには、相応の理由が必ずある』


『そうだ。この『大転移』もランカが主導したものだった。ひょっとしたら、そこには何らかの意図があるのかもしれぬ』


あの水晶は、鈴木一家のものであった可能性が高い。問題はそれを手にした背景だ。

鈴木一家は、H市に住む裕福な家庭であったという。確か、地元ではかなり知られた洋菓子店をやっていたはずだ。そんな平凡な一家が、どうランカと関わっていたのか。そして阪上はなぜ遠見の水晶を手にするに至ったか。分からないことは依然多い。


ともあれ、今重要なのはそれを阪上から奪い返すこと。そして阪上を法の裁きにかけるということだ。


「とりあえず、一度ジュリの部屋に戻りましょう。まず、高崎ゲンの居場所です」


部屋に戻ると、ジュリは既に特定作業に移っていた。『タカサキの魔力がごく薄いから捕捉は難しいけど、大雑把な場所が事前に分かってるから絞り込みはできそう』という。


「すまない、急いでくれ。阪上が始末を急ぐ可能性がある」


『分かってる。……ここかも』


「……廃ホテル、か」


国道を少し外れたところに、蔦で覆われている4階建ての建物があった。ボロボロになった看板のロゴマークからして、恐らくは西部開発の案件だろう。

水晶は薄暗い廊下を映し出していた。電気はまだ通っているらしい。その一室の前に、滝川渓谷で見たいかつい男が立っている。見張り番ということは、この中か。


部屋の照明は暗く、監視役と思われる男がスマホを弄っている明かりがなければどこに何があるか分からない程度だった。その横にはベッドがあり、誰かが横たわっている。



そこにいた人物を見て、俺は我が目を疑った。



「……何だこれは??」



そこにいたのは、白髪の老人。痩せ細り、いつ死んでもおかしくないほどというのはすぐに見て取れた。

顔にはその面影はほとんどない。しかし、市村の凍り付いた表情で俺は察した。



「これ……高崎ゲン、です。着ていた服装が、全く同じだ……」



重い沈黙が部屋を包んだ。絞り出すように「どういうことなんだ」と言うのが精一杯だ。


『……ボクも全く分からない。ただ、これはもう『生きてるだけ』だ。そして、これは……魔法を使ったとしか考えられない』


シェイダも重々しく首を縦に振る。


『『老化』、それも相当な速度でやらないとこうはならない。神族やランカ、あるいはギルファス・アルフィードなど極々限られた人間しかできないことよ。

あるいは、強力な魔道具の力を借りたとか。でも、そんなものはこの世界にあるはずが……』


ゴイルの額の皺が、さらに深くなった。


『いや、ある。あり得る』


『え?』



『魔剣『グレイスワンダー』。ランカがあの剣までこの地に残していたとしたら??』



『冗談でしょ!!?』


シェイダの叫びに、俺はただならぬことが起きていると悟った。魔剣といえば、ラヴァリが保有していたもののはずだ。ジュリすら真っ青に青ざめている。


『そんなことが……』


『だが、そうでなければこれは説明が付かぬのです。世界十大魔剣が一つ、グレイスワンダーを以てすれば、本人の魔力を遥かに上回る魔力の行使はできるでしょう。

しかも、グレイスワンダーは命を吸う剣。生命力を奪い取り、老化を加速させることはたやすい……それは、御柱様なら存じているはず』


『……確かに。でも、まだランカが持っていると思ってた』


『私もです。『グレイスワンダー』が逸失していることは、私も想像だにしなかった。とにかく、事態は遙かに想像より深刻です』


ゴイルの視線を受けて、俺は急いでノアに電話を掛ける。数コールしてノアが電話に出た。


『もしもし?』


「そっちはどうだ?順調に着きそうか」


『うん、C市では珍しい大きい建物らしいから、大体の場所は分かった。あと2、3分で着くわ。どうしたの?』


「阪上だが、武器を持っている可能性が高い。魔剣『グレイスワンダー』というらしい」


一瞬の間のあと、『……はああ!!?』という絶叫が聞こえた。


『それって、母様が昔持っていたものよね!??』


「なくしていたのは知ってたのか」


『今の剣は、父様の形見って聞いてる。その前の剣がどうしたって話は聞いてなかったけど、昔母様が『グレイスワンダー』の持ち主だったことは、オルディア魔術学院にいた時に知ってたわ』


「そうか。とにかくゴイルが言うにはその剣である可能性が極めて高いらしい。高崎が老人の姿で見つかったが、多分それによるものだということだ」


『……洒落になってないわよ、それ。ラピノ、大丈夫?』


『ご主人の力も必要かもですニャ』という声が聞こえた。


「とにかく、無理はするなよ。魔力が戻ったとはいえ、過信は禁物だ」


『分かってる。そろそろ着くわ、また後で』


そういうと電話が切れた。俺は市村に「俺のスマホで警察に連絡して、高崎の居場所を伝えてくれ」と言うと、再び千里眼の水晶を見る。


『トモ、それでもやるのか。ノアを呼び戻さなくていいのか』


「この機会を逃せば、阪上はさらに暴走するかもしれません。何より、柳田官房副長官にアクセスしようとしているのが気になります。彼の息子、亜蓮の危険性を鑑みると、最悪の事態も考えないといけない。

せめて彼から『遠見の水晶』だけでも奪っておく必要があります。『グレイスワンダー』まで奪えるかは分かりませんが」


『……それもその通りか。イルシアとしては、有事の守りを固めておく必要がありそうだな。しかしそうなると、貴君のこれまでの努力も無に帰してしまいそうだが』


俺は目を閉じた。俺はイルシアの存在をなるべく騒ぎにならないように公表し、極力平穏な形でこの世界になじませようとしてきた。だが、それも限界に来てしまったのだろうか。

