「魔法がつかえないなんて」
学校生活が始まったシン。そしていよいよ、魔法検査の日がやってきた。
<学校>
朝餉の香りと小鳥の鳴き声で目が覚めた。
学校にも通いはじめて数日がたとうとしていた。
この世界の教育は充実しており、図書館も併設されている。
記憶が戻るまでも学校には通っていたのだが、普通の10歳が知りえる知識は
限りがあるし、熱心に勉強していたわけではないので、この世界の情報を得る
必要があった。
「神帰り」から急に図書館通いを始めた僕をみんな訝っていたが、「神帰り」という
大儀明文によりみんなすぐに納得するのだった。
僕としては、記憶が戻る前のシンとの違いを意識することなく思ったように行動できる
ことがありがたかった。
けれど、同級生でガキ大将のスエ・ムギルには、閉口した。
ムギルは、この村の有力者のスエ家の跡取り息子で傲慢な悪ガキだ。
どうも、ムギルは僕がみんなから特別視されることが面白くないようで、腰巾着のモリト・ノブを引き連れ、なにかとケチをつけにくることが多かった。
昨日は、僕の親友のトウマと昼休みに剣術のことでおしゃべりしていたとき、ムギルがやってきて、「おまえは、『神帰り』じゃないだろ、証拠をみせてみろ」とケチをつけてきた。
「神帰り」に証拠なんてないし、「証拠はない」と言ってやったら、「ほら、みろ」
「こいつは、神帰りだと嘘をついているんだ。大ウソつき」と僕をなじった。
親友のトウマは、おとなしい性格だが、父親はこの村の傭兵団の局長をしていて、本人も10歳とは思えない程の剣技を身につけている。団員からも将来は、傭兵団筆頭の使い手オキタさんに匹敵するほどの剣の天才と称されているほどだ。
ムギルは、そんなトウマの実力を知っているが、けっしてトウマが手を出さないことも承知しており、堂々となじってくるのだ。
ここで、僕が手を出したら2人がかりで、対抗できることも計算している。僕より身体の大きいムギルだが、絶対に勝てるとみこみのある喧嘩しかしない。悪賢い奴だ。
僕は、このモヤモヤした気持ちを少しでも晴らそうと拳を握った。
その気配を感じたのか、トウマは、僕の右手を抑えるように握ってくれた。
その感触で僕は、攻撃的な感情を抑えることができ、トウマにアイコンタクトで
感謝の気持ちを伝えた。
そこに駆け付けたのが、幼馴染のユイだった。
ムギルは、ユイのことがとても苦手だ。ユイのことが好きなのかもしれない。
「シンに何を言ってるの?父さんが、村長が「神帰り」だと言ってるのよ。なんか、文句あるの?」
ムギルをじっと睨みつけてそう言い放った。
「村長もユイもシンに騙されているんだ。俺が、その嘘を暴いてやる!」と言い捨てて教室から出ていった。
ムギルは、出会う度に敵対心を丸出しにしてくるので、少し、うんざりしているが、図書館の資料やみんなとの話しの中からこの世界についての知識を少しずつ増やしている。
<検査>
スザク村は、ジュラ連合国家のイズモ自治区にある。歴史書によると400年前、大厄災がありこの世界は、人口の3分の1を失った。国家存亡の危機にあったジュラ王国は、流民を積極的に受け入れる政策をとっていた。壊滅的な被害を受けた東方の国ヤポンからの流民たちは受け入れてくれる国を探していた。そして、困難な旅の末にたどり着き、今はイズモ自治区と呼ばれるこの地域に最初、キョウという町を築いた。そして、キョウを守るため、東西南北に4つの砦を築いた。そのうちの1つが南のスザク村へと発展したらしい。
また、主産業がなく農地も自給自足に事足りる程度しかなく現金収入がなかった。そのため村営の傭兵団を持っている。元々は、ヤポンからの流民が開拓した町のキョウを守るために作られた砦が発展してできた村だった。そのため、砦があり、国の守備隊が駐留している。
村の周辺の警備やパトロール、警察的な役割は、国から委託され傭兵団にゆだねられていた。
傭兵団の3番隊が、村の周辺の警備とパトロールを担当している。
1番隊、2番隊は、周辺諸国などから請け負った仕事を行って現金収入を得ていた。
