平凡に情報整理
其の9
ポンコツ推理に自信満々な雀の姿をした悪魔…
ウザい…
森から帰宅した翌日
『カンや。森を出るか?』
と唐突に婆ちゃんが言ってきた。
『森を出るって?』
ちょっと意味がわからない。
『昨日のこともそうじゃが、何が起きているのか気になってな』
『人里に出て色々調べてみようかと思っての』
そういう意味か。
異世界に転生して7年。
この世界で係わった人は婆ちゃんと師匠とタイシキョウちゃんだけ。
遂に俺の異世界交流デビューが決定した瞬間だった。
長い道程だった…
人里に行こうにも隣のお宅(タイシジさん宅)まで100㎞以上。
魔獣の住む森を俺が1人で越えるのは多少無理があり、人と係わるのを嫌う仙人との気功の鍛練と家事に追われる日々。
もっと異世界って冒険や波乱に満ちているのかと想像していたが、これで平凡な異世界ともおさらばだ!
まてよ…俺ってそんなに冒険とか求める性格だったか…?
これも【転生者固有技能】である【英雄変化】の影響なのか?
普段の性格まで英雄なんかになったら面倒だよなぁ。
イカン。イカン。
これからは自分の思考にも気を付けないと。
婆ちゃんの唐突な提案だが、俺も気にはなっていた。
『さてと。先ずは情報の整理からじゃな』
そう言うと婆ちゃんは転移魔法を発動させて何処かに行ってしまった。
…
しかし、すぐ上半身裸のタイシジ師匠と一緒に戻ってきた。
『ぬぉぉぉ。儂の稽古の邪魔をぉぉ~』
『いきなり何をするか!』
タイシジ師匠は稽古中に半分拉致気味に連れて来られたことに少々不満の様子だ。
『何が稽古じゃ。そんな裸にならんでも稽古ぐらい出来るじゃろ。』
『それにわしと話すことの方がよっぽど、おぬしの為、世の為じゃ。』
『グヌゥ』
言葉にならない師匠に対し、さすが気分屋仙人。
結構、無茶苦茶な理屈だ。
さっさと情報の整理をしようとする婆ちゃんと渋々了承する師匠。
俺は2人の知識の確認と共有をする。
シュウソウはポンコツ推理が炸裂して混乱しそうなのでスルー。
◆◇◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇◇◆
情報の整理と言っても、婆ちゃんからは魔法の知識で師匠からは人里の様子や赤頭巾についてだ。
【死者の噤呪】は
肉体的な死を無視して意識を維持する魔法。
一撃の致命傷による死なら本人の能力次第で蘇生も可能で、他の術者による回復魔法によっては寿命以外の死を理屈では回避出来ると婆ちゃんは教えてくれた。
理屈との理由は、【死者の噤呪】を婆ちゃんは、婆ちゃんの師匠から聞いただけで使えないからである。
そもそも婆ちゃんの師匠も使えなかったらしいので、「失われた魔法」として導士らの研究課題程度だそうだ。
1人の導士の能力で他人の寿命にすら干渉出来る魔法など誰にでも使えるような代物ではない。
チョホウの死因は恐らく内臓の損傷が激しく巧く魔力の操作が出来なくて死亡したか、魔人とは言え元々能力がそれほど高く無かったのが原因かと推測の域を脱しなかった。
魔人自体はゴゥキン帝国内にも少数であるが住んでいて、魔法の資質の高さから中央や地方の有力者に仕えていることから、魔王の配下とするポンコツ推理は確定には程遠い。
次に「赤頭巾」だが
導士チョカクをリーダーとする反帝国運動で、森で死亡したチョホウの他にチョリョウと言う弟がいる。
ゴゥキン帝国は15の州が在り、[ユウ] [キィ] [ヘイ] [エン] [セイ] [ジョ] [ヨウ] [ホウ] [シィ] [ケイ] [コウ] [エキ] [チョ] [リョウ] [ハク]から成る。
この内北部から東部に当たる[ユウ] [キィ] [ヘイ] [エン] [セイ] [ジョ]の6州は既に「赤頭巾」の勢力圏にあり、[ホウ]と帝国の首都がある[シィ]周辺が現在主戦場となっているらしいとタイシジ師匠が教えてくれた。
ちなみに俺が暮らす森は「北魔の森」と呼ばれ[ユウ] [キィ] [エン] [セイ] [ジョ]の5州が接し、婆ちゃんの家は比較的北側の[ユウ]と[キィ]の境界付近になり、タイシジ師匠の家は南側に近い[キィ]の[エン]拠りだった。
とにかく広大で魔獣の生息領域となり未開のままになっている。
15州はそれぞれ「候」と呼ばれる有力者が一族を率いて統治しており、ある程度の自治権も認められている。
州同士の戦争もあるが、州を持たない有力一族が乗っ取りを企てた戦いや、統治する一族への不満から反乱になる方が多い。
早期決着とその後の治世次第ではそのような乗っ取り行為も黙認されているのが現状だ。
帝国なだけに「強きは正義 弱きは悪」といった風潮なのかもしれない。
森では余り気にしなかったが、ゴゥキンには時間の単位が大雑把にはある。
1年は360日で夏至、冬至、春分、秋分に当たる日が決まっている。
1日は約20の「刻」で区切られるが、体内時計なので誤差はかなりある。
四季は地方によって様々だ。
亜熱帯の地方もあれば砂漠の地方もある。
通貨は中央の役所が発行している銅貨が最小単位で
100銅貨=1銀貨
100銀貨=1金貨
100金貨=1白金貨
となる。
通貨の他に両替商があり金、銀、銅などは重さで通貨と両替が可能だった。
距離の単位もかなり曖昧で、1里が人が1刻掛かって歩く距離的な曖昧さだ。
異世界はカネには厳しく他はルーズでもOKらしい。
以上がタイシジ師匠から教えて貰ったこの国の仕組みと情勢だ。
途中シュウソウの持論とポンコツ推理があったが当然スルーで。
『そこまでの勢力になっちょるか…』
婆ちゃんが呟いた。
確かにもう反帝国運動なんてレベルは超えている勢力だ。
色々説明を聞いていたら、余りにも厄介で絶対に面倒だから一切無視しちゃおうかなぁ~と思えてくる。
『旦那さまなら大丈夫です』
ずっとスルーされて存在が皆無だったシュウソウが突然俺に言ってきた。
こいつはポンコツなのか鋭いのか未だに判断に困る…
苦笑い混じりにシュウソウを見ると
ウン。ウン。
と雀が頷いていた。
その姿を見た俺は、余計に一切を無視したい気分にさせられた。
『やはり森を出んことには始まらないの』
婆ちゃんの決意に似た一言に俺は心の中で
やっぱりかぁ…
と俺の気持ちとは真逆の展開になってしまった。
次回投稿予定 【6月30日】