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「日常とは、分厚い氷が張ってある湖の上を歩くような物だ」。
とある小説家か誰かが言っていたような記憶がある。油断をすれば滑るし転ぶが、氷自体が割れるわけではない。だから、往々にして日常は日常のまま進んでいく。
だが、氷の厚さは均等ではない。中には薄く、足を踏み込んだだけで割れてしまうような箇所もある。
そして、氷が割れたら最後、底なしの「非日常」に飲み込まれるのだ。
*
俺は、今その格言を心から噛みしめている。
目の前にいるのは、小柄で黒いとんがり帽を被った少女。
そして、俺の後方には横倒しに切断された杉の幹。土煙と葉の匂いが、俺の鼻を突く。
『これで信じてもらえた?』
少女が険しい表情で何かを言っている。
言葉は明らかに俺の知る言語ではない。英語でもフランス語でも中国語でも、もちろん日本語でもない。しかし、彼女の言っていることは、なぜか俺には理解できた。
これは、「魔法」だからだ。
彼女はヒュンと、銀でできた枝のようなロッドを振った。まるで素振りのように。
『で、国王か領主はどこなの。返答次第では、次はあなたの胴体がああなる』
ブラフ、ではない。つい1分前まで、俺は彼女を痛いコスプレ外国人と思っていた。しかし、その認識は明らかに誤りだった。
奴は、ロッドを一振りすると、俺の横に立っていた杉の巨木を両断してみせた。汗一つかくことなく、瞬時に。
俺はオカルトを信じない。もちろん魔法も信じない。ファンタジーはそこそこ好きだし、アニメも見るしなろう系小説も読む。だが、現実と非現実を区別するだけの良識は持ち合わせているつもりだ。
だが、目の前のこの光景は、俺に否応なく「非現実」を突きつけた。
……一体、これは何だ??