2組の山田さんは俺の好みドンピシャらしいけど、2組に山田さんなんていないんだが?
「彼女欲しいなぁ」
とある日の昼休み、中庭でコンビニで買ったおにぎりを食べながら、俺・北沢宏樹は呟いた。
高校時代といえば、青春の全盛期。数多のラブコメでも描かれているように、恋愛という事象とは切っても切り離せない関係だ。
だから恋人が欲しいと思うのは当たり前の心理だし、学生の本分が勉強であるなら副業は恋愛だと思う。
大切なので、もう一度言おう。
「彼女欲しいなぁ」
「――って、うるっさいわよ! 二回も言わなくて良いわ!」
物憂げに浸る俺に苛立ちを見せながら、親友の友坂琴音は叫んだ。
琴音とは高校入学以来の仲であり、友達の少ない俺にとっては最も信頼出来る存在だ。
琴音も俺に友好的であり、男女の枠を超えて友情を形成している。
こうして俺に直接不満をぶちまけてくるのは、きっと琴音くらいだ。他の連中はやれ「ぼっち」だの「陰キャラ」だのと、影でコソコソ言っている。
「彼女が欲しいって……まぁ私たちは高校生だし、そう思う気持ちもわからなくないけれど……今までそんなこと言ってなかったじゃない。いきなりどうしたの?」
「いきなりってわけじゃねーよ。彼女が欲しいとは、結構前から思っていたし。それでもカッコ悪いと思って口に出さないようにしていたんだけど……」
「けど?」
「あんなもの見ちまったら、ボヤきたくもなるだろ」
俺は近くのベンチに座る、ひと組のカップルを指差す。
彼女が彼氏に手作りのお弁当を食べさせており、彼氏はそのお弁当を食べて大変幸せそうな顔をしている。二人とも人前で見せちゃいけないだろってくらい、ダラシない顔だった。
「彼女の手作り弁当だぞ? しかもあーんだぞ? そんなの間近で見せ付けられたら、彼女が欲しくもなるっての」
「あら。お弁当なら、前に私が作ってあげたじゃない」
「そうだな。水加減間違えたおにぎりと、焦げた卵焼きをな。あと絶対呪われていそうな自称タコさんウィンナー」
あの弁当を小学生が遠足で持っていったりしてみろ。絶対半年は揶揄われるぞ。
それでも折角作ってくれた手前残すのは悪いと思い、完食した。タコさんウィンナーの呪いなのか、次の日腹痛で学校を休んだけど。
「料理が下手で悪かったわね。料理の苦手な女の子は、お嫌いかしら?」
「そんなことねーよ。料理は出来るに越したことないと思うけど、必須条件ってわけじゃない。俺の求める理想の女の子像は、他にある」
「へぇ〜。例えば、どんな?」
「そうだなぁ……清楚なタイプが好きだから、髪は黒色が良いな。長さはこう、背中くらいまで伸びている感じの」
「背中まで伸びた黒髪……」
琴音は自身の短い茶髪に触れながら、復唱する。
「口調は丁寧な感じで、可愛いって言うより綺麗系って言うの? 大和撫子みたいな女の子の方が良い」
「大和撫子……」
今度は琴音は着崩された制服や、短いスカートに目を向けた。そして、
「チッ」
いきなり舌打ちをする。えっ、俺何か気に触るようなこと言ったか?
