ヒカリヘ、5【ヒューマンちょい長】
「来てくださってありがとうございます」
ドアを開けると、相変わらずニコニコした顔でかおりさんが迎えた。
その腕には私をじっと見つめる赤ん坊がいる。名を周くんという。
「こんにちはー」
赤ん坊はほっぺたをつままれたまま尚、じっと見つめる。
久しぶりに踏み入れた部屋には、以前にはなかった原色のおもちゃや遊具があった。ナチュラルテイストだった空間が、一気に遊園地化する。
「元気でしたか?」
お茶とお菓子を持ってくると、かおりさんはいつも通りテーブルの向かいに座った。髪を切ったようだ。背中まであった髪が肩先で揺れている。
「うん。そっちは?」
言いながらまじまじと赤ん坊を見つめる。だぁだぁ言いながらばたばたしている。どうやら落ち着いている時間帯らしい。かおりさんは「もう夜泣きが大変なんですよー」といった。ニコニコする彼女は変わらない。変わらない、にも関わらず、何かが違う。
「母親に手伝ってもらって、なんとかやってます」
ああそうか。「母親」の顔をしているからだ。
ちゃんと話をしてくれる。ちゃんと聞いてくれる。けど意識はしっかり赤ん坊の方にも向いていて、だから違うんだ。
対等だったはずの関係。一体いつから話して「くれて」になった。
変わらずいることは、生きている以上不可能なのか。
考えたらそうだ。だってその人はその人の目線で、見て、感じて、己を形成していく。個人が何かしらをきっかけに大きく変わることがある以上、その関係が同じままでいることはありえない。
ならば
ここにあるいとしさは、どこへ向ければいい。
目の前にいながら、その人はその人ではないのだ。きっとやさしい彼女のことだ。しっかり受け止めるだろう。片腕に子供を抱きながら。
ただ、あたしが幼いのだ。ただあたしが、幼いだけなのだ。
話す言葉、単語、接続詞ひとつひとつにじっくり耳を傾けてくれることはもうないのだろう。そうして彼女の傍で眠ることも、もう二度とないのだろう。私は永遠に甘える場所を奪われたのだ。
慟哭だと。ばかみたい。
寂しくなんかない。寂しくなんかない。
私は
私はそれでも。それでも彼女を離れない。