「果報は寝て待つ」じゃあダメでしょか
<転生>
慎之介の身に凶事が起きたそのとき。
まばゆい光の筋が降り注ぐ空間に3柱の神が、円を描くように鎮座している。
切れ長で涼しげな眼をもった女神が、静かにだが、凛とした声を発した。
「あの者の運命に歪みが生じたようです。」
「急がねばなりません、導きはわたくしにお任せくださりませんか」
その声に老齢だが、立派な体躯をし、髭をたくわえた老男神が、落ち着いた低音の声で答えた。
「すまぬが、それは、承服しかねる」
「アマテラス殿には、大切な役目がひかえておるのでなぁ」
その返答に女神は、うなずきうつむく。
老男神は、続けて
「あの者は、来世に生まれ変わって、大事を成す運命であったが、このままでは…」
「あの者の寿命は、まだしばらくあったはずじゃったが、何が起こったのじゃ」
「運命の歪み…」
そう発した老男神は、そのまま黙り込んでしまった。
神をも恐れない何か…
何者の仕業か…
沈黙を破り、老男神が再び口をひらいた。
「引導は、下界に降り、あの者に直接触れなければ、ならんでのぉ」
「こと切れる前に、引導を与えねばならんが‥」
「さて、どうしたものか」
考え込んでいたアマテラス神は、ハッと思いついた面持ちで
「ゼウス殿、我が弟のスサノオを遣わせましょう」
「すぐに呼び寄せますゆえ」
ゼウス神からの返事はない。
「ん~…」(引導の経験もなく、乱暴者ゆえ、ちと心配じゃのう、改心はしたと聞いておるが…)
「それでは、ツキヨミでは、いかがでしょうか」
「いやぁ~~さてさて…」(悪くはないが、決めてにかけるのぉ、ハンサムじゃが、ちと暗いかのう、引導を与えるのではなく、黄泉に引導してしまいそうじゃ…)
色よい返答がないので、矢継ぎ早に、次々と候補者をならべていく。
「では、では、アメノタヂカラはどうでしょう」
「ん~?」(誰じゃったかの?)
*全知全能の神、ゼウス神とはいえ、ヤマトの八百万の神、全てを把握しているわけではないので、なかなか思い出すことができなかった。
首をひねって考えこむゼウス神を見て、慌てて女神は恥ずかし気に言葉を足す。
「私を天岩戸から引き出した‥」
ゼウス神の顔を上目遣いに覗く。
「あ~~…」
手を打ちおもいだしたようだが…。
返事はなかった。
適任者が思いつかず、困った表情でゼウス神は考え込んでいる。
それまで隣で酒をあおっていた男神が口を開いた。
赤ら顔で胸板が厚く、丸太のような腕をした男神は、
「たまたま、ゼウス様とバックギャモンに興じるために来ておったが、私が、その役目引き受けようか?」
顔を上げ、妙案だと思った老男神と対照的に、怪訝な表情を浮かべた、女神がその男神に顔をむけて静かに問いかけた、
「バックス様、先ほどより、たぁんとたしなんでいる様子ですが、大丈夫なのですか」
バックス神は、機嫌のよい表情を崩さず
「酒が入っていたほうが、ワシは調子が良いのだ」
「ワシに任せておけばよい」
「ワッハッハ」
といって豪快に笑った。
表情を引き締めたゼウス神がたたみかける。
「うむ、そうじゃのう、妙案だのぉ」
「バックス殿は、酒の神だが、再生の神でもある。引導を与えた経験もあったのではないか、適任じゃ」
「よし、すまんがいってきてくれるか」
不服そうなアマテラス神を横目で見つつ、押し切るゼウス神であった。
「それでは、出かけてくる」
バックス神は、勇んで出かけて行った。
<目覚め>
むせかえるような緑の匂いで目が覚めた。
身体を起こして周囲を見回してみる。
森の中の広場のようなところに横たわっていたようだ。
朝露が、ところどころで輝いてみえる。
せせらぎは聞こえるが、ここからは水の流れは見ることはできない。
森には、水音のみで小動物の気配もなく、また小鳥のさえずりも聞こえない。
自分の周りの空間だけが、隔絶されているような違和感。
すぐ近くには、締め縄が張られた巨岩が鎮座し、隣に祠のようなものがある。
巨岩は、一枚岩で、楕円形のひらべたい形をしており、地面に突き刺り傾いている。
何かの拍子に倒れてきそうな危うさを感じる。
しかし、その光景は、スクリーンに映し出された映像のように感じる。
ぼんやりする頭を無理やり働かそうと右手で頭頂部を2回ほどトントンと叩く。
