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羽化  作者: 春江 柚里
3/3

羽化(うか)

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生々しい思春期の暗さがあるかもしれません。人間的な暗さなども。

また、ロリータコンプレックス的な要素を含みます

(恋愛感情の萌芽は、ある程度の年齢になってからという設定ですが)。

そういったものに嫌悪がある方は、ご気分を害される可能性がありますので、

精神衛生上、ブラウザバックをおすすめいたします。

2009年9月6日 春江

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週末、ケーキの入った白い紙箱を片手に、僕は従姉弟を訪ねた……いや彼女を。


マンションのエントランスを抜け、エレベーターホールまで来ると、僕は人差し指で「▲上」ボタンを押した。

押しつけられたプラスチックのボタンが、カチッというチープな音をたてたと同時にほんのりとオレンジに発光した。

エレベーターは3機ある。1機は整備中。残りは2機。待ち人は僕一人。

従姉弟が住むのは5Fの角部屋だ。エレベーターは、30階と28階にいる。

30階の方は、下へと向けて降りてきているが、28階の方は上へと向かっている。

僕は降りている方を頼りにすることにした。

階数をしめすデジタル表示のモニタは、初めのうちこそ激しく形を変えたが、下りは20階、17階、10階と途中にとどまって、しばらく動かなくなる。

上りは、やはり上り続けたままだ。

待つことがももどかしく感じられ、僕は階段を使うことを選んだ。

階段へは、来た道を少し戻らねばならない。

きびすを返し、少し戻れば、無機質な灰色の扉に”非常階段”の赤い文字が飛び込んでくる。

すぐに丸い金属のドアノブを握ると、すいつくような、ひんやりとした感触がした。

時計回りに引き寄せれば、手には金属特有の無機質な感覚が伝わってくる。

重さのある扉を開けると、こもった空気が流れこんできた。

その、窓のない階段は、四方をすすけた白壁に囲まれ、奇妙な息苦しさがある。

足を踏み出したと同時に、後ろでガチャンという激しい音がした。

予想したよりも、激しく大きな音に驚きながらも僕は歩みを止めない。

足の先で段をけり、手すりを引き寄せる力の反動を使い、一段また一段と高みを踏みしめる。

汗ばんだ手に硬い感触を感じる。厚紙だ。手に持った紙箱のもち手が食い込んでくる。

僕はあわてて、ケーキの存在を思い出して、今さらながらにエレベーターを使わなかったことを後悔した。

ケーキには、ホイップされたクリームや色とりどりの果物が乗っている。

見た目がくずれてしまうのは、まずい。箱を空けた瞬間の、嬉しそうな彼女の顔がみたい。

そのために、わざわざ女性の同僚から女の子が喜びそうな洋菓子店を頼み込んで紹介してもらったのだから。

深い青色のリボンがついた紙箱の中には、彼女が想像する宝物が入っていなければならない。

決して……宝物の残像を残す塊であってはいけいない。

紙箱を、水平に保つように気をつけながら、僕は、階段を上がりながら、全神経を手に集中させた。

3階の踊り場あたりで、足が重くなるのを感じ、ついに4階では息が上がってきた。

途中、若い男女とすれ違い、すれ違いざまに会釈をした。

二人が僕にちらりと視線を送るので、僕は自分が赤ら顔で荒い息をした不振者に見えるのではないかと不安になり、急に恥ずかしくなってきた。

だが、そんな心配をよそに、二人はまたすぐに会話に花を咲かせはじたのだった。

残る数段を上り終え、我慢できずに大きく息を吐き出した。

しばらく身を屈めて、呼吸が整うのを待ってから、着ているものを整えた。

昨日デパートで選んでもらった、丸襟のクレリックシャツと細身のパンツに皮のベルト。

一応、鏡で見た自分はそれなりにキチンとした格好をしていたように思う。

従姉弟の家の扉が見えてくると、僕はモニタつきのインターフォンを押した。

あらかじめ来訪は従姉弟には予告してあったので、すぐに扉が開いて迎え入れてくれた。

靴をそろえて振り向くと、白いワンピースを着た彼女の姿が見えた。

彼女は、どうしていいのかわからないと言った様子で、目を伏せてうつむいていた。

僕は、彼女の目線にあわせて笑った。

腹をくくったように彼女も笑った。

その笑顔は、目元の形だとか口元のゆがみが、間違いなく彼女が、彼女であることを思い出させてくれた。

ケーキがの箱を差し出すと、目を大きく開けて驚いた顔が、すぐに笑顔に変わった。

ありがとう。―――そのシャツ素敵ね。

彼女のその言葉に、全てが報われた気がした。


◇ ◇ ◇