……いや、多分まだ何とかなる。というより、これが最後のチャンスだ。阪上を無力化し、暴走する前に過去の罪を証明できれば、少なくともイルシアにとっての脅威は一つ消える。


その意味で、イルシアの命運はノアとラピノにかかっている。


スマホが震えた。『着いたわ』というノアの声が聞こえる。


「そこの605号室………右から3番目の部屋だ。他の住民にばれないよう注意してくれ」


『そこは隠密魔法をかけとくから大丈夫。ジュリほどじゃないけど、そこそこの精度はあるから。着いたら、窓から侵入ということでいい?』


「ああ。入るのはラピノだけでいい。こちらも彼女の視界は共有する」


『『遠見の水晶』がどこにあるかは分かってる?』


「多分、黒い鞄の中だ。それごと持ち出した方が楽かもしれない」


千里眼の水晶には、今の阪上の視界が映っていた。スマホを片手に、しきりに「佐藤先生、お願いできませんかね」と言っている。

佐藤と言えば、11区の佐藤衆議院議員のことか。一度裏切った相手に頭を下げている辺り、かなり苦しい状況なのは間違いない。

どうやら、交渉材料として11区の対立候補、田中美奈代氏のスキャンダルを持ち出しているらしい。高齢であまり庶民受けが良くないという評判の佐藤議員にとっては、田中氏を追い落とすのは願ってもないことだろう。


「ありがとうございます。それでは柳田先生とのアポの手筈を」


やはり柳田と組むつもりか。阪上が亜蓮やメリア・スプリンガルドのことをどこまで知っているかは分からないが、柳田が俺たちと敵対関係にあることは認識しているようではあった。


「ククッ」


阪上は含み笑いをすると、例の黒い鞄を持ったまま寝室に向かった。やはり貴重品だからか、自分の身から極力離さないようにしているようだ。ある程度想定はしていたが、やや厄介だな。


ベッドでは薄手のネグリジェを着た、奴の秘書が寝そべってスマホを弄っている。阪上の存在に気付くと、口を尖らせた。


「やっと終わったんですか?」


「一応、な。随分イライラさせられたが、これで当座は凌げる」


「高崎さんはどうするんですか」


「坂本に一任だ。高崎はほぼ死んだようなものだし、俺の関与は簡単には分かるまいよ」


「ならいいんですけど。……んっ」


阪上は秘書にキスしているようだった。どうやらこれから一戦交えるつもりらしい。これは好都合だ。


「ジュリ、視界をラピノに」


『分かった』


俺は電話でノアにゴーサインを出した。ノアはすうと浮かぶと、605号室のベランダに静かに降り立つ。


「この向こうは寝室だから、その横の部屋から入ってくれ。問題は、例の鞄が寝室にあることだが……」


『そこはラピノに任せるしかないわね。行ける?』


『もちろんですニャ』


ノアは「軟化」で苦もなくガラス戸の鍵を開ける。わずかに開いた隙間から、ラピノが部屋に侵入した。

さすがに猫だけあって、物音はほとんど立てないで移動している。寝室のドアは閉まっていてどうするのかと思ったら、「人化術」で少女の姿になった。ラピノはわずかにドアを開くとまた1分ほどして猫の姿になる。やはり、人の姿のまま入るほど考えは浅くないようだった。


わずかに開いた隙間からするりとラピノは寝室に侵入した。「んんっ……そこっ……」という秘書の女の喘ぎ声が、水晶玉を通して聞こえる。

鞄はベッドから少し離れた小物入れの上に置かれている。阪上たちがセックスに集中している間なら、あるいは気付かれずに奪えるかもしれない。


そう楽観的に考えていた俺の思考は、一気に現実へと引き戻された。


「……まずいな」


ラピノの視界の端、ベッドのすぐ側に短剣らしきものが置かれている。ゴイルが『グレイスワンダー……!!』と呟くのが聞こえた。


再びスマホが震える。ノアからだ。


『どうする?ラピノだけじゃ、まずいかもしれない』


ノアはラピノと感覚を共有することができる。当然、「グレイスワンダー」の存在にも気付いていたか。


「俺も同じことを考えていた。動きがあったら時機を見て、寝室に侵入してくれ。危険性は高いが、それはもう仕方がない」


『分かった。でもこちらからは攻撃できない、そうよね』


「もちろんだ。何より、一応は一般人もこの部屋にいる。あくまでラピノが部屋を脱出するまでの時間稼ぎに徹してくれ」


『ええ。……今鍵を開けた』


水晶玉の中では、ラピノの視界が徐々に上がっているのが分かった。寝室入り口の死角で「人化術」を使い始めたらしい。まだ、阪上たちは彼女の存在に気付いていないようだ。


「んっ……!!しちょお、がっつきすぎですぅ……!!」


「少しくらい激しい方が、渚もいいだろ?」


「んくうっ!!でも、もうちょっと、やさし……誰ですか、あれ」


ラピノが鞄を持った瞬間、秘書の女が彼女の存在に気付いた。阪上は素早く振り向く。


「誰だてめえっ!!」


阪上は枕元にあった短剣の柄に手を掛ける。その刹那、ガラガラっと寝室の窓ガラスが開いた。



『イルシアのものを、返してもらいに来たわ』



ノアが、銀色のロッドを阪上に突きつけた。



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