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8.サラーサ


 無能聖女と自分を卑下しているシャーロットは、笑顔を崩すことはなかった。

 隣に立っているジェームズの顔が暗くなる。


「ダメ、ですか?」

「ダメじゃないんですけど……護衛ならサラーサさんだけでも十分では?」


 雰囲気だけでもフィアより強いと思うし、剣筋もかなり良い。

 少なくとも、全快した状態のサラーサと戦うことは俺なら嫌だ。


「ニルア、お前も馬車で見ただろう。不運なことが重なれば、私と言えどもシャーロット様を守り切れない」

「そりゃそうかもしれませんけど」

「シャーロット様が信頼できる人物はこの国では少ないんだ。聖女様だからな」


 信頼できる人物が少ない。

 聖女。


 この国の厄介事のような気がして、少しだけ遠慮したくなる。


 シャーロットが胸に手を当てた。


「ニルアさん。私はこの国で三人目の聖女なんです」

「……本当ですか?」

「はい。まぁ、力が弱くてこの足じゃ出歩けないので国からは無能扱いなんですけどね、アハハ……」


 この国に、聖女は三人いる。

 どれも強力な力があり、聖植物や治癒と言った多数の魔法が使える。


 そのため、他国から命を狙われることもあった。だから馬車では俺を暗殺者だと勘違いしたのか。確かに筋が通る。


「あっ、報酬はたんまりと出しますよ! どうです?」 


 俺は腕を組んで悩む。

 この世界を見て回るためには、お金が必要だ。


 シャーロットが貴族なら、報酬もかなり多いはずだ。お金はあればあるほど良い。

 それに、人助けにも繋がるのなら悪い話ではない。


 シャーロットは悪い子に見えないしな……。


「まぁ、俺でよければ……」


 シャーロットの顔が明るくなる。


「やった! ありがとうございます!」


 車椅子を押して俺の手を握った。


「よろしくお願いしますね、ニルアさん」 


 ジェームズが言う。


「シャーロット様。では、規則に従って試験を……」

「ダメですジェームズ! せっかくニルアさんに受けて頂いたのに、試験なんて……」

「これはウェルム家の決まりでございます。サラーサ様も試験を受けたではありませんか」

「そ、そうですけど……ニルアさんは恩人ですし」

「例外は認めませぬ」


 突っぱねるように言うジェームズに、シャーロットが「ぐぬぬ……頑固者ですね」と声を漏らす。

 

「そうだな。例外は私も認めない」


 おい、サラーサさん。

 あんた、なんでニヤニヤしてるんですか。

  

「ニルアの実力が見たいしな」


 あぁ、そういうことですか……そっちが本音なんでしょ。

 なんて人だ、まったく。


「度々失礼を申し上げます。ニルア様、構いませぬかな?」

「えぇ、良いですよ」


 受けると言った手前、今更逃げることもできないだろう。

 ところで、試験って何をやるんだ?


 *

 

 試験の場所に連れてこられた俺は、辺りを見渡す。

 そこは庭の開けた場所だった。


 木製の剣を渡され、俺はジェームズを見る。


「まさか、試験は戦闘ですか?」

「はい。相手は屋敷の防衛隊長の……」


 そこでサラーサが口を挟む。


「いや、私がやる」

「サラーサ様が?」

「不満か? 屋敷の防衛隊長は私に勝てなかっただろ?」

「不満ではないのですが、冒険者でも上位の実力はあるサラーサ様ではニルア様にお怪我を……」


 サラーサが笑う。


「馬鹿を言うな。馬車で【赤毛熊】を倒した奴が、怪我などするものか」


 正確には気絶させただけで、殺してはいないから倒してないんだけどね……。

 

 サラーサが木剣の先端を俺に向けた。


「良いだろ? ニルア」

「最初からそれが狙いだったんですね」

「すまない。でも、脳裏から離れないんだ。それほどお前の剣筋は美しかった」


 剣筋を褒められたことが、少し嬉しくなる。

 姉のシエスの方が剣術は得意だったが、他の人から褒められたのなら十分自慢できるだろう。

 

