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すぐさま自宅に電話をかけると、数コール後にノアが出た。経緯を説明すると、『すぐに向かうわ』と言う。
既に夜だが、俺のいる場所はある程度分かるらしい。『魔法使いの伴侶になるということは、そういうことなのよ』とのことだ。
「市村君はどうする」
「一度イルシアに戻って状況を説明します。ラピノの姿になれば、タクシーとかを使わずとも早く着けると思いますし」
「分かった。篠塚社長がまだいたら、よろしく伝えてくれ」
ポンと猫の姿になると、そのまま市村は夜の闇に消えていった。猫は夜目が利くから、その意味でもあれは正解なのだろう。
俺はタクシーを捕まえ、市民病院に急ぐ。……対応が後手後手だ。唇を強く噛み、助手席のシートを殴りつけたい衝動を必死で抑えた。
高崎の方は、正直に言ってもう打つ手がない。阪上が高崎を生かしておくかどうかは分からないが、俺ができることはほぼなさそうだった。
スマホで動画の内容をざっくり確認したが、「自分が死体遺棄に関与していること」「鈴木一家失踪事件についての真相はほぼ知らないこと」、そして「真犯人含め、ここから先は警察で話す」ということぐらいしか語っていない。
阪上の名前を出さなかったのは、万一阪上が犯人であるという証明ができなかった時のリスクヘッジなのだろう。それでも、阪上は高崎の始末に動いた。向こうは向こうで、相当危ない橋を渡っている。尻尾をどこかで出してくれることを願うしかない。
問題は、片桐の娘の件だ。片桐に娘がいるとは知らなかった。片桐の年齢から逆算すると、恐らくは中高生ぐらいか。
片桐や睦月は、暴露されてもある程度耐えられるかもしれない。しかし、多感な年頃の少女には、不倫の暴露は相当に厳しい。それも、「あるふれっど」が書き込んだ内容が本当であるとすれば。
「……クソっ……!!」
俺は小さく上を見上げた。睦月が不倫関係を明らかにした時、その詳細を突き詰めて訊くべきだったのだ。そうしていれば、こうなる可能性だって理解できたはずだった。
タクシーは10分ほどで病院に着いた。片桐百合子は首を吊って意識不明の重体という。吊った直後に睦月が気付いたらしいが、それでも相当危ない状況と聞いた。
病院の前で待っていると、1分後にノアが文字通り飛んできた。1階のベンチには、睦月が呆然と座っている。
「すまない。病室まで案内できるか」
「……お願い。助けて」
弱々しく呟くと、睦月はふらふらとエレベーターに向かっていった。入院病棟の奥、ICUの前で彼女は立ち止まる。言うまでもなく、親族以外は面会謝絶だ。
「容体は」
「……首の骨が折れてる、って聞いた。助かるかどうか、分からないって……もし助かっても、普通じゃもう、まともな生活には戻れない……」
そのまま嗚咽と共に睦月は崩れ落ちた。俺は目を強く閉じる。
「ノア、できるか」
『やってみる。今なら、ラヴァリ並みかそれ以上の効力で治癒魔法が使えると思う』
「……頼む」
ベッドには点滴で繫がれた少女と、その手をじっと握って俯く片桐がいた。首の辺りはギブスか何かで固められている。少女の年齢は高校生ぐらいだろうか。
「……あなたは」
「ここは俺たちに任せてください。……ノア」
ノアは小さく頷くと、玉木の時のようにノアの手がうっすらと光る。そして彼女は、それを首の辺りにかざした。
「行けそうか」
『……危なかったわ。魂が消えかけてた。ギリギリだけど、何とかなりそう』
「……そうか。ノアの方は、魔法を使ってて大丈夫か」
『さすがにちょっと疲れてきたけど、ソルマリエの残りもあるから大丈夫。帰って一口飲めば問題ないわ』
俺は両方の意味で胸をなで下ろす。最悪の事態は回避できそうだった。
「……本当に、助かるんですか」
「ノアを信じてください。大丈夫です」
長い沈黙が流れた。3分ほどして、ノアが『ふう』と汗を拭う。
『骨はくっついたと思う。魂が消えかけてたから意識が戻るのには少しかかるけど、もう心配はないわ』
「本当、ですか」
『あたしはこの世界の医学には詳しくないけど、命の心配はないと思う。問題は、むしろ心の傷ね』
片桐はうなだれると、涙と共に「……すまない」と声を絞り出した。
「詳しい事情を聞かせてくれませんか。それとは別に、こちらも幾つか訊きたいことがある」
*
「……なるほど、そういうことでしたか」
1階ロビーの一角。照明がほぼ落とされた薄暗い空間で、俺は軽く溜め息をついた。
片桐の独白は、同情を禁じ得ないものだった。
10年前に妻が交通事故で植物状態になったこと。その介護の傍らで男手一つで娘の百合子さんを育て上げたこと。
そして、母親の介護で悩む睦月と悩みを共有したこと。……その過程で、互いに葛藤を抱えながらも支え合うことを決めたこと……。それらを涙ながらに語る片桐と睦月に、正直俺も胸が締め付けられる思いがした。ノアも時々もらい泣きをしている。
片桐は俯きながら声を絞り出す。
「……世間一般に、許されることではないとは思ってます。百合子とも、何度も衝突した。……ようやく、山下君とも打ち解けてきた頃だったんです」
「そこに、あの『あるふれっど』の暴露ですか」
小さく片桐が頷く。
「恐らく、ツイッターか何かでそれを知ったんでしょう。私に何も言わず……」
「『あるふれっど』に知らせたのは阪上市長の可能性が極めて高い。彼はあなたたちの関係を証明する音声データか何かを持っていた。盗聴器や隠しカメラを使った可能性はありますが……心当たりは」
「……いえ」
「では、阪上市長の自宅に行ったことは」
わずかな間を置いて、片桐が「あ」と声を出した。
「……1度だけあります。私が副市長に昇格した際、内祝いを、と」
「その時に水晶玉か何かを見せられましたか?」
「……そう言えば、そんなこともあったような……妙だな、とは少し思いました」
俺はノアと顔を見合わせた。ビンゴだ。
『もう間違いないわね。阪上は『遠見の水晶』を持っている』
「だな。そして、それは奴の自宅にある」
『問題はそれをどうするか、ね。ジュリに頼んで場所は把握するとして……』
ジュリの「千里眼」で阪上を補足することは必須だ。市村ならその可能性に既に気付いているだろう。ひょっとしたら、高崎の居場所もすぐに摑めるかもしれない。……その生死は別として。
そして、「遠見の水晶」を持ち出すか、あるいは破壊すれば阪上に決定的ダメージを与えられる。阪上がその後どう動くにせよ、「千里眼」でその行動はこちらの掌の上だ。
問題は、その方法だ。俺やノアが乗り込むのにはリスクがある。ノアがいればこちらが殺されたりする危険性はまずないが、阪上とその関係者が無傷でいることもない。
となれば、別の誰かにそれをやらせる必要がある。……誰ならできる?
その時、ノアがニイと笑った。
『いいこと思い付いた』
「いいこと?」
『そ。作戦決行はもうちょっとしてから。鍵を握るのは、ラピノよ』




