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世界はいい色をしている  作者: 速水詩穂
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ライブ~ヤミの場合~【禁断恋愛】

 


 ライブ  ヤミの場合



 頭から飲み込まれるのが分かった。

 一つ一つは単純な音。それが組み合わさって主旋律。

 一本の指、個人、団体。

 音を発生させる要素が増える程に複雑に絡み合っていくメロディー。

 からめ取られる。まるで竹で編んだカゴに組み込まれるように、いつの間にかその一部と化して溶け込む。

 泣きたくなるような揺さぶり。キーボードの、ギターの、ベースの、ドラムの。

 歌声が響く。伸びやかに、電子音の合間を縫って、軽やかに駆けていく。

 つかまりはしない。複雑に絡み合っていくメロディー、その音と音の間をするするとくぐって放つ音。

 飲み込まれる。

  強烈な引力。それをただただうらやましいと思った。

 例えば私がどんな色でどんな大きな絵を描いても、視界に入らなければ見てもらえない。気づいてさえもらえない。

 対して音は、一瞬で人を振り向かせる。聴覚に対する刺激。そんな音による刺激は一転、無音を挟むことによるギャップでことさら深く相手を引き寄せる。

 学生の頃、騒がしい教室の壇上に上がってしばらく黙っている教師がいた。徐々に減っていく声。誰一人しゃべらなくなった時イコール全ての視線が教師に集った時だった。

 前傾姿勢、は、受け取る準備。好き勝手に発信していた生き物が受信に回る。その瞬間を待ってましたとばかりに流れ込む音。これが世に言う「丸呑み」

 ジャックするのは観客であるその人本体。その手法が実に鮮やか。

 鳴り続けるシンバル。

 スポットライト。その中で己の選び取ったものを、己の持つ強みで発信する。

 まぶしい。一本筋の通った音。それをありふれたものにしないメロディー。このバンドでこそ、生み出せるもの。

 鳴り続けるシンバル。

 ライブは、視覚と聴覚を奪う。例えばこれがディナーショーだったら、併せて嗅覚、味覚まで奪う。上手くできているものだ。これで憧れの人に握手してもらえようものなら、五感全てコンプリート。一生消えない思い出になる。

 鳴り続けるシンバル。

 うらやましい。早くこの感覚を吐き出したい。

「ラミ、出よう」


 外に出ると、冷たい風に襟元をかき合わせる。

 左耳がおかしい。なんだか一定の高さの音だけ聞こえていない気がする。

 鳴り続けるシンバル。

 たぶんあの高さの音だ。前にライブに行った友人が似たような症状で耳鼻科にかかったとき「音響性外傷」と診断されたと言っていた。

 まだ演目が残っているのにいいのかと尋ねるラミに「もう一杯になった」と返す。自分の声が何だか遠い。トンネルの中に入ったみたいだ。もう少し声を出してみる。

 振り返るとラミは浮かない顔をしていた。人ゴミも、大きな音も苦手なラミに、今回のフィールドは合わなかったのかもしれない。本人「すごいと思った」とは言うものの、全然表情がついて来れてない。

 高い耳鳴りがした。息を吸う。冷たい空気が身体の内側に入り込む。冷静になる。

 本来の居場所を思い出す。

「ラミはどう思った?」

 耳を澄ます。普段の八方美人はどこへやら。愛想ゼロの、全く素の状態のラミに向かって。


 ラミはただ単に人ゴミが苦手なワケじゃない。大きな音が苦手なワケじゃない。

 その中から抽出する作業をするものだから、隣を歩いていても同じものを見ていない。ラミはいつも一コ深いところから私たちを見上げてる。

 人ゴミには「何故ここに人が集うのか」そのワケを。大きな音には「何故そんな大きな音を出す必要があるのか」その中身の分析を。

 何かが生まれる瞬間、ゼロからイチになる瞬間のエネルギーを「この世で最も美しいもの」として愛でている不可思議な弟は、だからその分析のために過剰な演出を嫌う。装飾はいいから本体を見せろ、とよく分からない強欲で暴き立てようとする。

「外ヅラ一つで人生イージーモード」が聞いてあきれる。

 ラミは人に興味がないだけだ。統計、分析。己が納得する形さえ得られれば、人をも利用しかねない。だから

「あたしはすごく楽しかった。すごかった。だから今日のこと書いてね、ラミ」

 内面に向かわせる。間違っても人を使うことのないように。受けた影響をまっすぐ文字に落とし込むように。エネルギーをそこにだけ集中させるように。


 あ。

 左耳がぽかんと開く。トンネルを抜ける。

 どうやら本来の居場所に戻れたようだ。

 安心して前を向く。寒空にそびえ立つ街灯。舞台に上がることのないあたし達を、なんちゃってスポットライトが照らした。






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