「異世界へようこそ」
慎之介はシンに転生し、スザク村へと帰還する。シンとしての生活がはじまろうとしている。
<ズザク村へ>
木漏れ日溢れる森を村に向かって歩く。
むせかえるような緑の匂いも今は心地よかった。
エゴノキの白や薄桃の花が見える。
日本の山野でよく見かける落葉広葉高木だ。
花が下向きに咲いているのが特徴的だ。
この世界の草木は、日本とかわりないように思えた。
他にも、手のひら形の複葉が特徴的なトチノキも自生しており、円錐型の房になる花を
つけている。
しばらくすると道は下っており、小高い山の中腹のような場所に大岩の広場はあったようだ。
道沿いには、新芽が山菜のタラノメとして親しまれているタラノキもあり、日当たりのよいところには、クマイチゴがあり、もうしばらく季節が進むと、赤い実をつけることだろう。
豊かなに広葉樹が生い茂っているようだ。
麓まで下りてきたとき、前から一人の少女が猛スピードで走ってくるのが見えた。
「ユイ?…」
その目には、涙がいっぱい溜まっており、シンに体当りするように抱き着いてきた。
勢いよく抱き着いてきたので、それに耐えきれずしりもちをついてしまった。
「シン!シン、シン、シン…」
そのまま、顔をうずめ泣きじゃくるユイ。
幼馴染のユイ。しっかり者のユイ。知っている。
「どこに行っていたの?」
「一週間もいなくなるなんて…」
「すっごく、心配したんだから!」
「何があったの?」
矢継ぎ早に質問をしてくる。
「えっ?」
どう返事したら良いのか迷う。
変に嘘をつくと後で面倒になるような気がした。
「神様に会ってきた」
うっかりポロッとしゃべってしまった。
しまったと思ったが、もう遅い。
「えっ?」
今度は、ユイが驚く番だ。
「…」
「神帰り」
ユイは、目を丸くしてそんな言葉をつぶやいた。
「?」
「カミガエリ?」
「シンは、神様のもとに導かれ、そして帰ってきたのね」
神様のもとから戻ってきたので「神帰り」ってそのままやん!
ユイの話によると昔、突然姿を消した子供が、数日後、居なくなった時と同じ格好で戻ってきた。そんな子供を『神帰り』と呼ぶのだとユイは言った。
ユイは、同い年だが、村長の娘で物知りだ。
また、戻ってきた子供は、居なくなる以前とは、人が少し変わるというか、精神的に成長して戻って来たらしく、また、村に『ギフト』をもたらすといわれているとも話してくれた。
『ギフト』とは何なのかは、ユイは知らなかった。
もしかしたら、僕より前に転生してきた誰かがいたのかもしれない。
ユイは、僕の手を両手で掴み、村に着くまでその手を離そうとしなかった。
村に近づくにつれ、景色は、田園風景に変わり、村の建物も見えてきた。
村の家々は、基礎部分は、石で作られてはいるものの、木造で瓦葺きの屋根をしており壁は土壁のものが多かった。レンガ作りの家も村の奥に入っていくとチラホラ見られる。
商店の建物は、レンガ作りが多い。
まるで、日本の明治初期の風景、「ラストサ〇ライ」の映画に出てくる風景のようだ。
日本の昔の農村家屋とレンガ作りの洋館が混ざり合った町並み。
ユイは、僕の家ではなく、自分の家、レンガ作りで壁は漆喰でできている、とっても立派な村長の家に連れていった。
村長さんは、最初、驚きの表情を見せたが、すぐに平静をとりもどし、ユイが話そうとするとそれを手で制し、僕にやさしく話しかけ。
「シン、お帰り」
「怪我はないかい」
「神様のところにいってきたんだね」
「お腹は空いてないかい」
と聞いてくれた。
お腹のことは、それまで全然意識していなかったが、その言葉を聞くと、急に喉の渇きと空腹を感じた。
村長婦人(ユイの母親)が、僕を抱きしめてくれ、すぐに飲み物と食べ物を準備してくれた。
そして、村長は、僕の家に使いを出してくれた。
出された食べ物は、おにぎりと玉子焼きにスープだった。
喉の乾いていた僕は、ヤギのミルクを最初に口に運んだ。
この村はスザク村と言い、ヤポン(日本とよく似た文化の国)からの流民が開拓して作った村だ。詳しい歴史は、僕の記憶にはない。村のこと、国のこと、そしてこの世界のことを学ばなければならない。