「どうかしたのか?」
「べっつにー」
別にって、それ絶対何でもない奴の言い方じゃないだろ。
だけど不貞腐れた琴音に何を言っても無駄なことは、親友なので熟知している。舌打ちに関しては、これ以上触れないのが吉だ。
「だけどまぁ、理想は理想だ。そんな女の子が都合良く俺の生活圏にいるなんて思っていないさ」
「……」
琴音は俺の発言を肯定することも否定することもなく、あごに手を当てて何やら考え込み始めた。
「……ねぇ。もし宏樹の言う理想の女の子が近くにいるとしたら、どうする? 付き合う?」
「いきなり付き合ってくれとは言わないけど、友達にはなりたいかな。関係を発展させるのは、ある程度交流を深めてからだ」
黒髪ロングの大和撫子だからって、性格がクソな女とは付き合いたくない。人間中身が大切(決して自分が冴えない容姿をしているから言っているわけではない)。
「だけど、そんな女の子が本当にいるのか? 今の口振りだと、まるで知っているみたいじゃないか」
「私はあなたと違って、顔が広いから。……2組の山田さんが、条件と合致するわ」
2組の山田さん? そんな生徒がいるのか。
俺は学年全員と面識があるわけじゃないし、名前の知らない生徒も沢山存在する。
琴音の交友関係が広いのも事実だし、だから彼女が「山田さんが条件と合致している」と言えばそれは本当なのだろう。
「2組の山田さんか……」
俺はおにぎりの残りを口の中に放り込む。
午後の授業までは、まだ時間がある。この後2組に足を運んでみるとするか。
◇
昼食を終えて、琴音と別れた俺は、教室に戻る途中で2組の教室に立ち寄った。
さて。ドアの前まで来たのは良いが、これからどうしようか?
知らない女子生徒は沢山いるので、どれが山田さんなのかわからない。かといって「山田さんってどなたですかー?」と大きな声で尋ねるのは恥ずかしいし。
そんなことを考えていると、ふと知っている顔が視界に入った。
「おーい、遠藤くん!」
俺は2組所属の、遠藤という男子生徒を呼ぶ。遠藤くんとは去年同じクラスだったから、知らない仲じゃなかった。
俺に気付いた遠藤くんは、雑談中のクラスメイトに一言断りを入れてから、俺の呼び掛けに応じてくれた。
「誰かと思ったら、陰キャラボッチじゃないか。久しぶりだな」
「人をデイダラボッチみたいに呼ぶな」
「悪かったよ。で、何の用だ?」
「ちょっと人を呼んで欲しくてな。山田さんいるか?」
「山田?」
「そう、山田。……もしかして、今席外してる?」
昼休みなのだから、山田さんが教室にいない可能性だって十分ある。俺だってこうして、自分のクラスを離れて2組に足を運んでいるわけだし。
しかし遠藤くんの口から出たのは、予想だにしない一言だった。
「席を外してるっていうか……そもそも山田なんて生徒、このクラスにはいないぞ?」
「……は?」
「「は?」じゃなくて。2組に山田っていう苗字の生徒はいないって言ってんだよ」
「……念の為聞くけど、下の名前が山田って生徒は?」
「本当に念の為の質問だな。……勿論いないよ」
「山田はいない」。遠藤くんにそう言われて2組をあとにした俺は、考える。
もしかしたら、琴音は山田さんの所属クラスを勘違いしているのかもしれない。例えば2組というのは一年生の頃のクラスで、二年生に進級した山田さんは別のクラスにいるとか。
そう推理した俺は、続いて隣の3組を訪ねてみることにした。
……3組にも、山田さんはいなかった。
それでも諦め切れず、俺は全クラスを訪ねて回る。結果……山田という生徒は存在した。
山田一郎という、丸刈りの男子生徒だったけど。
って、俺の好みにドンピシャな山田さんなんて、どこにもいないじゃねーか!
