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ショートショート系短編

婚約破棄未遂事件、あるいは竜に掻っ攫われた話

作者: 白澤 睡蓮

「アローゼ、これらを踏まえてお前との婚約を破……」


 立て板に水のごとく雄弁に語っていた王太子リシティが、中途半端にそこまで言って急にフリーズした。最後まで言わないんかいと、その場にいた多くの人が思わずにはいられなかった。会場内に潜んでいた国王直属の隠密は、この騒ぎのせいで胃が痛くて仕方ない。


 王立学園の卒業パーティーの中心で、婚約破棄騒動の当事者である三人、王太子リシティ、公爵令嬢アローゼ、男爵令嬢ルゼリーは、それぞれ頭の中で考えを走らせまくっていた。不自然に黙りこむ三人に、周囲の人々は何も言えない。


 公爵令嬢アローゼはリシティの婚約者であり、寝取られに興奮する人物だった。ルゼリーにリシティを寝取られている現状も、アローゼにとってはご褒美でしかない。


 この国で一夫多妻が認められているのは国王だけだ。正妃と側室、この公然寝取られ以上の寝取られなどあるだろうかいや無いと、迫真の顔でアローゼは常々思っている。だからアローゼは断固として、婚約破棄されたくないのであった。


 かたや王太子リシティは、自分の発言を絶賛後悔中だった。今にも怒り出しそうなアローゼの父に、このままでは後ろ盾が無くなることをすぐに理解した。王太子の地位を剥奪されるのも、時間の問題になる可能性が高い。


 そしてここまできて、今更にリシティは気付いてしまった。今婚約破棄してしまうよりも、正妃にアローゼと側室にルゼリーで両手に花の方が良いではないかと。リシティは可愛らしいルゼリーに熱を上げているものの、美人なアローゼのこともまだ心に残っていた。はっきり言って発想がクズである。


 そんな中、男爵令嬢ルゼリーは元々リシティの愛妾か側室狙いだった。彼女は貧乏男爵家の出身で、お金に困らない暮らしがしたかっただけだ。このままでは職務ばかりの正妃となるか、リシティと一緒に平民落ちの、ルゼリーにとってはデッドオアデッド。ルゼリーはリシティよりも、お金が好きな生粋の守銭奴だった。なんとしても婚約破棄は止めて欲しいと、ルゼリーは心の底から思っていた。


 三者三様の理由ではあるが、今から婚約破棄をどうにか回避できないかと、三人ともが考えていた。婚約破棄しても誰一人として幸せになる人がいない、謎の地獄だ。会場内の人が反応に困る微妙な空気の中、打開策を誰も見いだせない。


 ところが卒業パーティー会場は、一気に婚約破棄どころではなくなった。会場の外に紫紺の鱗をもった竜が突然現れたのだ。会場内はざわざわと騒がしくなった。


 会場内を一瞥した竜は、煌びやかな男物の騎士服を身にまとった、細身の人型に変化した。ハーフアップにした紫紺の髪と、ラベンダー色の瞳に見る者は魅了され、なんてイケメンなのだろうと会場内の誰もが思った。


「迎えに来たよ、我が番!!」


 肩で切りそろえられた紫紺の髪を揺らしながら、騎士はテラスから会場の中に歩みを進めた。まさか私が求婚されちゃう? と思ったアローゼの横をすり抜け、更なる玉の輿に乗れちゃう? と思ったルゼリーのことをスルーし、騎士は跪いた。リシティの近くの、何もない柱の前で。


 このときリシティは内心ほっとしていた。自分の前で跪かれたらどうしようと、本気で心配していた。リシティは両手に花とか考えだす男だ。彼の女好きは筋金入りだった。


 混乱する会場内のことを気にも留めずに、騎士は甘く優しく柱に語りかけた。


「姿を見せてくれないか、私の愛しい番殿」


 実は竜が姿を現したときから、並々ではなく心をかき乱されている人物が、会場内にただ一人いた。隠れ続けることを諦めた彼は、隠していた姿を現した。黒衣に身を包んだその男は、胃が痛くて仕方ない隠密だった。


「ようやく会えたな」


 騎士は隠密を軽々と高い高いし、くるくるとその場で回った。自分より背が高い鍛え上げられた筋肉の男を、騎士は嬉しそうに振り回している。騎士の見た目と、実際の腕力の不一致が深刻だ。


「自分は男なのですが……。何かの間違いというのは……」


 隠密は困惑声しか出せていない。振り回されて目も回る。


「ああ、もしかしてこの服装かい? 私は正真正銘女だよ。着替える時間が惜しくて、騎士学校の卒業式から、そのまま君を迎えに来たからね。君がドレスの方が良いなら、後で喜んで着ようではないか」


 男装騎士は心配するなと、頼もしく笑った。高い高いから下ろされた隠密は、ふらふらと床に倒れこんだ。世界が回って隠密は立ち上がれない。


「さあ君の両親に挨拶にいこう」


 男装女性騎士にお姫様抱っこで運ばれる、筋肉質な隠密。明らかに絵面がおかしいが、竜相手には誰も突っ込めない。


 呆気にとられていたリシティが我に返り、慌てて声を張り上げた。


「客人を拍手でお見送りするぞ」


 リシティの言葉を合図に、会場内に拍手が響き渡った。


「お騒がせしたね」


 男装騎士は再び紫紺の竜となり、番の隠密を連れて飛び立っていった。最も有能な隠密が竜に掻っ攫われてしまったと、国王が頭を抱えるのはこれから少し後の話だ。


 その後の卒業パーティーは竜と隠密の話でもちきりとなり、リシティの言いかけ婚約破棄宣言が話に出てくることは、たったの一度も無かった。誰もがきれいさっぱり忘れていた。有能な隠密に加えて、竜に話題も掻っ攫われた有様だった。


 だが幸か不幸かこの一件のおかげで、リシティの婚約破棄の件はうやむやになり未遂で済んだ。婚約は現状維持となり、結局リシティはアローゼを正妃とし、ルゼリーは側室となる予定だ。どいつもこいつもで、ある意味お似合いな三人の関係は、とりあえず丸く収まった。


 苦労性だった隠密も番の竜と幸せになり、人員が減った隠密部隊の労働環境のブラックさが加速した以外は、めでたしめでたしだ。

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