目の前に出された食べ物を一通り平らげ、お腹も落ち着いたころ、父さんと母さんそして妹のカリンが、部屋に入ってきた。
母さんとカリンは僕を見つけるなり、涙を流しながら抱きしめ顔や身体を擦ってくれた。
「よかった、無事で…ほんとによかった」うなずきながら何回も繰り返し言った。
父さんは、ひざまずくと僕の目をやさしいまなざしで覗き、無言で僕の頭に手をやりグシャグシャと撫でてくれた。
父さんが、村長と話しをするために部屋を出ていった後、母さんは、僕の身体をひとつひとつ点検するように触り、怪我はないか、お腹は空いてないかと聞くのだった。
僕は食事をいただいたことを伝え、大丈夫と何回も答えた。
うんざりするほど、同じことを聞かれて返事をしたが、不思議と嫌な気持にはならず
かえって、心配させてしまったことを申し訳なく思っていた。
妹のカリンは僕をじっと見つめていたが、不意に
「お兄ちゃん、神様のところに行ってきたんだね」と聞いてきた。
僕が、そうだよと答えると
合点がいったと言わんばかりに大きく頷いた。
カリンは、まだ8歳だが、変に大人びていて、周囲からも天才だと言われている。
なんか、見透かされているようで、少し気持ち悪い思いがした。
村長と父さんが戻ってきて、村長が
「広場でシン君が、戻ってきたことを伝える」
「悪いが、シン君、もう少し付き合ってもらえるかな」
「変な噂が流れる前に『神帰り』をちゃんと伝えなくてはならないのでな」
「いいかな」
隣で父さんが、目で村長のいう通りにしなさいと訴えているのがわかった。
僕は、うなずき広場に向かった。
<神帰りの子>
広場に着くと、どこからお触れが回ったのか
多くの村人が集まっていた。
村長は、広場の舞台にあがるとよく通る声で話し始めた。
「みんな聞いてくれ、皆も承知のことだと思うが、一週間前に
神隠しにあった刀鍛冶のトウガの息子、シンが無事に戻ってきた」
一斉にどよめきが起こった。
それを手で制し村長は続けた
「心配はいらない、シンは神様の元に導かれていたのだ」
「忌まわしい者に連れ去られたわけではなかった」
「くれぐれも無責任な噂を流すことのないように」
「無事戻ってきた、シンを皆で祝福しようではないか」
村人から拍手が沸き起こった。
村人は口々に
「よかった」
「忌まわしい者の仕業ではなかったんだ」
「無事でよかった」
「神帰りなら、ギフトを持ち帰ったのか?」
など口にしていた。
ようやくシンが、家に戻ることができたのは、夕方近くのことだった。
シンの家は、母屋と厩、そして鍛冶場があった。ズザク村の家には厩が必ずあった。
それは、移動手段として馬が必要だったり、農家では農機具を動かすために必要とされて
いたからだった。また、山羊や豚などを家畜として飼っている家も多かった。
シンの家には、馬が2頭、山羊が2頭飼われていた。シンの父は、刀匠という特別な仕事
ではあったが、暮らしぶりは、村の平均的な家とさほど変わりなかった。
シンの父は、刀を打つのは、月に二振りと決めていた、それ以外は、鍬や鎌などの農機具や包丁、鋏などの刃物を作っていた。
刀は所詮、人切り道具。だから精一杯、精神誠意、魂を込めて打たなくてはいけないとお酒が入ると口癖のように言うのが常だ。
母は、料理好きで、父やシンがたらふく食事をしている姿をみるのを、人生の喜びとしているようなところがあるとシンは思っている。
ズザク村は、7割がヤポンからの流民を先祖に持つものだが、長い年月のうちに混血もすすんでおり、また、土着のジュリ人、ドアーフ族、エルフ族やその他の国からの流民など多種多彩な人々が住んでいた。
食材も豊富で、ぞれぞれの食文化の違いがあったが、融合したことで、食卓にはさまざまな料理が並ぶようになっていた。
大好物をたらふく食べることができたシンは、幸福感でいっぱいだった。
そして、何より家族との団欒の心地よさが何よりの御馳走だった。
父、母、妹の視線が、自分に向けられ、そのやさしい眼差しに気が付いたとき
思わず、胸がいっぱいになり泣きそうになるのを抑える必要があった。
その夜は、久しぶりにぐっすり眠れた。