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世界はいい色をしている  作者: 速水詩穂
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スケッチ~ヤミの場合②~【禁断恋愛】



 ぶしゅん。

「・・・・・・もうちょっとさ、泣き方とかもどうにかなんない訳? しくしくとかめそめそとか擬態語がこの世に存在する以上、そうやって泣ける女の子もいるんだからさ。ホント、汚くて見てらんないんだけど」

 頭上に落とされたのは箱ティッシュ。どこから出した。マジシャンか。

 それにしてもひどい。これだけ弱って、感極まっているというのに。仮にも分身とも言うべき最も身近な身内が。コイツの前世は鬼かもしれない。

 ぶしゅん。

 コンクリートが頭を冷やす。

 ティッシュで水分を拭って見上げると、丁度頭の真上辺りに星が出ていた。あの輝きは間違いなく一等星だ。鈴虫の鳴き声。ずっと鳴いている子もいれば、その息つぎの合間にサッと顔を出すように鳴く子もいる。


 リリリリリリ。

 チチチチチチ。

 ピウピウピウピウピウ。


 目を閉じる。息をゆっくり吸うと、吐く。

 泣くと、頭が冴える。感情は絶えず揺れ続けていても、涙の分だけ身体は軽くなる。

 西の空。雲が直接かかってなくても三日月がにじみ出す。


 明日は雨かも知れない。


 湿気を含んだ空気。にじみ出した三日月を捉えた目がそう判断した瞬間、脳が覚醒する。

「ラミ、紙」

「・・・・・・ここに」

 本当にコイツはマジシャンかもしれない。

 持っていたタバコを絵筆に持ち替える。欲していたものが酒から水に替わる。

「十一色。コバルト切れてる」

「問題ない」

 筆をバケツに浸すと、パレットを受け取る。

 あたしは、自分の気持ちを言葉にするのが下手クソだ。白黒の、たった数画の字ヅラにおさまるような揺れ方はしていない。だから

 夜の光を反射するパレット。その青みがかった白の上に色をのせる。足りない色を足していく。

 二色は知識。三色は経験。四色以上は飽きることなくくり返した実験のたまもの。

 だから、言葉には、文字にはおさめない。あたしは感じたままを色で、別のルートを通じてたどり着く。結びつける。

 誰にも理解されなくていい。ただなぐさめ、納得させるためのサンクチュアリ。

 あたしは、今見ているこの世界を、あたしの色で標本する。

 ラミが立ち上がった。その背中に声をかける。

「いらないってば。コバルト」

 足を止める気配がした。ラミが考える事は、分かる。分身だから。

「大丈夫だから、見てて」

 キレイだったのは一瞬。みるみる色にのまれていくパレットは、それに見合うだけの力で画用紙を染め上げた。

 輪郭はいらない。グラデーションで、色味だけで、世界は描ける。弱い自分も、そんな自分を好きになってくれた人も、そうしてもう二度と会うことのない人も全部全部包んで溶かして、隔てることのないやさしい世界を。

 誰も傷つかない世界を描くんだ。




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