「スザク傭兵団2番隊って大丈夫ですか」
スザク傭兵団2番隊のお話し。スザク村の守備隊に新参者の将校が、異動してきた。2番隊副隊長ナリアは、クリス隊長の面倒を見るのが仕事といっても過言ではなかっが、とんだトラブルに巻き込まれる。
<スザク傭兵団2番隊>
今回の話は、スザク傭兵団2番隊のお話し。
スザク傭兵団は、1番隊、2番隊、3番隊から構成されている。
1番隊と2番隊は、傭兵部隊として自国・他国をはじめギルドからも依頼を受け出稼ぎをしていた。そして、3番隊は、村周辺の警備や警察業務の仕事を主に行っていた。
1番隊は、隊長のソウ・オキタを筆頭に傭兵部隊の中で剣術に秀でた者が選抜され抜刀隊として近接戦闘を得意としていた。一方、2番隊の隊長である、クリス・ジュダイは、ジュラ人とヤポン人のハーフで剣術はもちろん傭兵部隊の中でも秀でた腕をもっていたが、魔銃を好みその腕は、世界でも数本の指に入る腕前をしていた。また、弓を得意とするハーフエルフのナリア・メロディリアが副隊長を務め、魔銃と弓を主体とした中・遠距離攻撃を得意としていた。
「クリス隊長、今度の依頼なんですが、1番隊との共同作戦になるそうですね」
「ん…、誰から聞いた。俺は、何の命令も受けてないぞ」
「1番隊のシズから聞いたんですが…」
「シズって、衛生方の?」
*衛星方とは、いわゆる衛生兵のことで、スザク傭兵団は、隊に1名非戦闘員の治療師を配置している。また、武器などの整備と修理を担当する鍛冶方も1名、配置していた。
「メイリが、シズから聞いたと…」
「衛生方の情報網からか、口が軽いのも考え物だな。ナリア、その話、メイリに言って口止めしておけ」
「承知しました。でも、ちがうんですか?」
「正式には、聞いていない。しかし、団長に確認しておくから、1番隊と2番隊の共同作戦となったら結構でかいヤマだろうからな、軽々しく噂になったらまずいことも出てくるかもしれんしな」
「クリス隊長にしては、まともなことを言うんですね」
ナリアは、目を丸くして言った。
「おいおい、クリス隊長にしてはとはなんだよ。俺も一応は2番隊隊長なんだからな」
「いつも女隊員のお尻ばかり追っかけているじゃないですか」
真面目なナリアは容赦ない。
目を泳がせながらクリスは黙るしかなかった。
スザク村には、砦がありそこには、ジュラ連合の正規兵である守備兵が駐屯していた。
その砦の一角にスザク傭兵団の屯所もあった。
守備隊員は、傭兵団員が戦闘経験と武力に秀でていることを知っていたので、侮ったり軽蔑することはなかった。また、同じ練兵場を使用していたので互いの練度の向上を刺激しあいながら行っていた。
守備兵の中には、老兵になり過酷な傭兵団を引退して予備守備兵になった者もいたので、関係は非常に良いものだった。
*予備守備兵は、平時は農業などを行っているが、戦時には、守備兵として動員される兵で定期的に訓練を行う義務があった。
しかし、転属組の新参者でそのような事情をわかっていない貴族出身の将校がいた。
2番隊が練兵場で、弓の訓練をしていたところ、その若い将校がやってきた。
「ジュラ連合の正規軍である守備隊が、卑しい傭兵どもと同じ練兵場で訓練など、さっさと場を開けろ!糞傭兵!」
「守備隊の弓隊が訓練を行う。どけ!消えうせろ!」
ナリアは、傭兵団随一の弓の名手で400メル先の的を射抜くことができた。
また、傭兵団の2番隊の弓使いたちは、エルフの血を濃く受け継いだものが多く、守備隊の弓部隊に比べその技量は優れていた。
「あら、新参の将校さんかしら?」
「正規兵の将校への口のきき方も知らんのか、田舎者の傭兵はなっておらんな。我々は、国を守り、民のために戦っておるのだ。おまえらのような金儲けの為に戦っているものとは性根がちがうのだ。そこをどけ!」
ナリアは、呆れた。
ただ貴族ということだけで将校となり、大事な国境の護り手となっている世間知らずの将校に。
「将校様、申し訳ありませんでした。田舎者の非礼をお許しください」
そういって、守備隊に弓の訓練場を譲った。
ナリアは、傭兵団の弓使いたちを守備隊の後方に下がらせ、そこに一列に並ばせた。
「これより間接射撃の訓練を開始する。打ち方用意!」
弓使いたちは、矢をつがえ前方に向かって弓を絞っていく。
