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第1話 エスケープ :タツミサイド

 そりゃ確かに現実を忘れたいって気持ちがあったことは認めるよ。もう何年前になるのか、王道RPGの決定版「神聖竜物語3(セイクリッド・ドラゴン・ストーリー3、略してドラスト3)」なんかにハマってた幼少時は僕も平和な毎日を送っていた。もともとゲームそのものをほとんどしない僕が、この3だけは飽きもせず何度も周回していたものだ。

 あの頃が急に懐かしくなって、衝動的に古いゲーム機を本体ごと押し入れから引っ張り出し、裏ボスである神聖竜との決戦直前で止まっていたセーブデータを再開したのが昨日の夜中。夜更かしなんて滅多にしないんだけど、人間たまには精神的に「避難」したい時ってあるでしょ。

 でもあくまでゲームってのは、一時的な心の休憩時間に過ぎないものだと僕は思う。それで活力を養ってまた明日から厳しい現実に立ち向かっていくわけですよ。最近よく見かける「異世界に転生してどうの」なんてものに、僕はまったく興味はない。

 なんというか、人選ミスだと思います。僕みたいにそれなりに生活こなしてる人間じゃなくてさ。こういうのは、例えばこう、性格的に優しすぎるが故に現実世界に対応し難い方、とかが向いているのではないでしょうか。

 現実ではダメダメな主人公が異世界で困難に立ち向かい、成長する感動物語!

 ほら、その方がサマになるって、絶対。


 ——なんてことをダラダラ考えながら寝てるフリを続ける僕を、ゲーム世界のお母さんは、優しく優しーく揺すって起こそうとしている。

「まったく、こんな大切な日だっていうのに寝起きが悪いのは、あの人に似たのね」

 むしろ嬉しそうな声。「頼もしい」という解釈なんだね。ポジティブな親だ。

 今日は僕の一六歳の誕生日。かつて世界を救うために旅立ち、そのまま行方不明となってしまった勇者ライオスの一人息子である僕が、父の遺志を継ぎ魔王討伐のために旅立つという、大切な日。

 数十年前の8ビットCPUから始まったこのシリーズは、今では10を超えるナンバリングタイトルがあり、それぞれが何度かリメイクされている。僕はリメイク版の3しかプレイしたことはないが、前に動画サイトのゲーム実況で観た初版とストーリーはほぼかわらない。この導入部分もよーく存じ上げている流れだ。

 そうか、最初からなのか。ああもう面倒くさい、せめてセーブデータの所からスタートしてくれれば、速攻で神聖竜を倒して日帰りできただろうに!



「——おはよう、母さん」

 腹をくくって身体を起こす。こうなったら仕方ない、やることやってさっさと戻ろう。切り替えの早いヤツが生き残るもんだって、死んだひいおじいちゃんの口癖だったし。リアル戦争体験者の言葉には重みがある。

「ようやくお目覚めね、私のかわいい勇者さん」

 ゲームのお母さんは(美人だ。しかも若い)ふんわり笑って、僕の頭をクシャッとなぜた。

「さ、早く支度してちょうだい。王様にご挨拶、しないとね」

 笑顔が少し切ない。そりゃそうだろうな。一人息子で愛する夫の忘れ形見を、死地に送り出すんだから。初プレイ当時、マセガキだった僕はこの時点でそういう裏事情を想像して、実はかなり根の暗いゲームなんじゃないか?とか思ってたっけ。嫌な裏付け取れちゃったな。

 まだ寝ぼけている演技で、勝手のわからない「支度」を手伝ってもらう。それなりに整ったところで、パンと野菜ジュース(ナゼ青汁?習慣?)で軽い朝食を取り、僕とゲームのお母さんは城に向かった。

 ゲームでは一人で王に謁見するはずだったが、ここはゲームのお母さんがついてきた。案内がなければ一発で迷いそうな立派な城だったけど、そこにおわします王様はなかなか気さくな人で、僕やゲームのお母さんとも親しげに話してくれた。

 ゲームでは出てこない雑談をカットすると、ここも記憶にあるシナリオとそう違いはない。激励を受け、いくらかのお金とアイテムをもらい、「冒険者の酒場」で仲間を連れて行くよう助言を与えられて退室する。途中、知り合いらしい兵士に「例のアレ、頼みますね」とかなんとか言われてヒヤッとしたが、どう見ても年下の僕に敬語だから友人未満の間柄と推測し、曖昧な返事でやり過ごす。

 城の前でゲームのお母さんと別れた。別れ際にギュウっと抱きしめられてドギマギした。母親に抱きしめられるなんてもう何年も無い経験だ。こっちのお母さんはずいぶん感情表現がストレートだな。ちょっと羨ましいかも。


