第1話 エスケープ :アルスサイド
うるさくなりそうなんで、俺はさっさと通話を打ち切り、ついでにスマホの電源をオフにした。どうせヤツのことだ、俺が手助けしなくともそれなりにこなせるだろう。よっぽどヤバイ時はナビしてやるが、基本的にはほっとくつもりでいる。いい加減、あの世界とはしばらく関わりたくない。
「ようやく“こっち”に来れたんだし……さ」
ゴチャゴチャした狭い部屋。窓の外を眺めれば、この部屋以上にゴチャついた街並みが、どこまでも広がっている。
いつもいつも「夢」で見ていた通りだ。向こうで眠っている間、タツミを通して見ていた、魔王も魔物もいない平和な世界。勇者なんかまったくもって不要。それどころか魔法も必要ない。あんな疲れるもんなくったってライターで火は着くし、金さえあれば電車だのバスだの飛行機だの、夢みたいな乗り物でどこまでだっていける。天空を漂う魔王城に乗り込むため世界中を駆けずり回って不死鳥を蘇らせたのが、バカみてーだ。
そもそも、無理に移動する必要もほとんどない。狭い一地域で、狭い人間関係の中で、毎日決まり切ったことをテキトーにこなしてればいいだけなんて、ここはパラダイスですか。
室内に目を戻す。付けっぱなしのテレビの画面では、ヤツが丁度「冒険者の酒場」に入るところだった。今では珍しいドット絵の二頭身キャラクターが、恐る恐るといった感じで歩いている。さっき試してみたが、こちらからのコントロールは一切受け付けない。そういう設定なのか、プレイヤーではない「俺」だから操作できないのかはわからないが、何も手を出せないというのはつまらん。
しかも、今はまだお互いに移行が完了していないから、もしデータがブッ飛んだり、ヤツがあっちで死んだりすると、俺も一緒に消えるらしい。
そうでなければ、とっくの昔に本体ごと叩き壊しているところだ。
「ま、せいぜい頑張って、お前も神聖竜を倒すことだな」
そして俺と同じ願いを叶えてもらうこと。
【現実世界に行きたい】
血を吐くような思いで神聖竜に願った瞬間。
渡されたのは、小さな精密機械。
遠く離れた個人と個人を一瞬でつないでしまう、魔法のような道具。
手にした途端にコールが始まり、出た相手は、夢の中のあの少年で——。
「初めまして、タツミ君。キミ、勇者をやってみる気はないかい?」
考えるより先に、言葉が出ていた。
「さてと、まずは『コンビニ』でも行ってみるか」
口慣れない単語をわざと声に出してみる。それだけでちょっと楽しい。ヤツも言っていたが、確かに「夢」で見ているのと実際に携わるとではだいぶ違う。こっちは少し、空気が悪いかな。
さーて、あんまりのんびりしてもいられない。ヤツが戻ってくるまでに、なんとか完全に入れ替わる方法を見つけないとな……。
生かさず殺さず、どうやってクリアを諦めさせるか。
部屋を出る。剣も魔法もない奇跡のような世界での、記念の第一歩だ。