「何をする気だ、女!血迷ったか!」
新参の将校は、怒りと恐怖の表情をユリア向けた。
「目標、弓訓練場の的。方位、そのまま、距離200メル」
「狙え!」いっせいに弓使いは絞った弓を45度の角度をつける。
「放て!」矢は、守備兵の頭を超え放物線を描きながら的に吸い込まれていった。
矢は的に次々とすいこまれるように当たっていく。
矢が放たれた瞬間、新参の将校は、腰砕けになりそこに座り込んでしまった。
守備兵たちは、傭兵の弓使いたちの技量を十分に知っていたので、平然とその光景を
眺め、中には新参の将校の様子を見てクスクスと笑い出すものもあらわれた。
座り込んでいた新参の将校は、居住まいを正し笑い出した兵に向かって言い放った。
「将校を笑うとは、上官侮辱罪で厳罰に処すぞ」
歴戦の戦士が多い兵たちは、そんなことではひるまない。
戦の最中、部下をないがしろにして無能を露呈した将校が、味方の兵に後ろから射られることも稀ではないことを兵たちはよく知っていた。戦のさなか、流れ弾があたることもあるし、兵が口裏を合わせれば何が起こったか検証する暇はない。兵は、上官に命を預けて戦う。しかし、上官がそれに能わない者なら排除することもいとわない。背中を預けて戦うとき、信頼が最低条件となる。軍法は二の次になる。この世界では、死は身近なものであり、命はある意味、軽いものだった。
新参の将校は、司令官室で司令官である。ケビン・フォン・エリック大佐の前に立っていた。
エリック司令は、自分の所領をもたない騎士階級の貴族で、部下からの人望と実績でスザク砦の司令に下級貴族ながら抜擢された人物だった。物事に動じない精神力と作戦運用能力は誰もが認めるところだった。
「貴殿の訴えは、理解した。しかし、弓隊の下士官からの報告とだいぶ様子が違うのだが?
報告を上げた者は、この砦の古参の下士官で私も信頼しているものなのだが、その者が嘘を言っているのかな?」
顔色を無くした将校は、黙ってそこに立っているしかなかった。
そこに副司令官のヤコブ・フォン・シンドルが発言を求めてきた。
シンドル中佐は、上官であるエリック指令官より年長であった。思慮深く表情を表に出さない沈着冷静な人柄だったので、誤解を受けやすいこともあり昇進とは無縁な軍隊生活を送っていた。しかし、その兵站運用能力は優れたものがあり、実直な性格をエリック指令は高く評価していた。
「司令、ヘス准尉は、まだ軍歴も浅く未熟なこともありますので、今回の件は私に任せていただけませんでしょうか」
エリック司令は、頷き、副指令に任せることにした。
傭兵団の屯所内にある食堂でユリアは、3番隊副隊長のユリ・イリーガルを相手に練兵場の顛末を話していた。
「高飛車な新参の将校、腰を抜かしてアワアワ言ってましたよ。あんな者が兵の上にいるなんて…」
ナリアは、その端正な美しい顔を苦虫を噛み潰したような表情でいった。
「またまた、問題を起・こ・し・て。どうして2番隊はいつもめんどうな問題を起こしてくれるんで・す・か・ね。隊長がああいう人だからあなたが、しっかりしないといけないのに…ほんと参りま・す・ね」
いつものゆっくりとした口調でナリアに言葉を返し、豊満な胸をテーブルに押し付けつっぷした。
翌朝、ユリ・イリーガルは、困り顔で食堂の天井の見つめている。3番隊隊長のケイ・ヤマナミが『仏のヤマナミ』と称され、それに並び『ユリ観音』と呼ばれ、傭兵団の良心といわれていた。
何か問題が起こった時の処理担当に自然に仕向けられるのだった。
「副指令から今回の件で話しがあると先ほど、連絡があったんです・よ・ね」
話している相手は、2番隊副隊長ナリア・メロディリアだ。
3番隊副隊長のユリは、留守居役をすることが多く守備隊と傭兵団との連絡窓口になっていた。また、守備隊との連携も深める必要もあったので守備隊副指令のシンドル中佐との連絡もとっていた。
副指令からの話は、要約すれば以下のようになる。
・若輩の新参准尉が、無礼なもの言いをして申し訳なかった。
・貴族のプライドの塊のような者なのだが、なんとか使える軍人にしたいので協力して欲しい。
・守備隊と傭兵団とで模擬戦を行い、傭兵団の実力を肌で感じてもらい、また部下との信頼関係の重要さにも気づいてもらいたい。