半分ほどクラスを回り終えたあたりから、薄々勘付いてはいた。琴音は存在しない俺の理想の女の子・山田さんをでっち上げて、俺を揶揄っていたのだ。
いもしない女の子を躍起になって探す俺の姿を、琴音はきっと愉快そうに見ていたのだろう。
ただ嘘をつかれるなら良い。そんなのいつものことだ。
でも、今回は違う。今回俺は、琴音に恋心を弄ばれたのだ。それは笑って許せることではない。
自分の教室に戻った俺は、真っ先に琴音に文句を言った。
「山田さんなんて、2組にはいなかったぞ? お前、嘘ついたな!」
琴音は一瞬目を見開いて驚いていたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「あなたのことだから、どうせ教室の前で「山田さん、いる?」って聞いただけなんでしょ? それもクラス全体に対して、小さな声で。そんなんじゃ山田さんも名乗り出ないわよ」
「残念でしたー。ちゃんと2組の生徒に確認取ってますー。……2組に山田なんて生徒はいないって言ってたぞ?」
「聞き間違いなんじゃない?」
「俺もそう思ったから、聞き返したんだ。聞き間違いなわけあるもんか」
「だったら――」
「あっ。因みに2組以外の教室も見て回ってきたぞ? 山田っていう女子生徒はいなかった」
次に思い浮かぶであろう言い訳も、先に封じておいた。
先手を取られた琴音は下唇を噛んで、それはもう悔しそうな顔をする。
「……「山田なんていない」っていう2組の生徒の言葉が、本当だとは限らないじゃない。山田さんを隠しているのかもしれなわよ?」
「ほう。嘘をついているのはお前ではなく、遠藤くんの方だと? その証拠は?」
「……私が山田さんを呼び出してあげるわよ」
山田さんなんていないというのに、どうやって呼び出すというのだろうか?
恐らく琴音はほんの出来心で嘘をついたものの、今更撤回することが出来なくなってしまっているのだろう。
「ごめんなさい、嘘でした」と誠心誠意謝れば、まぁ昼飯一食分くらいで許してやるのだが、頑固なこの親友は頑なに嘘を認めようとしない。
……そっちがその気なら、俺も全力で問い詰め続けてやる。
「あぁ、良いぜ! 呼び出せるもんならな!」
「わかったわ。……放課後、屋上で待ってて」
俺の理想の山田さんなんて、どうせ存在しないんだ。精々期待しないで、待っているとするよ。
◇
放課後になり、俺は琴音に指示された通り屋上に来ていた。
存在しない山田さんが、屋上に来る筈もない。建前として20分くらい待ったら、下校するとしよう。
俺はソシャゲをして、時間を潰すことにした。
およそ10分が経過して、ソシャゲのイベントもひと段落着いた頃だった。
「あの……北沢くんですか?」
俺は突然名前を呼ばれる。
顔を上げると、そこには――背中まで黒髪を伸ばした、如何にも大和撫子な女の子が立っていた。
「もしかして……山田さん?」
「はい。2組の山田です」
彼女は「山田」と名乗ると、俺に対して深々と一礼した。気品溢れるその所作も、俺の好みに合致している。
……だけど、おかしいな。遠藤くんは、2組に山田さんなんていないって言っていたのに。
しかし実際問題、山田さんは今こうして俺の目の前にいる。それだけが事実だ。
山田さんは、存在した。なのに俺は琴音を疑って、嘘つき呼ばわりして……あいつには、本当に悪いことをした。お詫びに今度、ちょっとお高めなケーキでも買ってやるか。
だけど琴音への謝罪は後回しだ。今重要なのは念願の理想の女性・山田さんである。
見た目や立ち振る舞いが好みだからって、出会って1分足らずで告白したりしない。俺は山田さんのことをまだ何も知らないし、同様に山田さんも俺のことを何も知らない。
山田さんのことを知りたい。山田さんに、俺のことを知って貰いたい。その為にも――
「山田さん、あの……俺と友達になって下さい!」
勇気を振り絞って、俺は山田さんに友達申請をする。ソシャゲのように、気軽に画面をタップするだけとはいかないものだな。
差し出した俺の手を、山田さんは……握り返してくれた。
「はい、喜んで」
「……え? マジで?」
友達申請が通ったというのに、その事実が信じられなかった俺は、歓喜するよりも先に聞き返してしまった。
だって、イケメンでもなければ頭が良いわけでもない、地味な俺だぞ? 何のメリットもないし、会ってすぐに友達になることすら躊躇うレベルだろ?