考えがまとまらないときのいつもの癖だ。
顔を上げ巨岩に目を向けた瞬間…
身体全体が、急に明るい光に包まれ目が明けられない程の眩しさを感じた。
しばらくして明るさに少し慣れた目をゆっくり開いた。
すると正面に、切れ長で涼やかな目をもつ羽衣を纏った女神が佇んでいた。
その姿は、黒々とつややかな長い髪に黄金の太陽を思わせる冠をいただいていた。
痩身で透き通るような白い肌は、純白の絹のようななめらかな布でおおわれている。
「神々しい」という言葉が脳裏に浮かんだ。
優しい微笑みとともに「目覚めましたか」という言葉が、頭の中に直接届く。
耳から聞こえてくる声ではなく頭に直接語り掛けてきたのは、目の前にいる女神様だと確信できる。
自分の目に移っている状況を整理することができず茫然としていると
続けて女神様は、
「心配はいりません」
「あなたに何が起こったのか、お話ししましょう」
女神様は、俺の身に何が起こったのかを目の前に浮かんだスクリーンのようなもので、映像を映し見せてくれた。
他人ごとのようなまるで映画を観ているような感じだった。
「あなたの前世は唐突にあのような形で終わってしまいました」
「あなたは、成すべきことをなしておりません」
「人は、何かを成し遂げるために生まれてくるのです」
「あなたは、転生しそして、それを成す運命なのです」
「この世界であなたは、自分の成すことをみつけ、成し遂げなさい」
「私の加護を与えます」
「あたなは、まず成すことをみつけなさい。そして、それを成す準備をするのです」
「よいですね…」
それだけを言い残すと女神は、最後に優しく微笑んで消えていってしまった。
*女神は、慎之介に『運命の歪み』については語らなかった。
その意図は、今はわからない。
「ちょっと、ちゃっとまってください」
その声は、女神には届かなかった。
俺は、死んだのか…。
(成すべきことをみつけ…、成し遂げる…)
(???)
自分がどのような状況に置かれているか、まったく理解できない。
どうも死んだらしい。
でも、今は生きている?
生まれ変わったらしい。
独り言ちて。
「転生をして運命が何チャラとか言っていたよな」
子供のころから他人の話しはちゃんと聞きなさいと言われてきたけど、
神様の話しを聴いたのは、初めてで‥
(何を自分で自分に言い訳をしているんだ)
「お・ち・つ・け!」
一息ついて、我に返ると自分の目線がやけに低いことに気が付いた。
自分が立っていることを足元を見て確認する。
そして、自分の手をじっとみる。
「わが暮らし‥」
「じゃないだろ」
小さい!
幼児の手だ!
着ているのは、浴衣のような着物だ。
紐のような帯をしている。
寝間着?
足は素足。
着物を捲り、股間に目をやる。
「あった」
昔の記憶がある以上、性別が違ったら生きにくい。
少し安心した矢先。
先ほどの女神様の声が頭に届いた。
「伝え忘れていたことがありました」
女神様の少し焦ったような声が届いた。
「あなたは、7年前にこの世界に転生しています」
「あなたの記憶が混乱しないよう、7歳になった今、前世の記憶をよみがえらせたのです」
「あなたは、前世の記憶とこの世界の記憶を混同せず生きていくことができるはずです」
「女神様、行っちゃう前に一つ教えてください」
「先ほど、女神様は私にどのような加護を与えてくださったのですか」
女神様は、いたずらっぽく「秘密です」といってそれきり声は届かなくなった。
ライトノベルだったら神様の加護は、チートレベルの能力を与えてくれるのが相場。
しかし、その逆もあるかも。
そんなこと考えてもしょうがないかと気をとりなす。
そんなことより、これからどうするか。
考えようとしたら睡魔が襲ってきた。
まだ、頭がぼんやりしてるし、まぁ、とりあえず、もう少し、寝よう、起きたらまた状況が変わっているかもしれない。
果報は寝て待てというし…。
いやいやいや、そうじゃないでしょ。
このまま寝ちゃったらまずいでしょう。
ここ、森の中だし。
危険な動物が出てくるかもしれないし。
周囲を見回すと、下草がきれい刈られ整備された小道が見えた。
この道は、知っている。
村に続いている道だと確信が持てた。
そうか、俺は‥ 僕は、この世界で7年くらしているんだ。