そんな内容だった。
模擬戦は、ヘス准尉が率いる守備隊50名が守る拠点をナリア率いる2番隊の1分隊11名が攻めるということになった。
ルールは、制限時間内に拠点の旗を奪えば傭兵団の勝ち、守り抜いたら守備隊の勝ちとなる。
ヘス准尉は、ジュラ国立士官学校を優秀な成績で卒業したこともあり、拠点守備の基本を押さえた兵の配置を速やかに行った。テキパキとした迷いない指示に守備兵は、ヘス准尉の能力を見直し、指示に従った。
一方、ナリアは、すぐに攻めることはせず、守備兵の配置を斥候をだして確認していた。
斥候からの報告を聞きながら兵の配置図を作っていく。
「あら、結構、ちゃんとしていますね。ただの坊ちゃんではないようですね」
「でも、基本に忠実すぎるようですね」
「それでは、側面陽動の正面突破の力技でいきましょうか」
7名の弓使いを側面に回り込ませ、守備隊に弓攻撃を始めた。守備隊の弓部隊の弓とは射程距離で上回ることを利用し一方的に射掛ける。
ヘス准尉は、我慢強く、その攻撃を耐えていたが、少しずつ距離を詰められていることには、気づくことができていなかった。そして、弓使いたちが一度に2本の矢を放っていたことも気づいていなかった。そのため、傭兵隊の11名が全員で一斉に矢を放っており側面に兵が集結しているものとばかり思いこんでしまった。
「弓攻撃が終わったら、側面から突撃がくるぞ、守りを側面に集中させろ」
「盾から顔を出すな、突撃が来たら一斉に射掛ける」
「ここは、我慢だ。耐えろ!」
側面の弓攻撃は、200メルからはじまって今は、150メルまで詰め寄ってきていた。
守備隊の弓兵の射程距離になっていたが、間髪入れず弓が飛翔してくるので、守備隊は、盾に身を隠すのが精いっぱいで距離を確認できていなかった。傭兵隊の弓使いにとっては150メルは必中の距離になっていた。3名の弓使いが、弓から刀へと武器を持ち換え突撃を慣行する。しかし、一定の距離を保って無理に突っ込んでこない。
「抜刀隊がきたぞ。弓を射かけよ」
弓兵が抜刀隊に弓を射かけるため、盾から身をさらけ出す。そのとたん矢じりが、木製で先を丸めた矢が額にあたる。模擬戦用の矢とはいえ当たれば結構な衝撃になり昏倒する兵もでてきた。攻撃が当たった者は、その場に倒れその後の戦闘には参加できない。
「正面の槍兵を側面に回せ、このままでは突破されてしまう」
兵を回したその時、正面からナリアを先頭に4名の抜刀隊が正面から攻め寄せてきた。時間差を設けて側面からも突撃が慣行され正面への援軍にはいれないでいた。正面の弓兵はナリアにいとも簡単に射落とされ正面を突破されてしまった。
ヘス准尉は、拠点守備隊の槍兵10名とともに旗を守っていた。疾風のごときに攻め寄せたナリア隊に最後の抵抗を試みる。
「ヘス准尉を守れ!旗を守れ!」
兵たちの声が響く。老兵がヘス准尉を身を挺してかばって倒れた。
「ヘス准尉様、残っているのは、貴殿だけです、降伏されますか」
「守備兵が、身を挺して守ってくれたものを易々と降伏などできない」
「あら、すばらしいお返事ですわ、それでは、最後に一騎打ちを所望しますが、いかがします」
「望むところ!」
勝負は、一瞬にしてついた、1合も剣をあわせることもできずヘス准尉は敗れた。
食堂で2番隊隊長のクリス・ジュダイと3番隊副隊長のユリ・イリーガル、2番隊副隊長ナリア・メロディリアが集まっていた。
「守備隊もなかなかやりますね。こちらも3名ほどやられてしまいました」
「損耗率2割7分ちょっとか、ちょっとやられすぎだな。ユリアの指揮が悪かったんじゃないか」
「あの将校、ヘス准尉って言ったかな、意外に兵の配置だとかテキパキしてたし、指示もそこそこ的確だったから守備兵の信頼を最後は得ることができたみたい・で・す・ね」
「そうなんです。ユリさん」
「それで、守備兵もがんばっちゃった感じか」
「そうそう、副指令から感謝の気持ちだってワインを頂いたから飲み・ま・す・か」
「おお~、うまそうだな」
「隊長は、今回は何もしていないじゃないですか」
「固いこと言うな、2番隊の手柄は俺の手柄だからなぁ」
「わっはっはは」
ユリアは、この脳天気な隊長についていくことに少し不安を感じるのであった。