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世界はいい色をしている  作者: 速水詩穂
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スケッチ~ラミの場合②~【禁断恋愛】





 リリリリリリ。

 チチチチチチ。

 ピウピウピウピウピウ。


 この間まで一緒にいた女を思い出す。

 仲間内でも美人と評判で、何となく愛想もあって良さそうだったから付き合った。けどやっぱりダメだった。

 混雑する日曜日に毎週駆り出されるのもキツかったが、遠出して寄ったサービスエリアで、とった席を離れて「一人で待ってるのとかムリ」と言われた時には、マジクソコイツ頭にウジわいとんのかと思った。人の時間を平気で奪う輩こそ本当に「ムリ」だった。

 ヤミは水を汲んで席とって、スマホで新発売のゲームの「最初に誰を連れて行くのか」最終形態の画像を比較してニヤニヤしながら待っているから、それに慣れてしまっていたせいもあると思う。けれど

「ありがと。わお、よく分かったね。今丁度食べたいと思ってたんだよね、ネギトロ丼」

 そう言ってうれしそうに手を合わせる。

 ヤミの考えてることはよく分かる。考えそうなこともよく分かる。

 悩んでるなんて所詮はフリ。最初から水タイプに決まってる。誰よりも泣き虫で、どこまでも澄んでいるヤミにぴったりな

「傾向と対策」ヤミに対してだけムダに強くなっていく。そうして僕は永遠に正しい答えを導き出せない。


「ラミ、紙」

「・・・・・・ここに」

 突然入るスイッチ。夕方見た天気予報。明日は雨だ。

 空気の湿度が高い。こんな時は特に敏感になる。

 ヤミの描く絵は絵として成立しているものか分からない。

 心地よく感じるバランスとか、比率とか、色の濃淡とか規律枠組み一切無視した子供のお遊び。

 そう、お遊び。子供が両手を絵の具だらけにして笑い転げているような。そんな純粋で、ひたむきに何かを、真っ白な紙に叩きつけていく。刻印。標本。時に激しく、時にやさしく。

 ヤミを中心に発生する渦。そのエネルギーに飲まれないように身体を引く。立ち上がる。と、

「いらないってば。コバルト」

 瞬間、かすめたのは、たくさんの絵の具で汚れたその腕。

 初めて目にしたとき、ひるんだその訳は。

 その戸惑いの正体は

「大丈夫だから、見てて」


 キレイだったパレット。いつの間にかいろんな色に塗り込められてその色は袖をまくった肘まで浸食してきている。

 画用紙一枚のためにそこまで色は吟味されて、重ねられていく。

 世に言う夏休みは終わったのだ。終わったにも関わらず、まだ引き延ばそうとするのは、まだもう少しだけ子供でいたいから。実年齢は二十歳。ちゃんと誰の目から見ても大人に区分されるとしても。

 おぼろ月がその頬を照らす。思わず笑ってしまったのはただの自嘲。

 血も涙もないだって? あるからこんなに苦しんでいるんだろう。

 ほぼ同じ濃さの血。感情そのものを宿す涙。どっちもちゃんと備わっている。


〈ねぇラミ、光の描き方って知ってる?〉

 そう得意げに言ったヤミの表情は覚えているけど、結局今も僕は光の描き方を知らないままだ。興味がなければ覚えられない。そう考えれば、僕は端っから光になんて興味がなかった。

 ヤミの手元、青を使わず描く空はビリジアン。次々と色が重ねられていく。

 茶色に紺色に黄土色。まるでよどんだ沼は何が沈んでいるのか分からない。ヤミの腕でまぁるく染まった、ひときわ昏い色。それを

 両手でぐちゃぐちゃに伸ばしてなでつけてやりたくなる。最初はふざけてヒゲを描いて、額に模様を描いて、その後は

 両手で、触ったところがちゃんと分かるようにべったべたに塗りたくってやる。なんて。

 苦しい。胸が、一杯になる。


 ヤミ。

 僕は今見ている横顔以上に美しいと思えるものにまだ出会えてないんだ。

 だからもう少しだけ、もう少しだけここにいて。

 ウソ。早く。


 早く、僕から逃げて。
















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