傭兵団への依頼は、国同士の小競り合いの加勢が主で、そのほかにもキャラバン隊の護衛や規模の大きい魔物や盗賊討伐の仕事も請け負っていた。
この世界には、ライトノベルで描かれるような冒険者ギルドもあって、護衛や討伐の仕事で冒険者チームでは手に負えないものは、ギルドから傭兵団に仕事依頼があるようだ。
傭兵団は砦の一角に屯所があった。日本刀に似た刀を使った剣術に特化した傭兵団の武力は、有名を馳せていた。団員は、ヤポンからの流民の子孫が主だったが、ジュラ人やシュメール人、人間族でないエルフやドワールも少数だが在籍している。訓練は、守備隊と共用の練兵所で行っていた。
訓練で剣術を教えるのは、守備隊や傭兵団の剣術顧問をしているヨーダー師範だ。
そうとうな年齢だと思われるのだが、ヨーダー師範に、剣術で対等に打ち合えるのは、傭兵団局長でトウマの父であるキジマさんと3番隊隊長で傭兵団剣術指南役のヤマナミさんだけだと噂されている。
天才剣士との評判の1番隊隊長のオキタさんは、人外の存在として周知されているので数に入らない。
基本的には、師範は、稽古中、起きているのか、寝ているのかわからない様子で稽古を見守っているだけだ。
学校の授業でもヨーダー師範は、剣術を見てくれているが、基本的には、指導はヤマナミさんに任せっきりなのが常だった。そのほかの授業は、座学として算術、語学、自然科学、歴史学の他、馬術稽古、剣術や弓の稽古があった。
以前、生徒がふざけて打ち合っていた木刀が手から離れ、ヨーダー師範に向かって飛んで行ってしまったことがあった。
その木刀をヨーダー師範は、後方に飛びのき着地した瞬間、持っていた杖でクルクルと巻き取ってしまったことがあった。
そして、ついにその日がやってきた。
寝不足の目をこすりながら登校した日。
「いよいよだね」
「うん、もう夕べからワクワクと不安な気持ちが半々でよく眠れなかったよ」
「そうだよね、10歳の検査がラストチャンスだといわれているからね」
「トウマは、陽性だったんだよね」
「うん、8歳の検査で陽性だった、ユイほどではなかったけど」
「だいたい、10人に1人くらいなんだよね」
「そういわれているけど、どうなんだろうね」
「うらやましいなぁ。トウマは、‥」
聞きたいことがあったが、躊躇してしまった。
「そういえば、カリンちゃんって半端ないって聞いたけど」
「そう、〇〇みたいに半端ない!」(笑)
「?」
「‥」(汗)
「ごほん‥」
「あいつは、人外です」
「ああ‥、カリンのことね」(汗)
「?」
「8歳だけど、初級魔法はすでに使えるよ」
「うは、大人になったらどれだけの魔法師になるんだろう」
授業途中に先生に呼ばれて検査に赴いた。
検査は至って簡単だった。ライトノベルにあるような水晶の玉が出てきてって
わけではなかったが、老師と呼ばれる人が部屋で待っていて、僕をじっくり眺めて
いたと思ったら、手の平から光の玉を浮かび上がらせてその玉を僕の身体に近づけた。
その光の玉を、僕の身体に近づけた小さくなって身体に吸い込まれ消えた。
老師は、告げた。
「陰性じゃのう。まったくの可能性はないのぉ」
「え‥」(ダメ押しつき陰性)
「シン、元気だしなよ」
「そうそう、陰性だったからって‥、人生終わったって顔してるよ」
「トウマもユイも陽性でいいよな」
「ユイの陽性と僕の陽性では天と地ほどの差があるよ」
「僕が使えるようになるのは、精々初級魔法くらいで、中級魔法を
使えるだけの魔力をもてるまでにはならないんじゃないかな」
「ユイは、将来、魔法師になるの?」
「うん、私は治療師になりたいんだー」
「トウマは、傭兵団に入るの?」
「うん、父上の手伝いをしたいと思うし、兄上と一緒に働きたい」
「シンは、シンは何になりたいの?」
そう問われたとき、僕は戸惑った。
この世界で僕はどう生きたいのか。
神様は、僕がこの世界で「成すことがある」と告げた。
僕がやりたいことが何なのか、今はわからない。
でも、やりたいことはある。
「冒険者になりたい」
ボソっとつぶやいた。
口にしたらそれが今の自分の気持ちにピッタリだとわかった。
「冒険者になりたい。魔法が使えないから身体を鍛えて冒険者になる」