9.ケーキ
あれから数日後、俺は冒険者ギルドに居た。
シャーロットの護衛は外出時のみで、また後日連絡すると言われた。
報酬は一日当たり十万ゴールドと割と報酬が高くて驚いた。流石は貴族様と言ったところだ。
今日、冒険者ギルドにやってきたのは依頼を受けるのではなく、フィアを探すためだ。
「何してるの? ニルア」
辺りをキョロキョロとしていたら、フィアに声を掛けられる。
綺麗な白髪は茶色く濁り、服も泥だらけで咄嗟に距離を取る。
「うわっ! フィア、泥だらけじゃないか!」
「あぁ、修行してたの。今度は討伐じゃなくて、魔法よりもまずは体力を付けろってね……正直厳しいわ」
そ、そうだったのか。フィアもフィアなりに頑張っているらしい。
フィアが溜め息を漏らす。
「私って、自分で思ってたよりも実力ないのかも」
「そんなことないよ」
「……あなたが言うと、皮肉に聞こえるわ」
「ち、違うから……」
半眼で俺のことを見るフィアに、話を切り替える。
このまま話してたら、何を言っても皮肉だと言われそうだ。
「実はフィアに用事があったんだ」
「私に?」
フィアが少しだけ嬉しそうな顔をする。
「良かったらなんだけど、これ食べる?」
手に持っている包みに入った食べ物を見せる。
フィアが覗き込む。
「……? あ~っ!!」
冒険者ギルドにフィアの叫び声が響いた。
視線が集まる。
「な、なんでもない! なんでもないの! みんな気にしないで」
必死に取り繕うフィア。
俺に耳打ちする。
「これ! 王都でも貴族御用達の超レアなケーキじゃない!」
「たくさん貰ったんだ。食べきれないから、良かったらどうかなって。甘い物嫌いだった?」
シャーロットは助けてくれたお礼と言って、大量の金貨とお菓子を渡してくれた。
遠慮したものの、またサラーサさんに受け取れって怒られてしまった。
だから、大量の菓子を持っている。
フィアがうるうると瞳を揺らす。
「ニルア~、大好き~」
「えっ……」
「王都のケーキを食べるの、夢だったの~」
そ、そんなに嬉しかったのか……。
「なら、ケーキ以外にも紅茶も貰ってきたけど飲む?」
「飲む!」
二つ返事でフィアが答えた。
冒険者ギルドでお茶はできないため、フィアの宿屋に向かうことにした。
俺の部屋でも良いと言ったのだが、汚れた身体を洗いたいのだとか。まぁ、泥だらけでケーキは食べたくないよね。
フィアの部屋は簡素で、鏡の前にクマのぬいぐるみが置いてあった。
シャワーを浴びたフィアが、ステップを踏んで現れる。
「じょ、上機嫌だね……」
「当然でしょ。ケーキなんて、普通は食べられないもん」
確かに、田舎町や冒険者稼業でもケーキを食べることは少ない。
ケーキは貴族の特権と言っても過言ではないのだ。
「甘い……おいしい……おいしい……」
呪文のように呟きながら、フィアが一心不乱に口へ運ぶ。
甘い物一つで、人はここまで変わるのか……。
ケーキ、恐るべし。などと思っていると、フィアが言う。
「ところで、なんでケーキを?」
「馬車で助けた貴族の護衛を頼まれたんだ。そのついでに、お礼でもらってね」
「あぁ! 例の馬車の! 助けたの貴族の人だったの」
「うん。フィアも気になってたっぽいから、話しておこうかなって」
「そりゃ……私は何も出来なかったって落ち込んだけど……」
フィアは真面目だ。
人を助けられなかったからって、落ち込む必要はないのに。
「気にしなくて良いんじゃないか?」
「今のご時世、何があるか分からないんだもの。力を付けないと、後悔するのは自分なの」
「そんな大袈裟な……」
フィアがムッとする。
何か地雷発言したかな……と身構えた。
「ニルア。あなたのお姉さんが派遣されたSランクの魔物の討伐って……古代の魔物なのよ?」
「古代?」
「ホルス遺跡の産物よ。最近、物騒な話ばっかりなの知らない? やれ邪悪な気配が増してるだの。封印されてた魔物が動き始めただの……」
「へぇ、知らなかった」
遺跡自体は知っている。
古代に発展していた種族が作り上げたものだ。
遺跡の中には化石になった魔物や、眠りについたまま起きない魔物も居ると聞く。
そんな奴らを相手にしたことはないが、今の時代ではかなり強いのだとか。
遺跡にはそれぞれ過去の聖女が施した封印がある。
その力が薄れると、遺跡から魔物が現れるのだとか。
そこから現れた魔物を、シエスが討伐しに行ったと……。
「そういうことだったのか」
姉も姉なりに頑張って世界に貢献しているということか。
俺がサンドバックになっていた甲斐がある。悲しい過去だ……。
「はむっ……うまい……そういえばニルアは、王都に来る前は何してたの?」
「暗殺者やってたよ。魔物専門の」
「あぁ、今の時代は多様性だものね。暗殺者も大変だったでしょ」
「うん。クビになったけど」
「……ニルアが辞めたんじゃなくて?」
フィアが当然でしょ?と言いたげに聞いて来る。
「ハメられたんだ。捕獲した魔物を傷つけたって」
追放された経緯を話す。
フィアはケーキを食べながらも、俺の言葉に時折頷いた。
「それ……とんでもない連中ね。私はニルアのこと知ってるから、あなたがそんなことしないって知ってるけど。だけどフェアじゃない……ニルアが可哀想なだけよ」
「ありがとう」
代わりに怒ってもらえるというのは、嬉しい気持ちになる。
「にしても、ニルアの仕事って変よね」
「そうかな?」
「だって、暗殺者って殺すのが仕事なのに、魔物を殺さずなんて……」
確かに。
言われてみればそうだ。
俺は無暗やたらに命を奪うことが好きじゃない。
「まぁ、適性があったから力を付けて暗殺者になっただけだしね」
「じゃあ、これからニルアは自分の人生を生きるのね」
「うん、そうするよ」
「新しい人生の最初の友達が、私ってことね」
フィアが軽く笑う。
フィアが最初の友達か。俺にとって、かなり幸運かもしれないな。
「で、会う準備はできてるの?」
「何が?」
「何って……あなたねぇ。明日よ? ニルアのお姉さんが帰ってくるの」