「それと、黙っていたが……魔法使いの少女と【孤高の炎狼】を倒したらしいな? お前に会う前に聞いたぞ」

「はい。二人で一緒に」

「違うな。お前ひとりで、だろ?」


 ニルアが眉を顰める。


「【孤高の炎狼】は駆け出し二人で倒せるほど弱くはない。言っちゃ悪いが、あの少女は駆け出し同然だ」


 つまり、とサラーサが続ける。


「お前が倒した。だろ?」

「フィアと一緒に倒した、です」


 サラーサが腰を低くした。


「どうがかな。これで分かる────ッ!!」


 木剣を構え、サラーサがこちらへ向かって来る。


(早いな……距離を縮められたら厄介そうだ。距離を取った方が良いかも)


 ニルアが咄嗟に後ろへ飛ぶ。

 ニルアの動きを見て、サラーサがさらに一歩踏み出した。


「私を甘く見過ぎだ!」


 身体能力のみで距離を縮めたサラーサに、ニルアが驚く。

 

 眼前に木剣が迫る。

 ニルアが素早く木剣で受け止めた。


「やるじゃないか」

「どうも」

「じゃあ、これはどうだ!」


 サラーサが足を蹴り上げる。ニルアは身体をよじり攻撃を躱す。


 態勢の崩れたニルアに斬撃が襲いかかる。


「ここだ!」


 サラーサが繰り出す鋭い斬撃をニルアが紙一重で躱す。


「っ!?」


(なっ!! 避けた、避けた!? 受け流すなら分かる! だが、今の姿勢から避けるのか!)


 サラーサが僅かに微笑んだ。


(なんて柔軟性だ。それに戦闘スタイルも滑らかだ……戦いやすいはずなのに、自然とニルアに主導権を握られている気がする……)


 もしかすれば、とサラーサが思考を始める。


(もしさっき攻撃が、誘われていたのだとすれば……)


 回避できたことも納得が行く────。

 そこまでサラーサは考えていた。


 戦いには、流れがある。


 そのことを熟知しているサラーサだからこそ、その流れを崩せば勝機はあると思っていた。

 だが、相手が格上ならば、その流れを崩すことはかなりの難易度を要する。


「楽しいな……」


 サラーサは思わず口に出してしまう。

 

「次はお前から来い! ニルア!」

「俺から?」

「あぁ! 試験なのだ。お前の力も見せてくれ」


 ニルアは手に持っている木剣とサラーサを見比べると────消えた。

 土煙が舞い上がる。


 見ていたジェームズが声をあげた。


「なんとっ!」

「ッ!!」


(いつの間にっ!)


 一気に間合いを詰めたニルアは、サラーサの懐に潜り込んでいた。

 

「【水斬】」


 ニルアはサラーサに比べて筋力が低い。

 だからこそ、距離を縮められて力負けすることを恐れていた。

 

 でも、懐に入り込んでしまえば。


(筋肉は、関係ない)


 サラーサが咄嗟に木剣で受け止めて直撃を免れる。しかし、威力まで消すことはできない。


「ぐっ……!」


(手が痺れた……! 追撃が来る! 防げない! クソッ……!!)

 

 木剣を弾かれ、完全に姿勢を崩し、脇ががら空きとなったサラーサは痛みに備えた。


 ぎゅっと眼を瞑って痛みを待っているも、違和感を覚える。


(あれ、痛みが来ない……?)


 サラーサはゆっくりと目を開けた。


「え……」


 ニルアは木剣を寸止めしていた。

 そして、ポンッとサラーサの頭を木剣で叩く。


「これで俺の勝ちですね。試験は合格?」

「な、なぜ寸止めした!」

「なぜって、わざわざ痛めつける必要があるんですか?」

「なっ……! 普通は参ったというまでだろ!」

「俺はしません」


 俺に怖がってる女性をなぶる趣味はない。

 試験を見守っていたシャーロットが、ようやく口を挟んだ。 


「サラーサさん。ニルアさんは、怖がっているサラーサさんを見て、剣を止めたんですよ」

「なに?」

「サラーサさん凄く可愛い顔でしたから、剣を止める理由も分かります」


 シャーロットが「ムフフ」と笑う。


「そ、そうなのか?」

「えぇ、まぁ……」


 確かに乙女らしくて可愛かった。

 徐々に紅潮し始めたサラーサが、木剣を俺に投げつけた。


「つ……次は私が勝つからな! 覚えてろよ!」

「あ、あの試験は……?」

「合格だ!! 分かったか!」

「は、はい……」


 怒鳴らなくなって良いじゃないか。

 まぁ合格できただけ良しとしよう。


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