もしかして、友達の少ない俺を憐れんでいるのか? だとしたら、それはやめて欲しい。
俺は友達が欲しいんじゃなくて、山田さんと友達になりたいんだ。
しかしその心配は、杞憂に終わる。
「北沢くんのことは、琴音さんからよく聞いていました。是非一度お話ししてみたいと、前から思っていたんです。だから……北沢くんの方から会いたいと言ってくれて、凄く嬉しかったんです」
山田さんは俺から手を離すと、赤くなった顔を両手で覆い隠す。その動作に、俺のハートは一発で撃ち抜かれた。
琴音よ、よくぞ俺に山田さんを紹介してくれた! お詫びのケーキだけでなく、お前には今度特上カルビも奢ってやろう! しかも食べ放題!
◇
その日以降、俺と山田さんは毎日会うようになった。
日中は勉強に集中したいらしく、会うのは決まって放課後の屋上で。でも放課後の屋上には滅多に人が来ないから、二人きりの時間を思う存分堪能出来て寧ろラッキーだった。
会話をするにつれてわかったことなのだが、俺と山田さんには共通点が多い。
俺も山田さんもアニメが好きで、今放送中のアニメのみならず、昔の(それこそ親世代の頃の)アニメの趣味も合致している。
肉より魚派のところや、読書をする時はクラッシック音楽を聴いているところとかも同じで、なんかもう、俺は山田さんに出会う為に生まれてきたんじゃないかと本気で考えてしまうくらいだった。
白状するよ。俺の山田さんへの好意は、日に日に大きくなっている。
俺にとって山田さんは、友達から好きな人に変わっていた。
「北沢くんは、昨日の昭和のアニメ特番を観ましたか?」
「観た観た。当時未公開だった映像なんかも流れて、ファンにはたまらない2時間だったよな」
「そうなんですよ! 私なんて、つい録画もしちゃいました! 永久保存版です!」
共通の趣味のことを、心底楽しそうに語る山田さん。そんな彼女は俺のことを、どう思っているのだろう?
一定の好意は持ってくれていると思うけど、あくまでそれは友達として。今もこうして向けてくれている笑顔は、他の男子に向けているそれと同じなのかもしれない。
そう思うと、胸に締め付けられるような痛みが走った。
「……北沢くん? 顔色が優れないようですが、どうかしましたか? 体調が悪いようなら、帰って休んだ方が良いですよ」
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だ。ちょっと嫌なことを考えちゃっただけだから」
「そうですか。大丈夫なら良いんですけど……。私に出来ることがあったら、何でも言って下さい」
「山田さんに出来ること……それじゃあ放課後だけじゃなくて昼休みもこうして会ってくれないかな?」
俺は知らず知らずのうちに、そんなことを口に出してしまっていた。
「こうして毎日放課後に会っているけど、山田さんさえ良ければ、もっと沢山一緒にいたいというか。……あっ、勿論嫌だったら嫌だって言ってくれて構わないぞ」
日中は勉強に集中したいと言っていたし、俺以外の生徒との付き合いもあるだろう。
でももしここで山田さんが首を縦に振れば、俺の恋は大きく前進することになる。
「……わかりました。私で良ければ、お昼をご一緒させて貰います」
「本当か!? よっしゃ!」
「でも、北沢くんの方こそ良いんですか? お昼はいつも友達と食べているのでは?」
「まあそうだけど、相手は琴音だから。事情を説明すれば、わかってくれるよ」
それどころか「折角掴んだチャンスを無駄にするな。頑張れ」と応援してくれる筈だ。
「早速明日の昼休みから、一緒に食べようぜ。場所は屋上で良いか?」
「はい、構いません」
山田さんと別れた後、俺は人知れずガッツポーズをした。明日の昼休みが、待ち遠しくて仕方ない。
◇
翌日の昼休み、俺は四限目の授業が終わると同時に、俺は教室を飛び出した。
俺の方から誘ったんだから、山田さんを待たせるのは失礼に当たる。なんて、そんなの口実だな。
俺は山田さんとの昼休みのひとときが楽しみで仕方ないのだ。
