異世界勇者は戦わせてもらえない。
「森だ」
翌日、俺とおっさんは森にやってきた。迷いの森、死の森とかいう異名は特についていない。全く無害な野兎が時折可愛らしい顔を出し小鳥が囀る長閑な森だ。
「あっうん。ところでおっさん、こんな穏やかな森なら、こんなに重装備にしなくても良かったんじゃない?」
聖竜の鱗で作られた勇者の装具にオリハルコン製の勇者の鎧、エルフの里の秘宝・聖霊の涙という大きな青い宝石がはめ込まれた勇者の額あて。
どう見てもはじまりの村を出発した勇者の装備ではない。なんなら仰々しい勇者の聖剣も腰に帯びている。普通は粗末な防具と木の棒という所だろう。おっさんの指示でメイド達に着せられた(いやん)のだが、過保護に過ぎるだろう。むしろ、装備が重くて動き辛い上息が切れてきた。
因みに森までの道中は馬車で来た。王都には凱旋の時も含め一歩も地に足をつけていない。
「お前を慕う国民が偶然見かけても恥ずかしくない見た目にしなくてはならない。見た目重視だ」
「見た目重視だったの!?」
「安心しろ、もしもの時は私が守ってやる」
おっさんが拳を握りしめて深く頷いた。もっと違う場面で放たれた言葉なら心に響いただろうに…守ってやる前に動き易い格好にして欲しかった。これでは、思う存分魔物を倒せないじゃないか。
「守られてる勇者の方が駄目な気がするけど…」
「そう言うな。勇者は常に神々しく無ければならん。守られてる程度なら言い訳は幾らでもつく。体面は大切なのだ…と、居たぞ」
「えっ、どこ?」
「あそこだ」
おっさんが指差した50メートル程先には、二足歩行の小人…ゴブリンが居た。耳と鼻が尖ってた緑色の体の持ち主。その手には棍棒が握られていた。武器を持っている。
「…普通はスライムからじゃない?ゴブリンは二、三体倒してから…」
「あれだけ喚いていた癖に何を日和ってる。ほら、行くぞ。──火の精霊よ、」
「ちょ!」
俺が尻込みしていると、おっさんが手を前にかざし詠唱らしきものを唱え始める。すると指先からぽっと火が出現したかと思うと、螺旋を線状に描くようにゴブリンへ向かっていった。
ゴブリンが攻撃に気付く頃には「キェッ!?」…死体も残らなかった。
「しまった」
おっさんは死んだ魚の目をほんの僅かだけど見開いて、表情を1ミリも変えずに述べた。
「え、何おっさん殺してんの?」
「…瀕死にしてトドメだけ田中に刺して貰おうと思ったのだが…加減を間違えた」
…そういえば、このおっさんは宮廷魔導師だ。宮廷魔導師が弱いはずが無い。そこそこには強い筈だ。この辺りの魔物も初心者向けだと踏んで来た筈だから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。…って、
「トドメだけ俺ってなにそれ!?どんだけ過保護!?」
「その鎧ではまともに戦えないだろう。それに、もしもお前がやられたら次の召喚が面倒だ。王様にも怒られるし」
「それが本音か!?」
「ある程度経験値が入れば、それなりに冒険ごっこが出来るかと」
「ご っ こ ぉ!?!?!?」
あ゛あ゛ん!?!?なめとんのかおんどれこの野郎。
おっさんにメンチを切ると、顔面を鷲掴みにされた。「どうどう」などと宣っている。おっさんの中で俺は一体なんなのだ。
「安心しろ、次は失敗せん。ほら、また来たぞ、今度はホーンラビットだ」
森の入り口で見た野兎と違い、凶暴そうな見た目に額にツノが生えている。
おっさんが再び詠唱を唱えると、先程よりも弱々しい攻撃が出て標的に直撃した。それでもあのホーンラビットには効果抜群のようで、なにが起こったのか分からずその場に崩れ落ちた。まだ息はあるようで、体が上下している。
「ほら、田中。聖剣でプスッと」
「…聖剣でズバンとさせてくれたらいいのに…」
「生態破壊は勘弁してくれ。王様に怒られる」
「またそれか…」
ホーンラビットに近づいて聖剣を突き刺す。その瞬間灰となり体が朽ちていった。僅かに、体に何かが蓄積した感覚がある。経験値が上がったのだ。
「よかったな」
不満な顔を隠さずに居ると、聖剣の扱い方はその鎧に慣れたら教えてやる、と宥められた。
鎧、重い。剣、重い。
「…お願いだから、弱い敵くらい自分でやらせてくれよ。危なかったら援護頼むからさあ」
「今の田中ではあのゴブリンやホーンラビットに負けるぞ。その鎧ではスライムにすら逃げられる」
「もう脱いでいいかな!?」
「駄目だ、体面が一番大事だ」
「誰も見てないよ!!」
…そんな問答をしつつ、おっさんが魔物を五体倒した所で日が傾いてきた。
「…そろそろ城に帰るか」
「…はあ、そうだな。ねえおっさん、今度来る時は野営がしてみたいんだが」
「…やれやれ」
「我儘な子供を持った親みたいな態度をとるな!!」
「お前みたいな子供はいらん。可愛くない」
俺はもう一生、冒険の旅へは出られないのかもしれない。魔王いないし。
…おっさんが普通の皮のベストと手ごろの木の棒を持ってきてくれたのは、また次の話で。
『異世界勇者は戦わせてもらえない。』