さっそく、リビングでケーキの箱を開けた二人の女性の驚きようと言ったら、僕を満足させるのに十分すぎるほど十分な反応だった。

心外にも従姉弟からは、あなたも、こういうこ洒落たことが出来るようになったのねぇとのお言葉を頂戴した。

ケーキならいつも手土産に持ってきているだろう、と反論すると、いつもの駅前のケーキ屋では芸がないと思ってたのよという答えが返ってきた。

彼女も母親と同じ意見だったのか、箱の中のケーキに乗った果物を一つ一つじっと見入っている。その、真剣な表情がどこか微笑ましい。

ケーキ一つでこんな顔をしてくれるのなら、もっと……努力すべきだったのかもしれない。

従姉弟の旦那さんは出かけているそうで、一つ残ったケーキは冷蔵庫に保管された。

三人で、たあいもない話をしながらお茶をする。

僕の近況をききながら、従姉弟と彼女がいちいち反応してきて、このケーキをどのように仕入れてきたのかまで全部語らされてしまった。

そして話は、洋菓子店を紹介してくれた同僚の女性におよび……恋人じゃないのと従姉弟にからかわれ、彼女はじっとこちらをみつめていた。

あわてて僕は、ただの同僚だよと弁解した。従姉弟は意味深長に、ふーんとうなづいただけであった。

彼女がすぐに別の話をふってきたので、遠慮なく僕は乗らせてもらうことにした。


従姉弟は洗い物をすると言って、扉一つはさんだ台所に消えて行った。

手伝おうかと声をかけるとキッチンまでお皿を運ぶのを手伝わされ、それ以上は求められなかったのでリビングへ戻った。

その時目にした光景がとても印象的で、思わず僕は立ち止まってしまった。

リビングは明るい日の光に満ち、ソファーには彼女が無防備にもたれている。

閉じられた瞳をふちどるのは、小刻みにゆれる睫。しなやかな足が開放的に伸ばされ、細い腕が、ギュッとクッションを掴むあどけなさ。

今までに、こんなにキレイなものを見たことがあるだろうか。

成熟を迎える前の、幼さを含む、ひどくアンバランスな、それゆえにどこか人を引きつけるある種の魅力。

僕はその髪に触れたいと思った。

口元にかかっている髪を払ってやる、という口実を自分に言い聞かせ、手の甲で彼女の頬に触れた。

すべらかな、つるりとした肌の感触が心地よい。細いやわらかな髪の感触は以前と変わらず、どこかなつかしい。

髪から手を離すと、待っていたといわんばかりに彼女は目をあけて、僕の額に自分の唇を押し付けた。

唇は柔らかく、シャンプーの甘い香りがした。

彼女は、すぐ立ち上がると、僕に背を向けてふわりと数歩進んだ。

三歩目で、迷ったように動きが緩慢になったので、振り向くのではないかと僕は期待した。

しかし、それはただの空想と終わり、彼女は階段を上って二階の自分の部屋へと消えてしまった。

しばらく、僕は呆然と彼女が立ち去るまでのその動きを、一コマ一コマ再生して、ぼけっと彼女の消えた方向を見つめていた。

背に、カチャカチャという音が聞こえはじめ、それは徐々に現実味を帯びたものとなり、皿を洗う音だと気づけば従姉弟の存在を強く感じさせた。

―――これは本気なのだろうか。それとも遊ばれているのだろうか。

自分の中に、再び高まる衝動を感じた。


蛹を脱ぎ捨てた蝶は、誘うように、ひらひらと鮮やかな記憶を残して目の前から消えてしまった。

僕は引き寄せれられるように、彼女の後を追う自分をどこか遠くから眺めていた。


―――蝶に引き寄せられた蝶は、羽をひろげて、自らもふわりと飛び去ったのであった。


お疲れ様でした。最後までお読みくださりありがとうございます。

ふわりと少女を羽化させたい!をテーマに書いた駄文です。

空に飛び立つ前に、べチャっと地面に突撃させたくははないなと必死にがんばりましたが、まだまだ未熟で、ちゃんと飛べているか心配です。

というか、なぜか主人公も飛んじゃいましたが、これは予定外です(笑)


設定が消化しきれていない部分や、表現が伝わりにくい部分など多々あるかと思いますが、少しでも共感であったり、微笑ましく思っていただける部分があれば幸いです。


最後に、いろいろと指摘をうけた作品ではありますが、それゆえに、感じ方の温度差などを学んだ作品でもあります。


好きな部分を素直に伝えてくれた友人、続き書いてねという言葉をくれた友人、きつい指摘の数々をしてくれた友人たちへ感謝したいと思います。


今の私には、その指摘の意味を理解することができませんので、おっしゃる指摘のレベルにさえ達していないのでしょう。

書いていくうちに少しでもその意味を実感できるレベルになれたらいいなと思い、しばらくそのご指摘は大事にしまっておこうと思います。


遅筆でも書き続けることでつかめるものがあると信じて。


2009.春江

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