昼休み開始から5分後、山田さんが屋上にやって来る。彼女はコンビニの袋を持っていた。
「あれ? 山田さんはお弁当じゃないのか?」
「えぇ、まあ。……お恥ずかしい話、私は料理が苦手ですので」
お昼休みに誘うのは成功した。次は彼女にお弁当を作って貰う段階だと息巻いていたんだけど……料理が苦手だというなら、仕方ない。
誰にでも不得手はあるし、料理が出来なくたって山田さんは可愛い。
「北沢くんも、コンビニなんですね」
「俺は大体コンビニのおにぎりだよ。たまに学食に行くこともあるけど」
「そうなんですね。てっきり琴音さんが手作りのお弁当を作っているものだとばかり思っていました」
「それはない。琴音の料理スキルは、壊滅的だから。一度だけ弁当を作って貰ったことがあったんだが……恐ろしいことに呪いがかけられていた」
「呪いがかけられていたって……タコさんウィンナーくらいで、大袈裟すぎません?」
「大袈裟じゃないって。山田さんもあのウィンナーを見れば、絶対そう思う……って、あれ?」
今のやり取りに、俺はふと違和感を覚える。
「……タコさんウィンナーなんて、俺言ったか?」
「――っ」
琴音が俺に弁当を作ってくれた話は、誰にもしたことがない。今山田さんにしたのが初めてだ。
だけどおかずが何だったのかは言っていないし、だからタコさんウィンナーのことを彼女が知る筈もなかった。
俺を除いたこの世であのタコさんウィンナーのことを知っている人間がいるとしたら、ただ一人。琴音だけだ。
その瞬間、俺の中である仮説が成り立った。
2組の山田さんという女子生徒は、今こうして俺の目の前にいる。しかし遠藤くんを含め、2組の生徒は誰も山田さんのことを知らない。
山田さんを認知しているのは俺と……琴音の二人だけだ。
……考えてみれば、山田さんのことを教えてくれたのは琴音だったな。山田さんを屋上に呼び出してくれたのも、彼女だった。
そして山田さんと二人ている時、俺は琴音の姿を見たことがない。
これらの判断材料から、導き出される答えはただ一つ。山田さんなんて生徒はやはり存在せず、その正体は――琴音なのだ。
「……お前、琴音だろ?」
俺が言うと、山田さん……いや、琴音は諦めたように両手を挙げた。
「やっぱりバレたか。タコさんウィンナーは失言だったわね」
琴音はウィッグを外す。その光景を見て、山田さんは存在しないのだと再確認した。
「どうしてこんなことをしたんだよ? 変装してまで、嘘だと認めたくなかったのか?」
「確かに、意固地になっていた部分はあるわ。でも、山田さんを演じた理由は他にあるの」
「何なんだよ、その理由って」
「それは………………だからよ」
……えっ、何だって?
難聴系主人公でなくても、今の声量では琴音が何と言ったか聞き取れなかったと思う。それくらい小さい声だった。
「悪い、もう一度言ってくれ」
「だから……あなたのことが好きだからって言ったのよ!」
……えっ、何だって?
今度はしっかり聞き取れたのだけど、信じられなかった。
「ずっと前から宏樹のことが好きなのに、あなたは全然私の気持ちに気付いてくれないし。そのくせ私とは正反対の大和撫子が理想の女の子とか言い出すものだから、その……」
「自分が理想の女の子に、「山田さん」になってみようと考えたわけか」
琴音は頷く。
「……がっかりした?」
「そりゃあな。結局理想の女の子はいないみたいだから……恋人はどこかの親友で妥協するとするよ」
「……え?」
信じられないといった顔で、俺を凝視する琴音。……恥ずかしくて2回も言いたくないから、聞き返すなよ。
黒髪ロングの大和撫子。それは理想であって、絶対条件じゃない。
琴音は俺のことをこんなにも想ってくれている。それが一番大事なんじゃないだろうか。
「だったらさ、一つお願いがあるんだけど。……放課後、時間を貰って良いかしら?」
「何だ? 屋上に呼び出されるのか?」
「いいえ。……一緒に帰ろうと思うの」
2組の山田さんは、存在しない。だからもう、放課後の屋上にだって用はない。
俺は琴音のお願いを、快く受け入れるのだった。