 さて……そろそろかかってくる頃か。

 一人になった僕は近くの建物の裏側に回り、周囲に人がいないことを確かめてから、ポケットからスマホを取り出した。ベッドの中にいた時からずっと隠し持っていたものだ。案の定、取り出した途端マナーモードにしていたスマホが震えた。

『どうだ、俺のおふくろ。なかなかイイ女だろう?』

 開口一番それですか。まさか勇者がマザコンとは思わなかったよ。僕はため息をこらえつつ、昨日の対話の内容を確認した。

「で? ナビはしてくれるって約束だよね」

 僕の言葉に、彼は「まあなー」と面倒そうに答える。

『でもこっちもドッキドキの異世界生活だしぃ? んなヒマねえかも』

「ふざけるな。だいたい僕は本気で承諾したわけじゃないんだぞっ」

 思わず怒鳴った僕に、彼は——本物の勇者アルスは、くっくと嫌な笑いをもらした。

『でもお前、言ったじゃねえか。『代われるものなら代わりたい』——ってさ。だから俺は、お前の願いをかなえてやったんだぜ?」

「悪魔か君は……」

 初めて会話した時は、そりゃもう立派な勇者様って感じで、僕も思わず彼の話に引き込まれてしまったものだけど。だからつい、こんなアホな話に乗ってしまったんだけども。

 ドラストにも「魔法使い」や「戦士」というRPGではお馴染みの「職業」の概念があるが、きっと「詐欺師」という裏職業が存在するんだ。そうに違いない。

「君がサポートについてくれなきゃ、とてもじゃないけどクリアなんて不可能だよ?」

 僕の言葉に、アルスは軽く言い返してくる。

『でもお前、四回もクリアしてんだからストーリーは頭に入ってるだろ。俺のナビなんざ要らねんじゃね?』

「あのね、自分の母親の名前すら知らないのに、どうしろっていうんだよ」

 ゲーム世界に来るにあたって多少の予備知識はインストールされるかと期待していたのに、僕は本当に「僕」のままだった。さっきの兵士だって、もしかしたら過去にアルスの命を救った恩人かもしれないが、どこの誰だか僕にはさっぱりだ。

 人間関係の話だけじゃない。ブーツひとつ履くのにも苦労した。服も麻製の布地は少しゴワゴワしてて、これも慣れるまでかかりそうだ。四次元ポケットみたいに何でも入る「マジックバッグ」を最初から持っているお陰で、王様からもらったアイテムを担いで歩く必要はなくて助かったけど。たとえば、いずれ数万単位で持ち運ぶことになるはずの金貨とか、みんなどうやって管理してるんだ?

 どんな体感ゲームでも味わえないリアリティ。うわっつらのシナリオを知ってるだけでどうにかなるほど、この世界は安っぽい作りじゃない。目覚めから数時間たっただけで、僕はそれを痛感している。

『大丈夫大丈夫。言葉も通じるし文字も読めんだろ? なんとかなるだろ』

「なんとかならないから言ってるの! とにかくナビ。ゲームと実際に携わるのとじゃ、勝手が違いすぎる」

 僕が辛抱強く繰り返すと、彼は電話の向こうで『へいへい』と投げやりに返事をした。

『わーったよ。んで、これから酒場か?』

「そうだよ、君のオススメは?」

 ゲーム上では数値しか見えない相手だったけど、これから生死をともにする仲間だ。実際の選択基準には、もっと細かい要素があって当然だろう。

『そーだなー。宿屋の娘でエリスってのが、魔法使い登録してるはずだ』

「人の話は聞こうよ。友達とかは避けて欲しいんだって言ってるだろ」

 僕は君の交友関係を知らないんだってば。舌打ちしそうになったのをなんとかこらえた僕に、バカ勇者は追い打ちをかけた。

『安心しろ。友達じゃなくて元カノだ。こないだ捨てたんだよな。でも魔法の才能はホンモノだから、連れてって損はねーぞ、うん』

 うおおおおい、そんなの押しつけるなー!

『というわけで、今日のヒントはここまでー。じゃあ頑張ってね。ばいばい』

「ええ? 切るなよオイっ……って……ちょっと……」


 ——ただいまおかけになった番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が——


 あのバカ電源まで切りやがった! その後何度リダイアルしても、あの無情な音声案内が流れるのみ。

 本当に失敗した。「勇者になりますか?」と聞かれたあの時、なぜ僕はうかつに「はい」を選択してしまったんだ。

 どう考えてもあの人、僕を身代わりにする気マンマンだ。これは、あれだな。ゲームキャラの現実逃避に、プレイヤーが付き合わされた——ってことですかね。

これの初期バージョンを書いたのがもう十数年前なので、今更まともな文章が書けるのが不安ですが、少しずつ続きを投稿していきたいと思います。

もし、某竜探索RPGの固有名詞をそのまま使ってしまっている箇所を見つけましたら、そっと教えて下さい。

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